閑話 とある人造人間の呟き

 私はアルファ。


 私は、普通の人間ではありません。人造人間ホムンクルスというやつです。


 ああ、とは言っても私は別に身体が金属でできていたりはしないですよ?殆ど普通の人間と変わりません。


 このアルファという名前を付けたのは、私の生みの親である人族のエドガー・アシュクロフト様。たしか、『大賢者』と呼ばれていたと思います。


 私には四人の親がいます。一人は先ほど話の中で触れた『大賢者』エドガー・アシュクロフト様。二人目は、天才発明家のドワーフ『発明王』グラン様。三人目がエルフの姫巫女『生命姫』エルフィ・フィア・フリージア様。最後が魔族『大魔王』ガルーダ・カタストロフ様です。


 凄い人達で、私の自慢の親です。


 この人達に創られた存在である私にも一切理解できないハイレベルな会話を平然と繰り広げます。

 そして意見がぶつかり、度々喧嘩するのです。


 ああ、あの時は楽しかった。四人の親達と共にこの箱庭という世界の事を調査して、記録して、研究して、改善する。


 成功の喜びから笑い合って、誰かの失敗から馬鹿にし合う。


 とても楽しい日々でした。


 でも、そんな日々は唐突に、何の脈絡も無く終わりを告げます。



 ある日、私の元にやってきた四人の親達は、暗く思い詰めた顔をして、この地にもう戻って来る事ができないかもしれないと私に伝えました。


 私は聞き返しました。何故ですか、と。でも、それに関して詳しくは話して貰えませんでした。

 切羽詰まった状況だったのでしょう。顔を見れば分かります。


 親達は私に、このまま牛や馬達の世話をして、作物を作り、箱庭の環境に異変が起きたら軽く調整して欲しいと頼みました。


 この箱庭はほぼ完成に漕ぎ着けていたのです。


 だからこそ、四人はきっと私にこの箱庭の事を守って欲しかったのだと思います。


 素晴らしい研究成果であり、皆で頑張った大切な思い出でもあるこの箱庭を。


 私は了承しました。


 あの人達が頭を下げて本気で私に頼んだんですよ?


 断れる訳ないじゃないですか。


 それに、私にとってもこの場所とここで培った思い出は大切なものでしたから。


 でも、この時の私は分かっていませんでした。


 この箱庭の。それがどれだけ大変で、孤独な仕事なのかという事が。


 そしてやはりというか、私が尊敬し敬愛する四人の親達は、この日を境に箱庭の中には現れなくなりました。


 それでも私は、いつの日かあの方達が帰ってきてくれると心のどこかで信じていました。今のこれはきっと、一時的なものだと。


 ですが、現実とは非情なもので、何日経っても、何週間経っても、何年経っても、とうとうそんな日が訪れることはありませんでした。


 こうして私の、たった一人の箱庭での生活が始まったのです。



 最初の五十年ほどは私にもまだ余裕があったと思います。


 家畜達の世話をして、作物を収穫し、転移を使って各エリアを回る。


 順調に仕事をこなしていました。


 家畜達からお肉をいただく時は、血の涙を流しましたけどね。まあそんな事は些細なことなのです。


 でも、その生活がさらに十年、二十年と続いていくにつれて私は強い孤独を感じるようになりました。


 多分その理由は、私の仕事が順調だったからだと思います。ああ、この言い方だと語弊がありますね。順調のですよ。


 この箱庭は、四人の天才達が完成だと言い切る事ができる段階まで漕ぎ着けていたのですよ?


 そうそう異常なんて起こるわけないじゃないですか。


 代わり映えのしない生活に、代わり映えのしない景色。そしてその場所にいるのは私一人。


 私の中の何かが、明確に狂い始めました。


 それから私は、絶え間なく生まれてくる寂しさを誤魔化すように色々な事を試しました。


 釣り、森林浴、登山、雪遊び。けれど、私の心にかかったモヤが晴れる事は決してありませんでした。


 私は何度も何度も寂しさから枕を濡らしました。


 動物達相手に本気で話すようにもなっていました。


 独り言も増えました。


 かつての輝きに溢れていた生活を思い出す回数も増えました。


 ああなんであの時私もそっちに連れて行ってくれなかったんだと、私も巻き込んで欲しかったんだと、四人の親達を恨んだ事もありました。



 私が一人で生活を始めて、三百年と少し経ったある日の事です。


 私に転機が訪れました。


 この日私は、いつものように一人でご飯を食べていました。

 ご飯を食べ終え猛烈な寂しさに襲われた私は、かつて親の一人であるグラン様が、酔った時に宴会の席で披露していた踊りを唐突に思い出しました。


 あの時グラン様は裸で踊られていましたが、それも意味がある事なのでしょうか。いえ、流石にあれは酔ってテンションがおかしくなっていただけでしょうね。


 しかし、酷い孤独感に苛まれた私は当時の光景を懐かしむように、そして寂しさを誤魔化すように、かつてのグラン様をそっくりそのまま真似ました。


 その踊りは確か、『ベゴニアダンス』と言っていたと思います。ドワーフの言葉で、幸せを呼ぶ踊りという意味らしいです。


 あの暖かい空間を。


 あの騒がしい情景を。


 脳に強く刻まれた思い出が蘇り、思わず涙が零れそうになった――その時でした。



 ――ガチャ



 私の耳に入ってきたのは、聞こえるはずの無い音。誰かがドアノブを回す音でした。


 私は耳を疑いました。だってこの場所には、私しかいないはずなんですから。


 でも、その音は決して私の聞き間違いではありませんでした。ドアから家の中に入ってきたのは一人の魔族の少年。


 およそ三百年ぶりに私は他人に出会いました。


 本当に驚いた時って無意識に固まってしまうものなんですね。


 まあ少年の方は違う理由で驚いて固まってたみたいですけどね!そうですよ!私この時、当時のグラン様を真似て全裸だったんですよ!ああ、今思い出しても恥ずかしい……。なんであのタイミングだったのですか……。


 まあ兎にも角にも、私はその少年と話をする事になりました。久しぶりの会話で私はかなりテンパってしまいましたが……。


 少年の名前はディロ。


 ディロは魔族の中でも特に魔法が使えないらしく、差別を受けているようです。


 なんなんですか、魔法が使えないくらいで人の事を仲間外れにして。独りの辛さを知ってるんですか。三百年一人ぼっちになった事あるんですか。彼らに味あわせてやりたいですね全く。


 エドガー様の手紙も読みました。懐かしい字で、思わず涙が溢れてしまいました。


 ディロは、私の話も聞いてくれました。それも本当に私と話すのが楽しいというように。


 誰かと話すというのがこんなに楽しいものだったという事も思い出しました。


 こうして、この日この時この場所で、私に初めて一人のお友達ができました。


 そして気づけば、私の心にかかっていたモヤも綺麗サッパリ晴れていました。



 たった一人のお友達。客観的に見れば、変化としてはとても小さな物なのかもしれません。


 でも、私にとってはそんなことはありませんでした。


 たった一滴のインクが大きな波紋を描き、透明な水に色をつけるように。


 その小さな変化は、私の生活を大きく変えました。


 何百何千何万と繰り返した家畜の世話も、農作業も、食事も。白黒の絵に色がつけられたように輝いたものになりました。


 まあ私より釣りが上手いのはどうかと思いますけど。釣り歴二百年越えですよ?私。


 とにかく、ディロと過ごすようになってから、本当に楽しくて、飽きない毎日が続いています。


 ディロのご飯は美味しいのです。もしかしたら私より上手いかもしれません。まあ、もしかしたらですけどね?


 初めて間近で本物の魔物を見ました。ウルフ達は可愛いです。モフモフ気持ちいいです。


 魔物の進化も目にする事ができました。ゴブリンのゴブ助にコボルトのポチ、オークのゴンザレスは片言ですが喋れるようになりました。そして彼らは、私とも快くお友達になってくれました。


 ディロは暇を見つけてはこっちの空間に来てくれます。寂しいと思う事も、気づけば無くなっていました。



 私はこの気持ちを、この感謝を、ディロに伝えたいと思いました。


 でも、どうすればいいのでしょうか。ボッチ歴三百年には難しすぎる課題です。


 そんな時、私はふと思い出しました。そういえば、ディロの誕生日がもうすぐではないかと。


 魔族や人間種族には、産まれた日をお祝いする風習があるというのを聞いた事があります。


 生憎、自分が創られたうまれた日なんて覚えていません。しかし、ディロの誕生日なら少し前に聞く事ができました。


 ならば、サプライズでお祝いしましょう。感謝の気持ちを伝えるためにも、ディロに喜んでもらうためにも。



 こうして私の、誕生日サプライズ計画が始まりました。


 ゴブリン、コボルト、オーク達にも事情を話して協力を頼みました。皆、快く引き受けてくれました。


 私はプレゼントを作り始めました。抜け落ちた魔物達の牙を使ってブレスレットを作る事にしたのですが、中々これが難しかったです。手先の器用さには自信があったんですけれどね。


 慣れない作業に四苦八苦し、失敗する度に試行錯誤を重ねて何とか形になりました。


 喜んでもらえるといいのですが……。



 そして迎えた誕生日当日。私はこれまでにないほど緊張しながらディロの事を待ちました。


 サプライズは、結果的にいえば大成功で終わりました。


 まさか、泣くほど喜んでもらえるとは思わなかったです。


 頑張った甲斐がありました。


 私が作ったブレスレットを、ディロが腕に付けてニヤニヤしている様を見ると、私まで恥ずかしくなってしまいます。



 夕食も一段落ついて、私とディロは草原に寝っ転がって星を見ていました。


 作り物とは思えないほど綺麗な星空です。何となくですが、この日の星空は三百年見た中で一番美しく見えた気がしました。


 そんな事を考えていると、ディロが私に声をかけてきました。


「アルファ、今日はありがとうな」

「なんですか急に。水臭いですね」

「でも、思わずそう伝えたくなるくらい嬉しかったんだ」

「そうですか。喜んで貰えたなら良かったです」


 そうですか。そんなに喜んでいただけたのですか。何だかこっちまで嬉しくなっちゃいますね。


 そして私は、意を決して伝え始めました。ずっと前から考えて、伝えたいと思っていた、感謝の気持ちを。


「私、三百年ここに一人でいたじゃないですか。実は寂しかったんですよ、かなり。でもですね、ディロが来てからは毎日本当に楽しいんです。だから、これはその……お礼も兼ねているというかなんというか……。まあ、これからもよろしくお願いしますという事ですね」


 私は少し恥ずかしくなって顔を逸らしてしまいました。所々声も小さくなってしまったと思います。


 けれど、ちゃんと伝えることができました。私の想いを。私の感謝を。


 すると、私に応えるように、ディロもゆっくりと語り始めました。


「俺も同じだよ……。アルファと出会ってから毎日が本当に楽しいんだ。だから、こちらこそだ。アルファ、俺と友達になってくれてありがとう。アルファと出会えて本当によかった」


 そう言って私の方を向いて笑顔を見せた彼の姿を見た時、私の胸の奥がトクンと鳴りました。


 なんでしょうか、この気持ちは。身体が凄く熱いです。恥ずかしいような嬉しいような。けれど、決して嫌ではないそんな気持ち。


 この気持ちの正体はよく分かりませんが、一つだけ言える事があります。


 ドワーフに伝わる幸せを呼ぶ踊りは、確かに私に幸せを運んでくれました。


 私は今、とても幸せです。

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