第2話 告ったその日にやられてる

「立ち話もなんだから……ふたりとも、つづきは……おうちで、ね?」


 お母さんにそういわれてアパートまで帰ってきたけど、できることなら、あの場で全部を解決したかった。

 だって実際問題、うちに着くまで遊香と手を握ったままのお母さんの背中を追いかける時間は苦痛だったし、台所で買い物品を冷蔵庫にしまいながらお茶の用意をするふたりの楽しそうな話し声を、居間で独りすわってきかされているこの時間も不愉快極まりないからだ。


「ハァァ……なんなのよ本当に、もう……」


 ここで話を整理しよう。

 帰路の最中、わたしがぶつけたいくつかの質問でわかったことは、ふたりはほぼ毎日会っていて、付き合い始めたのは去年の夏休みから。きっかけは、うちへ遊びに来たとき、遊香のほうから突然告ったそうだ。

 しかもその日、わたしは家にいた。厳密にいうと、宿題をする名目で遊びに来る予定だった彼女のためにコンビニへ行ってたんだけど──まさかその短時間のうちに、お母さんが遊香に押し倒されて唇を奪われていただなんて全然知らなかったし、ふたりとも様子がフツーでわからなかった。

 あっ……でも……たしかその日、帰る頃になって、遊香がいきなり「きょう泊まっていい?」って……わたしも「うん、全然いいよ♪」って……そのときのお母さん、めずらしく嫌そうな雰囲気をしてたような……えっ、えっ? つまり、わたしも共犯者的な立場なの? あの日の夜、もしかして遊香はお母さんを……?


「お待たせ、アイちゃん。アールグレイで良かったのよね?」

「あ……うん」


 紅茶がつがれたマグカップを人数分乗せたトレイを持つお母さんのすぐあとに、仏頂面の遊香がプチシュークリームがぎっしりと詰まったファミリーパックを持ってやって来る。ちなみに、遊香が無愛想なのはデフォルトで、性格も外見通りにつっけんどんだ。

 でも、彼女には素直にいろいろと本音がいえたり、どんな悩み事も相談ができた。いわゆる心の友と書いて心友しんゆうってやつだ。そう、いままでは・・・・・


「ねえ、あのさ遊香。ちょっとききたいんだけど」

「……まだなにか知りたいの?」

「当然じゃない!」


 短いやり取りのあいだ、紅茶とプチシュークリームを置き終えたふたりがそのまま列座する。

 折れ脚式の座卓を挟んでニ対一ですわるこの構図。間違ってはいないのかもしれない。けれど、なんか嫌だ。

 ポーカーフェイスの若い恋人と怒り顔の娘の対立に、だんまりを決め込むお母さんが、マグカップを両手に包んでまだ絶対に熱いはずの紅茶を音を立ててすすった。


「お母さんに告った日、あんたうちに泊まったよね? もしかして──」

「うん、セックスしたよ」

「ブーッ?!」

「えっ……ウソ………………ええっ!?」


 ストレート過ぎる返答だった。

 紅茶を盛大に噴き出して苦しそうに咳き込むお母さんの背中を、膝立ちになった遊香が何度も撫でさする。

 やめろ……やめろよ、それ以上わたしのお母さんに触るなよけがらわしい!


「でも、結果的には・・・・・同意の上だし、いまはこうして健全に・・・交際してるんだからいいでしょ?」

「いやいやいや、いや、待ってよちょっと!〝結果的には〟ってなによ!? もしかして襲ったわけ!? ねえ、お母さんもなにかいってよ!」

「ゴホッ、ケホッ……お、お母さんが全部悪いのよ、アイちゃん。ゆかりん・・・・はなにも悪くないから」

「ゆかりんて……」


 涙目で優しくほほむお母さん。そして、隣で背中をさすりつづける遊香が、意味深に口角をわずかに上げる。

 そんな対照的な意味合いのふたりの笑顔が、困惑して固まるわたしを見つめていた。




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