仮想世界のきみにふれたい

七草すずめ

全国大会、決勝戦

 たまごっちを夢中で育てていた頃は、こんな日が来るなんて思わなかった。

 破裂しそうな心臓を右手でおさえ、わたしは大きく息を吸い込む。名前を呼ばれ、ほとんど駆け出すようにしてステージへ踏み入れると、アリーナ、スタンド共に満員の客席が、歓声で沸いた。準決勝までとは桁違いの規模に、目眩がする。

 眩しすぎる照明の近くにあるカメラを見ないようにしながら、ステージの上手側にある椅子に腰かける。今にも心臓が、皮膚を突き破りそうだ。

「No.520。WATARI」

 やたらといい発音で、もう一人の名前が呼ばれる。対戦相手の入場だ。ワタリと呼ばれた少年は、観客に堂々と手を振りながら、ステージに姿を現した。

「悪いけど、優勝するのは僕だから」

 わたしを指さし、宣戦布告。マイクが拾ったその声は会場の隅々にまで届き、観客の盛り上がりで地面は揺れた。わたしはろくに応えもせず、VRゴーグルを頭に取り付ける。手がずっと震えている。

「ワタリ選手、早速の宣戦布告! 一方のミユメ選手は、準備に手間取っているようです。あ、今、装着できました」

 一挙手一投足を実況され、変な汗が出る。プロゲーマーで大会荒らしのワタリとは違い、わたしはふつうの高校生なのだ。緊張から溢れそうになる涙を堪え、もう一度深呼吸をする。

「それでは、各選手のペットを見ていただきましょう」

 ゴーグルを無事取り付けたわたしの視界には、もう観客席もカメラもない。大切なわたしの友達、あわだけが存在している。

「ミユメ選手のあわちゃんは猫系ペット。音楽妖精族ですね。そしてワタリ選手の春臣くんは、狼系ペット。青色の体毛が美しいです」

 早口な実況も、もう緊張を誘わない。がんばろうね、そうあわに声をかけると、しっぽの先の鈴が揺れ、ちりんと音を立てた。わたしの背後にあるモニターでその様子を見た観客が、どよめく。音楽妖精族の子は、めったに美しい音を聞かせてくれない。

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