新約シンデレラ〜似た者家族〜

夏雨 ネテミ

第1話出会いと別れ

とある王城の長階段は100段もする立派なものだった

大理石で作られたため、上品な白い輝きを放ちその上に真紅の絨毯が厳かに、敷かれていた


ここを毎日行き来する業者や家来の者たちは不便を影で訴えたが、やはり村娘や王子の寵愛を得ようとする貴族令嬢達にとっては憧れの場所であった


月下、そこを慌ただしく駆け下りる人影が二つ

一人はよく手入れされた腰丈の金髪を風にたなびかせながら走る女の子

厳かな情景に似合わない大胆な走り方でいかにも村娘然としていた

しかし、月の光に照らされた絹糸のような繊細な金髪を、頬を伝う汗で張り付かせそれでも、ドレスの裾を汚すまいとスカートをつまみ走る姿は美しかった


そして、女の子を追うのは金髪を短く切りそろえた青年

この国の王子だ

彼もまた舞踏会の余韻と、女の子との追いかけっこで額を汗に滲ませており、顔貌は普段の聡明なものから打ってかわり、情熱的な真剣なものへと変じていた


「お待ち下さい!!話を聞いていただきたい‥何かお気に触る事があったならおっしゃって下さい訳も言わず帰ると言うのは‥私は貴方ともっと話したいのです」


王子が女の子の背に言葉を投げかけると女の子は立ち止まり、上気した体を落ち着け振り返らず答えた


「理由を言う訳には参りません‥無礼をお許し下さい

ただ、夢のような時間だったと思っております。いつまでも続いて欲しい夢のような」


ならばと、王子が言いかけるのを女の子は振り向きざまに上目遣いで見つめ、その続きを制した

僅か肩を揺らして何かを言いかけるように、口を歪めスカートを摘む指に力が入る

が、やがてその力は抜け、諦めたように再び走り出そうとする


王子は最後に一つだけと叫び

「貴方の名前を教えて下さい!」

「‥…っシンデレラ‥です‥今日のことは忘れてください」

絞り出すように答えると女の子は走り出した

よほど慌てたのか、ピンヒールに慣れていないのかシンデレラと名乗った女の子の靴の片方が脱げる

しかし、構わず走り去り夜の帳にまぎれてしまった


残された王子の手には、月の光を灯して、碧色を揺らめかせるガラスの靴だけが大事そうに握られていた

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る