勇者と聖女の婚約宣言(3)

 アンリも陛下を前にして立ち止まる。

 大広間中の視線を一身に集めながら、陛下はアデライトに渋面を向ける。


「口を慎め、アデライト。ここにいるは、お前の未来の義姉であるぞ」

「お父様、なんてことを言うの! こんな女が義姉ですって!?」


 悲鳴めいた声を上げ、アデライトは聖女を睨みつけた。聖女は笑みを崩さない。心からの余裕を見せている。


「アデライト様、落ち着きなさって。みっともないですわ」


 ふふんと笑ってから、彼女はまた、アデライトと私にしか聞こえない小声で囁く。


「先に私の邪魔をしたのはあなたでしょう? 悪役はやっぱり悪役ね。モブ女なんて隠れ蓑にして、そんなにアンリ様を独占したかったのかしら」

「な、なにを言っているの……!」

「他の攻略対象にもちょっかいをかけていたのを知っているわ。シナリオを崩壊させたかったのでしょうけど、残念ね。多少イベントにずれは出たけど、結局アンリルートの通りに進んだわ」


 アデライトが肩を震わせている。

 でも、一緒に聞いている私はさっぱりだ。


 ――『攻略対象』? 『ゲーム』に『シナリオ』に『イベント』?


 どうも侮辱されているらしい、ということだけは、聖女の態度からわかる。

 だけどその意味が分からないので、間に割って入ることもできない。


「あとは簡単なイベントとエンディングだけ。悪役のくせに、ヒロインわたしの位置を乗っ取ろうとしたこと、後悔なさい」

「乗っ取りって、後から来たのはあなたじゃない! 私を差し置いてお兄様に取り入ろうなんて許さないわ!!」


 大股で足を踏み出し、アデライトはオレリア様に掴みかかろうとする。

 口喧嘩ならまだしも、さすがに手を出すのはまずい。

 慌てて止めようと手を伸ばす、が――。


「やめないか、アデライト」


 それよりも先に、骨ばった大きな手がアデライトの腕を掴む。

 男性にしては少し高い、澄んだ心地の良いその声は――。


 ――アンリ。


 勇者にして第一王子。魔王討伐を果たした、この宴席の主役。

 アンリ本人が、険しい顔でアデライトを見据えている。


「人前で騒ぎを起こすな。王女としての自覚を持て」

「お、お兄様……」


 アンリの言葉は効果てきめんだ。アデライトは力なくうなだれた。

 突っかかってきたのはオレリア様の方だけど、聞き流せずに喧嘩を買い過ぎたアデライトにも十分非はある。

 身内として、王子として、王女であるアデライトに先に釘を刺すべきだ――とアンリは判断したのだろう。


 事実、アンリは大人しくなったアデライトと、その傍にいる私にだけ見えるように、こっそり優しい笑みを浮かべた。

 その笑みに、ほっと安堵の息を吐きかけ――。


「アンリ……! わたし……わたし、怖かったわ……!」


 横からアンリに縋りつくオレリア様の姿に、私は吐きかけた息を呑みこんだ。


「アンリがいてくれてよかったわ……! アンリはいつも私を守ってくれるものね!」


「――うむ!」


 涙目のオレリア様とアンリを見比べ、大きく陛下が頷いた。

 それから、いかにも満足げに周囲の貴族たちに目を向ける。


「みなも見ただろう。これがオレリアと我が息子アンリの絆である」


 ……えっ。


「もはや身分差などという些末な議論の必要もあるまい。愛し合い、支え合う二人が結ばれるのは当然のことだ」


 大広間中の視線が陛下に集まる。

 朗々と語る陛下の顔には、喜びが満ちていた。


「我が息子、第一王子アンリ。聖女オレリア。この素晴らしい日に、二人の婚約を宣言する。今日は盛大に祝福しようではないか!!」


 大広間中に、陛下の声が響き渡る。

 どこからか、わあっと歓声が上がり、その声が次々に広まっていく。

 無数の歓喜の拍手が起こり、祝いの言葉をかけようと人々が駆けてくる。


 歓声の中、オレリア様は恥ずかしそうに頬を染め、陛下は満面の笑みを浮かべている。

 宴の席に喜びがあふれる。中には不満そうな顔をする人間もいるが、少数派だ。


 ただし――。


「父上! お待ちください!」


 その少数派の中にアンリがいるのは大問題である。

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