(元)大魔王は冒険者の夢を見る ——ぼっちで女子の免疫がゼロの大魔王ですが、異世界でリア充を目指すようです——

サンボン

第0部 プロローグ

シード=アートマンの章①

第1話 大魔王と夢と

「もう嫌だ。ワシ、大魔王やめる」


 大魔王シード=アートマンが治める魔界グレゴリアス、その中心にある魔都ベルファの居城で、その大魔王本人であるワシは思わず溜息混じりに呟いた。


「大魔王様、この魔界を捨てるのでございますか?」


 側近のヴリトラが表情も変えずに問いかけてくる。


 今から三年前、ワシが一九歳の時に大魔王の座に就いてから、正直碌な目に合っていない。


 元々大魔王の座に興味はなかったが、先代の父の死後、ワシを支援する諸侯の中でも最大の力を持つアンギラス公爵からの後押しにより、なし崩し的に新たに大魔王の座に就いただけである。


 一方で、弟であるルドラを溺愛する母は、ワシが大魔王の座に就くことに反発し、食事に毒を盛ったり刺客を放ってきたり、節操なく命を狙ってきよる。

 ワシはこれらを悉く防いだが、今度は各地の有力諸侯を篭絡し、反乱を起こしてきおった。これも、ワシの魔術で全て返り討ちにしてやったが。

 それでもこの大魔王の座が諦められないのか、あれやこれやと裏で画策しているようで、正直勘弁してほしい。


「そもそも大魔王の座なんぞに未練もないし、ルドラの奴にくれてやっても惜しくないのだが……」


 これは本心だ。身内を含め、周りは敵ばかりの状況であり、ワシの味方といえば、大魔王となってからこの三年間仕えるヴリトラと、辺境にいるアンギラス公爵ぐらいのものだ。


「本当によろしいので?」

「構わん。そうだな……」


 シードは、ヴリトラを手招きし、傍に寄せた。

 低い声で耳打ちすると、ヴリトラが一瞬目を大きく見開くが、直ぐにいつもの無表情に戻った。


「なに、少しばかりお主の手を煩わせることになるが、そんなものは些事だ。では、母上とルドラ、各地の諸侯への手配を頼んだぞ」

「……畏まりました。それで、大魔王様はその後、どうされるおつもりで?」

「ワシは、“人界”に行ってみようと思う」


 ワシが八歳の頃、城の書庫で見つけた此処とは別の世界——“人界”に関する書物と、先祖が記した日記を見つけた。正に、これは運命的な出会いと言っても過言ではない。


 人界には、魔族と同じ容姿をした人族のほか、妖精の末裔であるエルフ族、ドワーフ族、獣が進化した獣人族がいるという。


 また、人界は景色が素晴らしいとのこと。

 魔界のように、空が年中真っ黒な雲に覆われていたり、山がいつも噴火していたり、湖が溶岩であったりというようなことは一切なく、青空の下、大地に広がる森や水平線に広がる海、夜空に浮かぶ光のカーテンのようなものまであると書いてある。


 さらに、人界の食べ物は非常に美味らしいのだ。

 魔界より遥かに環境が良い人界には山海の珍味で溢れており、また、これらの食材をより素晴らしいものに変える調理技術も発展しているらしい。

 此処では、肉に塩を振って食べるだけで満足する粗野な者が多く、食に疎い。

 美味いものに目がないワシにとって、魔界の食文化は苦痛に耐えがたい。


 そして、その中でもワシが最も惹かれたのは、“冒険者”という職業だった。

 この冒険者というのは、薬草などの採取や魔物討伐などの依頼を受け、金を稼ぐことを生業とする者であるらしい。


 ワシはこの冒険者というものに憧憬の念を抱いた。


 人種や地位、身分に縛られず、自由気ままに過ごす冒険者は、大魔王として雁字搦めに縛られているワシとは正反対の生き方であった。

 当然、冒険にはリスクもつきもので、弱ければ魔物討伐、場合によっては安全なはずの薬草採取すら危険と隣り合わせであり、最悪死ぬ可能性もある。だが、それでもなお必死に生きる冒険者に、ワシは非常に感銘を受けた。


 だが、ワシにとってこの冒険者の最大の魅力は別にある。


 ——それは、冒険者はモテるらしいのだ!!!


 ワシは、この魔界の頂点に立つ身でありながら、その実力故にワシを恐れ、誰も寄り付かない。

 偶に女性が近づいて来たかと思えば、暗殺目的かワシの権力を当てにした諸侯共の差し金かのどちらかであり、とても恋愛感情を持つ気にもなれん。


 故に、ワシは生まれてこの方、女性とお付き合いどころか、会話すらしたことはないっ……!!


 だが、人界のことを記したこの書物によれば、特に最高峰に位置する冒険者ともなれば、“英雄”と呼ばれるほど、尊敬と名誉を受けるらしい。その結果、“英雄”と呼ばれる冒険者の仲間は、全て眉目秀麗の女性で構成されるなど、正に“ハーレム”と呼んでも過言ではない。


 ——つまり、冒険者になればワシはモテモテになり、この書物に書いてある“リア充”とやらを手に入れることが出来るのである!!!!!


「ということで、ワシは人界に行くこととするので、あとの段取りはよろしく頼むぞ」

「なにが「ということで」ですか。はあ、まあ良いですよ。畏まりました」


 ヴリトラは散々呆れかえって溜息をついた後、仕方なく左手を胸に添え、静かに礼をした。


 ◇


 ——ある日の夜、サラスとルドラの元に、突然ヴリトラが面会を求めてきた。


 ヴリトラといえばシードの唯一の側近であり、腹心の部下である。

サラスは不審に思いつつも、その真意を測るため、ヴリトラの謁見を許した。


「失礼いたします、サラス様、ルドラ様……先日、大魔王様から各地の諸侯に対し招集命令掛けるよう指示されました」

「ほう? それはどういうことだ?」


急に諸侯を招集? 何故?


「はい。実は大魔王様は各地の諸侯を粛清し、独裁政治を敷こうとしております。私も大魔王様に諫言しましたが全く耳を貸さず、このままでは魔界史に汚点を残す事態となりかねません。故に、どうかサラス様とルドラ様にお力添えを賜りたく参上しました」


 サラスとルドラは目を見開くと、思わず椅子の肘掛けを握りしめて身を乗り出した。


「今の話は誠か! 世迷言を抜かすと、只では済まさぬぞ!」

「誠にございます。こちらに、各地の諸侯への招集命令の書状がございます」


 ヴリトラは、懐から諸侯宛ての書状を取り出し、サラスとルドラに差し出す。

 サラスは書状を受け取ると、備にその内容に目を通す。

 それは、確かに諸侯あての招集命令の内容であり、且つ、シードのサインと花押があった。


「ううむ……これは由々しき事態! なんとしてでも止めねば、この魔界は戦乱となるぞ!」

「は、母上……い、如何いたしましょうか!?」


 ルドラは肩を震わせ、おろおろしながらサラスに伺う。


「ルドラよ、しっかりなさい! ……して、ヴリトラよ、お主はどうすれば良いと考えるか!」

「はっ! こうなってしまっては、大魔王様……いえ、シードにはこの魔界から消えていただくほか無いかと……」

「シードを消すというのか……!」


 サラスとルドラは何度かシードの暗殺を企てていることもあり、シードを消すこと自体に何の躊躇いもないが、その悉くをシードに防がれており、暗殺が成功するとは思えない。

 かといって、各地の諸侯と結託して攻めても、シードは歴代大魔王の中でも最強と謳われ、また、実の父である先代の大魔王“ブラフマン”を屠った男である。返り討ちに遭うのは明白だった。


 ……さて、どうしたものか。


 サラスは左手でこめかみを押さえ、俯きながら力なく椅子に腰かける。


「サラス様のご懸念はごもっとも。確かにシードは正面から来る敵に対しては無敵と言っても過言ではありません。しかし、実はシードがこれまでサラス様達の暗殺から逃れられたのは、偏に私が未然に防いでいたからであって、奴自身に防ぐ手立てはございません。仮に、私がシード様の食事に毒を盛れば……」

「……なるほど、シードを容易く亡き者に出来る、と……」


 ヴリトラは深く頷いた。


「……では、何時それを実行する?」

「シードは諸侯を招集した際、会食の場で毒殺による粛清を企んでおります。我々は、逆にそれを利用しては如何かと」

「……魔界最強の男が毒殺など姑息な……つまり、諸侯が一堂に会した会食の場で逆にシードを粛清し、諸侯たちにその正当性と政権交代を見せつける、ということか」

「然り」


 ヴリトラが提案した計画は此方にとって都合がよかった。何せ、仮に失敗したとしても、自分達が直接手を下すのではなく、あくまで側近のヴリトラが行うものであり、自分達のデメリットは無いに等しいのだから。

 だが、だからといってヴリトラという男を単純に信用するのは無理がある。

 そもそも、何故このような策を敢えて敵対していた我々に進言してくるのか。

 その真意を測るため、ヴリトラに問い質す。


「……お主の言うことは分かった。して、何故それを我々に進言した。また、それによってお主は何を望む?」

「私は、あくまでこの魔界を憂いてお二人にご進言したもの。それについては、先代大魔王の時の私の行動を思い出していただければ……。そして、私の望みは、許されるならば、これからはお二人の許でお仕えすることをお許しいただけますれば……」


 ヴリトラの訴えを聞くが、やはり簡単には信用は出来ず、サラスは訝しむ。

 だが、サラス達にとっては特にデメリットもなく、成功すれば何も労せずに大魔王の地位を手に入れることが出来る。

 このため、取り敢えずはその提案に乗ることにすることを決めた。


「相分かった。此度の策が成った暁には、お主を側近として迎え入れよう」

「……有難うございます。では、シードに不審に思われないよう、当日まではお互いお会いしない方がよろしいかと。何、手筈は上々にございますれば」

「ふむ、分かった。では、よろしく頼むぞ」

「承知いたしました」


 ヴリトラは恭しく礼をすると、踵を返して部屋を出た。

 そして、その後ろ姿を見つめ、三日月のように紅い口の端を釣り上げたサラスの姿があった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る