閑話 ヨミの一日

 妾の名はヨミという。


 偉大なる我が主殿が付けてくれた大切な名じゃ。忘れるでないぞ?


 妾の朝は遅い。


 しかし、こればかりはしょうがないのじゃ。


 種族的な特性で夜に行動することが多くての。


 じゃがまあ、昼に行動せんと我が主殿に会うことができんからな。

 直に慣らすつもりじゃ。


 妾は我が主殿に糸を作ることを頼まれていての。


 じゃから、夜のうちに糸を作り、明るくなったら届けに行くわけじゃ。


 くふふ、妾の大切な仕事じゃ。


 なんじゃ。我が主殿が取りに来ればいいじゃないかじゃと?


 実はの、我が主殿は妾の子ども達の生存競争がトラウマになってしまったらしくての。


 まあかなり惨いことをさせておる自覚はあるから、気持ちは分からんでもないのじゃ。


 それにじゃ、我が主殿の元へと向かうことは全然苦ではないのじゃ。むしろ、我が主殿の元へ毎日通う口実ができたことは幸運だったかもしれんと思っておる。


 あの女狐の悔しがる姿が目に浮かぶわい。


 あー、愉快愉快。


 さて、今日も我が主殿の元へと糸を届けにゆくとするかの。


 む。どうやら今日はいつもより早く目が覚めてしまったみたいじゃ。


 そうじゃ、せっかくじゃし我が主殿の元へ向かう前に隣人達にも挨拶していくとするかの。



 ◆◇◆◇◆



 おー、おったおった。


 あやつの名はアネモイ。元は風虎という魔物だったのじゃが、今は進化して嵐虎という魔物になったらしいのう。まあ、見た目はあんまり変わってないんじゃがな。


『アネモイよ、我とマンゴーなる果物を食べにゆかぬか?』


 おお、あやつもおるではないか。


 あやつはアインス。フェンリルという魔物らしいの。


 我が主殿の配下で最も強い御仁なのじゃが、どうやらアネモイに"こい"というものをしてしもうたらしくての。


 頻繁にアネモイに声をかけておるのを見るわい。


『いやよ。一人で行ってくれないかしら?』


 まあ、アネモイはあんな感じで興味無いようなのじゃがな。


 それにしても、アインス殿はようやるの。


 それほどまでに、"こい"というものの衝動は凄まじいということか。


 アインス殿曰く、寝ても醒めてもその者のことばかり考えてしまうらしいからの。


 妾は"こい"なるものをしたことが無いからようわからんわ。


 最初は、ならば妾の我が主殿に向ける気持ちは"こい"なのではないかと思ったのじゃが、ゴブリンやウルフ達が言うにはそれは"けいあい"なるものらしいからの。


 いつか妾も"こい"をする時が来るのじゃろうか。


 まあ妾の場合、雄がおらんでも子を成せるから何も問題はないんじゃがの。


 さてとじゃ。


『アネモイよ、元気じゃったか?』

『あら、ヨミじゃない!どうしたの?』

『これから我が主殿の元へ糸を届けにゆくからの。せっかくじゃから挨拶をと思ったのじゃ』

『そうだったの!嬉しいわ。貴女も元気そうね!』

『もちろんじゃ。アインス殿も元気そうでなによりじゃよ』

『ふんっ、当たり前だ』

『それにしても懲りないのう。アインス殿は』

『懲りる?何を言っておる。絶対に我はアネモイを振り向かせてみせるぞ』

『絶対にありえないから』


 それから少しばかり、妾達はくだらない話をした。


『む、かなり話し込んでしもうたの』

『そうね、アタシもとても楽しかったわ。ありがと、ヨミ!』

『我も楽しかったぞ。ヨミよ』

『うむ。では、妾はもうゆくぞ。またなアネモイ、それにアインス殿』

『ええ、またね。またいつでも来てちょうだい』

『寂しいのか?心配せずとも我はまだここにいるつもりだぞ?』

『貴方に関しては今すぐ帰ってもう二度と来ないで欲しいわ』

『なんだとっ!?』


 なかなか楽しかったの。


 やはり仲間と話すのはいいものじゃ。


 さて、次はあやつの元へゆくとするかの。



 ◆◇◆◇◆



『む、ヨミであるな。よく来たな!歓迎するぞ!ガーハッハッハッハッ!!』


 こやつの名はヘラク。ここ、果樹エリアを統べる蟲の王じゃ。


『あら、ヨミじゃないですか。よく来ましたわね、ワタクシも歓迎致しますわ。オーホッホッホッホッ!!』


 そしてこやつがメラ。ヘラク殿の番の蟲の王妃じゃ。


 ここ、果樹エリアには、こやつらを王とする蟲の国ができておる。


 そういえばじゃが、ヘラク殿とメラも進化して今の蟲魔人インセクトノイドになったらしいの。


 元はそこいらで働いておる蟲魔獣インセクトビーストと似たような姿だったらしいのじゃ。

 じゃが今は、甲殻に覆われて頭から三本の大きな角が生えてはおるが、我が主殿やアルファ嬢と同じ"にそくほこう"?というんじゃっか、になっておるの。我が主殿とお揃いなのは少し羨ましいわい。


「あ!ヨミきたの!?いらっしゃい!!」


 そうじゃ、こやつを忘れておった。


 ここに暮らすのは蟲達だけではない。


 ここに暮らす蟲達は妖精と共生しておるのじゃ。


 それでこやつがモア。今はエルダーフェアリーという種族だと言っておったかの。

 こやつの種族は妾の種族と違い、我が主殿と会話することができるのじゃ。

 妾もいずれ、と、つい思ってしまうの。


『それでヨミよ、一体どうしたのであるか?余に何か用であるか?』

『いや、そういうわけではないのじゃ。これから我が主殿の元へ糸を届けにゆくからの、せっかくじゃから挨拶していこうと思ったのじゃ』

「王様のところに!?いいなぁ!!また王様遊びに来てくれないかなぁ?」

『大王様は昨日来てくださったばかりですわよ?』

「でもでも!もっともっといっぱい遊びたいよ!!」

『ガーハッハッハッハッ!!心配するでない!モアよ!大王はまた直ぐに来てくれるであろうよ!』

『そうですわ。なんと言っても、大王様はワタクシ達の作る果物を大層気に入ってくださっておりますもの。オーホッホッホッホッ!!』

『相変わらず、騒がしい奴らじゃのう』


 まあ、悪い奴らではないんじゃがな。


 妾はここでもまた、果物を食べながら少しばかり雑談に興じた。


 嘘じゃ。結構長話してしまったのじゃ。


 果物が美味いのが悪いのじゃ。


 妾は悪うない。


『そういえば、ツキヨの元へはもう行ったのであるか?』


 妾は少しばかり、眉間に皺を寄せてしまった。


 蜘蛛である妾に眉があるかは知らんがの。


 あやつはなぁ……。なんというかのう。合わないのじゃ。ものすご〜〜〜く、合わないのじゃ。


『その様子だと、まだ行ってないみたいですわね』

『むぅ……あやつとはなんというか……合わないのじゃ』

「そう?わたしは息ピッタリだと思うけど?」

『余もそう思う』

『ワタクシもそう思いますわ』

『そんなわけあるか!あやつと妾が仲良くしているところを見たことがあるのか!?お主らは!』

「だってねー。二人一緒にいるといっつも仲良さそうに喧嘩してんじゃん。しかも息ピッタリ!!」

『そんなわけあるか!戯けっ!妾をあの女狐と一緒にするでない!!』

『しかしだな、ヨミよ。大王が、人の世には"喧嘩するほど仲がいい"という言葉があると言っておったであるぞ?』

『うるさいのじゃ!と・に・か・く!!妾はあやつの元へはゆかんぞ!!』

『むう……』


 妾がそう言うと、モアが何やら悪いことを思いついたかのようにニヤリと笑った。


「そうだ!ヨミ!これさ、マンゴーっていう果物なんだけど、これ、ツキヨに届けてくれない?」

『はあ?なんで妾があやつのために配達などせねばならぬのじゃ』

「えーっと……今ねぇ、わたしもヘラクもメラも果樹森林の管理の途中なんだ!大切なお仕事だからちゃんとやらなくちゃ!!だよね?ヘラク?メラ?」

『う、うむ。その通りであるぞ。アーイソガシイイソガシイ』

『そ、そうですわね。アーイソガシイイソガシイ』

『嘘じゃ!ぜーーーったい嘘じゃ!顔に書いてあるぞ!第一、ついさっきまで雑談に興じていたではないか!』

「雑談してたから、その分今から頑張んなきゃいけないんだよ!だから、ほら!これ、ツキヨに届けてきて?ね?」

『ぬうぅ……』


 結局押し切られてしもうた……。


 嘘だというのは分かっておったんじゃがのう……。


 モアの奴は相変わらず強引すぎるのじゃ!


 まあ、こうなってしまっては仕方ないのう。


 さっさとこの使いを済ませて、我が主殿の元へと向かうとするかの。



 ◆◇◆◇◆



 妾があの女狐の暮らす領域に入ると、あやつは直ぐに現れおった。


『あらまあ、煩わしい羽虫が入ってきたと思ったら、どこぞの蜘蛛でありんしたか』

『ふむ、随分と早い登場じゃな。仕事も持っておらん自宅警備員は随分と暇らしいのう』

『なんだと蜘蛛女ゴラァ?』

『上等じゃのう。女狐?』


 はあ、嫌じゃ嫌じゃ。やっぱりこやつとは相性最悪じゃな。


 こやつの名はツキヨ。妖狐から進化した天狐という魔物じゃ。


 簡単に言えばでっかい狐じゃな。


 モア達が、何で妾とこんな女狐を相性が良いと表現したのか全くわからんわい。


『ツキヨ様、その辺で。ヨミ様、ようこそいらっしゃいました』

『おお、ミズキか!』


 こやつはミズキ。あの女狐の従者の一人じゃな。


 種族は妖狐。姿形はあの女狐より一回りだけ小さい狐じゃ。


『お主も大変じゃのう。こないな傲岸不遜と傍若無人を絵に書いたような奴が上司など』

『自分の子ども達に、強者の選別と託けた殺し合いをさせるどこぞの蜘蛛女よりは、マシだと思いんすけどねぇ』

『ア゛ァ゛?』

『オ゛ォ゛?』

『はぁ……』


 せっかく今日は至極愉快な気分じゃったというのに……。


 この女狐のせいで台無しじゃわい。


 さっさと用を済ませて我が主殿の元へゆくとするかの。


『そうじゃ、ミズキ。モア達から、マンゴーなる果物の贈り物じゃ。そこの女狐に独占されんようにの』

『そんなことしんせん。蜘蛛女と違って部下は大切にしていんすから』

『何か言ったかのう?』

『何も言っていんせんよ?』

『はぁ……まったく……。ありがとうございます、ヨミ様。ありがたく頂戴いたしますね』

『さて、妾は今から我が主殿の元へ糸を届けるという大切ながあるからの。用も済ませたし、そろそろゆくとしよう』

『クッ……なら、わっちもご一緒しんす。主様はわっちの尻尾が大好きでありんすからねえ。ゴツゴツの蜘蛛女の代わりに、お疲れだろう主様を癒してさしあげんす』

『ふざけるでない!女狐!妾の仕事の邪魔をする気か!?』

『ふざけてなどいんせん。そっちこそ、わっちに主様が取られるのが嫌なだけではないのでありんすか?』

『『ふんっ!!』』

『はぁ……』


 こうして妾は、一匹のおじゃま虫ならぬおじゃま狐を連れて我が主殿の元へと向かわなくてはいけなくなってしもうたのだった。


 こないなことになるならば、やはりどうにかしてモアのイタズラをやり過ごすべきだったかのう……。



 ◆◇◆◇◆



「お、ツキヨにヨミじゃないか」


 刮目せよ!この方が、妾の偉大なる我が主殿であるぞ!


 さて、妾と女狐はあれから何事もなく我が主殿の元へと到着したわけじゃ。


 本当に何事もなかったのう。会話すらほとんどなかったからの。


 まあ、何か問題になるようなことがある、というのは、ここが我が主殿の支配する異空間である限り、ありえないんじゃがの。


 それにしても、我が主殿は相変わらず凄い方じゃ。


 なんといっても、これほどまでに沢山の魔物を束ねられる魔王なのだからな!


 妾も、配下として鼻が高いというものよ。


「おお、ヨミ!また糸を持ってきてくれたのか!毎日わざわざありがとうな」


 我が主殿は、こうやって毎回妾に礼を言ってくれるのじゃ。配下なのだから当然だというのにの。

 じゃがまあ、こういう優しい所も、我が主殿の良いところだと妾は思っておるがな。


 妾は一番前の右側にある脚を上げて返事をする。


 早くアインス殿みたいに、念話が使えるようになりたいのう。我が主殿と会話できるようになりたいわい。


 あ、女狐が我が主殿の元へとゆきおった。クッ……あやつは尻尾の毛並みくらいしか取り柄がないというのに……。なんか負けた気分じゃ……。


 しかもあやつ、猫かぶりおっとるな、狐のくせに。


 あんな甘えた声を出しながら撫でられおって……。


 許せん、羨ま……じゃのうて、ずる……じゃのうて、けしからん!


 あぁ!!あやつ、今こっち見て笑いおったぞ!


 決めたのじゃ。


 妾が念話を使えるようになったら、まずあやつの本性を我が主殿にバラしてやるのじゃ!


 もう絶対に許さないのじゃ!!


「おいヨミ、大丈夫か?疲れてるのか?」


 はうあっ!?


 わ、我が主殿ではないか!


 くふふ、我が主殿に撫でられとるのじゃあ〜。気持ちいいのじゃあ〜。


 コホンっ。……まあよい。あの女狐のことも、我が主殿の愛撫に免じて、今回ばかりは見逃してやるとするかの。


 さて、我が主殿にもたっぷりと可愛がってもろうたし、家に帰り、また我が主殿のために糸を作るとするかの。


 まあ、その前にもう一度ゆうておくか。


 妾の名はヨミ。偉大なる魔王である我が主ディロ殿の、忠実なる僕である。

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