断罪イベント
今日はフレデリック主催の舞踏会が行われている。
大広間には大勢の王侯貴族が集まり楽しそうに過ごしていた。
私はそんな人々を眺めながら、これから始まるイベントを思い緊張する。
(これはゲームの通りなら、断罪イベントが起こる舞踏会なんだよね。フレデリックの話では、ここで私が罪を告発されて捕まってしまうと……本当に大丈夫なのかな?)
ちらりと多くの貴族に囲まれて挨拶を受けているフレデリックを見た。
実はこの舞踏会を開催しようと提案をしたのは、フレデリックだったのだ。
フレデリックはこの断罪イベントを上手く利用して、一気にソフィアの件を解決するつもりらしい。
私はその中で、与えられた役割をこなすことになっている。
ただまだその時ではないので許可を得て連れてきているビビと共に、普通の参加者としておとなしく過ごしていた。
もう一度会場内を見回し、ソフィアもちゃんと来ていることを確認する。
(……まあ当然くるでしょうね。さて、ソフィアはどう動くつもりだろう)
ソフィアはこれから起こることを期待している表情で一人佇んでいた。
そうたった一人で。
どうやらソフィアの奇行の数々に皆距離を取っているようだ。
さらに聖女と称え敬っていた教会関係者までもが、誰一人そばにはいなかった。
しかしソフィアはそんなこと全く気にしている様子もなく、ご機嫌な様子で給仕から飲み物を受け取っている。
私はもう一度フレデリックの方を見ると、そこにノアが近づき何かを耳打ちしていることに気がつく。
(何かあったのかな?)
疑問に思っていると、フレデリックはノアにうなずき周りにいた貴族に声をかけた。
すると貴族達は一礼してからサッと離れていく。
そしてフレデリックは広間中に響き渡るように大きな声を出した。
「皆の者、聞いてくれ」
その声に広間にいた人々が一斉にフレデリックに注目する。
「今日は皆に伝えたいことがある」
フレデリックの発言に人々がざわつき出す。
ソフィアはとうとう来たかという表情で目を輝かせていた。
そして私はというと戸惑いの表情を浮かべる。
(え? 何を伝えたいんだろう? 私、何も聞いていないけど?)
フレデリックが何を言い出すのかわからなかった。
「実はここで、私の婚約者を発表しようと思う」
その瞬間、令嬢達がソワソワしだし親達もお互いに牽制を始める。
そんな中、ソフィアがフレデリックの近くにまで移動していた。
多分自分が呼ばれると思い、すぐに前へ出られる位置で待機するつもりのようだ。
(どうして今婚約者を?)
困惑していると、ハッとあることに気がつく。
(もしかしてこの広間のどこかに、フレデリックの想い人が来ているの!? だから急遽婚約を発表して引き止めようと……)
そう思うと胸が苦しくなり、フレデリックの顔を見ていることができなくなる。
発表の間だけでも少しこの場を離れていようと後ろを向いた私を、なぜかフレデリックが呼び止めてきたのだ。
「テレジア、どこへ行く?」
「……え?」
まさか名を呼ばれるとは思ってもいなかったので、驚いて振り返る。
するとフレデリックは私に向かって手を伸ばしてきた。
「テレジア、こっちへ」
「え? どうして?」
「ここにこなければ紹介しづらいだろう。いいからこっちにこないか」
「紹介? ……わかりました」
全く意味がわからないが、とりあえず呼ばれたので仕方なくフレデリックのもとに移動する。
そしてフレデリックの前までくると、腰に手が回り傍らに立つように引き寄せられたのだ。
「へっ?」
「俺、フレデリック・ミラ・バルゴは、このカルーラ王国の公爵令嬢であるテレジア・ディ・ロンフォルト嬢と婚約することをここで発表させていただく」
「…………えぇ!?」
私は驚いてフレデリックの顔を見るが、そのフレデリックはなんてことない顔で正面を向いていた。
「ちょ、ちょっとフレデリック! 何を言っているの!? 勝手にそんなこと決めて!」
小声でフレデリックに抗議する。
するとフレデリックも小声で返してくれた。
「お前には言っていなかったが、このことはすでに了承を得ている」
「え? 誰に?」
「俺の両親である国王夫妻と、お前の祖父と母親。さらにお前の父親であるロンフォルト公爵からも手紙で了承は得た」
「なっ!? いつの間に……あ!」
フレデリックが私を家まで送ってくれた次の日に見た、お祖父様とお母様のご機嫌な様子に合点が行く。
「で、でもどうして私には何も言ってくれなかったのよ!」
「お前、顔と態度に出やすいからな。事前に教えて、もしソフィアにでも知られたら大変だと思ったからだ」
「そ、それでも! ……というか、これはソフィア対策なの? だったら一体なんの意味が?」
わざわざ婚約をする意味がわからず困惑する。
「本来この場面では、婚約者であるテレジアとの婚約を破棄して、ソフィアと婚約する流れになるのは知っているな」
「ええ、乙女ゲーム定番の流れよね。でも、私達そもそも婚約していないのだから、それ自体起こらないのでは?」
「だがソフィアのことだ、どうにかして俺と婚約しようと動いてくるだろう。だったら先手を打って、テレジアとの婚約を発表することにした。ここで婚約破棄するのではなく婚約をする。大きく流れを変えることができるはずだ」
「そうかもしれないけれど……」
フレデリックの好きな人のことを考えると、とても複雑な気持ちになっていた。
「ソフィアとの婚約を回避するためだけだったら、べつに私と婚約しなくても……」
「俺はテレジアと婚約したい」
「……っ」
真剣な表情でキッパリと言われドキッとする。
「テレジアは俺と婚約するのは嫌か?」
「い、嫌じゃないけど……」
「ならいい。まあ嫌だと言われても、俺は撤回する気など最初っからなかったがな」
「っ!!」
少し意地悪そうにだけど嬉しそうに笑うフレデリックを見て、私の顔が一気に熱くなった。
私は両手で頬を押さえながらも、口角が上がっていくのが止められない。
(ソフィア対策だってわかっているのに、他の誰でもない私を選んでくれたのが嬉しい。たとえ全てが終った後に解消されるとしても……今、この時だけはこの幸せを感じていたい)
そう思い私は両手をおろすと、フレデリックに向かって微笑んだ。
その瞬間、割れんばかりの拍手が巻き起こり驚いて目を見開く。
周りを見ると、会場内にいる貴族達が私達に向かって手を叩いていた。
令嬢達も苦笑いを浮かべながらも、認めてくれているようだ。
さらに見回すと国王夫妻はもちろんお祖父様やお母様も嬉しそうな顔をしており、アスランやノアも私達を祝福するように微笑んでくれている。
ただヒースが、なんだか辛そうに唇を噛みしめているのが見えた。
そんな様子に心配になったが、そのヒースの肩に叔父様と叔母様がそれぞれ手を置き何か声をかけると、小さくうなずき泣き笑いのような顔で手を叩いてくれたのだ。
そうして皆にこの婚約を認められ、夢見心地のようにふわふわと嬉しい気持ちでいたその時、ソフィアが大きな声で叫んできた。
「こんな婚約、私は認めませんわ!!」
「……やはり騒ぎだしたか」
フレデリックは目を細め、ソフィアを見る。
私も一気に現実に戻されると気を引きしめ、視線をソフィアに向けた。
そのソフィアは目をつり上げ、肩を怒らせながら前に進み出てきた。
そんなソフィアに人々は非難の目を向けるが、本人は全く意に介していない。
「フレデリック様、その女に騙されてはいけませんわ!」
「……それはどういう意味だ」
冷たい眼差しを向けながらも、フレデリックは私の腰に回している手に力がこもる。
私もソフィアが何を言い出すのか不安になりながらも、黙って様子を見ていた。
「聞いてください! その女は出身国であるカルーラ王国で、悪行を行っていましたのよ!」
「なっ!?」
まさかカルーラ王国でのことを持ち出してくるとは思わず、驚きに目を見張る。
人々もどういうことかとざわつきだした。
「その悪行とは?」
「そもそもその女は、カルーラ王国の王太子であるリカルド王子の婚約者でしたのよ。だけど、ヒロイン……私と同じ光属性の魔力を持ったリリアーナを酷く憎み、影で何度も虐めていましたの。でもその行いがリカルド王子にバレて婚約破棄されたため、この国に逃げてきましたのよ!」
「……」
フレデリックは無言でじっとソフィアを見つめる。
ソフィアはさらに私達に近づきながら、懇願するように訴えてきた。
「信じてください! 私は嘘は言っていませんわ。私はただそのような女をこの国の王太子妃にさせてはいけないと、勇気を振り絞って声を上げただけですのよ」
ソフィアは両手を祈るように握り、目を潤ませてきた。
その迫真の演技に人々は信じだし、私に軽蔑の目を向けてくる。
しかし私には何も言い返せなかった。
だってソフィアの言ったことは、紛れもなく事実であったから。
私が黙っていることで余計信憑性を増したらしく、フレデリックの婚約者に相応しくないのではと言い出す声まで聞こえてきてしまう。
私は手をぎゅっと握りしめ、後悔に押し潰されそうになった。
(まさかこんなところで、悪役令嬢をやったことが足枷になるだなんて……)
ソフィアはそんな私を見てニヤリと笑う。
「フレデリック様、実は証人もお呼びしておりますの」
「ほ~」
「ふふ。さあ入って来てくださいな」
ソフィアは嬉々とした表情で扉の方に声をかけると、ゆっくりと扉が開きそこから二人の男女が広間に入ってきたのだ。
その二人を見て、私は血の気が引いてしまう。
「ど、どうして……」
わなわなと震えながら見ている先でその二人は、迷うことなく私達の前までやってきた。
「久しぶりだな、テレジア」
「……っ、リカルド殿下。それにリリアーナも」
「テレジア様、お久しぶりです」
そう目の前にいるのは、私の元婚約者でカルーラ王国の王太子であるリカルドとリリアーナであったのだ。
「ど、どうしてお二方がこちらに……」
居るはずのない二人に、私ははげしく動揺する。
「……リリアーナと共に、どうしても証言して欲しいと頼まれてな」
その言葉に私はちらりとソフィアを見る。
ソフィアは勝ち誇った笑みを浮かべていた。
(……終った。フレデリックも何も言わないし、多分どうにもならない状況なんだろうね。でもこれって、本当に追放だけで済むの? ある意味王族を謀っていると捉えられてもおかしくないような……)
頭にフッと処刑のイメージが湧きゾッとする。
そしてそれがあり得る現実だと気づき、絶望が押し寄せてきた。
そんな私の気持ちなど察してもらえるはずもなく、リカルドは一歩前に出て口を開く。
私は聞きたくないと思い、耳を塞ごうとして手を上げたその時──。
「テレジア、すまなかった」
「…………え?」
まさかの謝罪の言葉に、私はピタリと動きを止めてリカルドを見る。
そのリカルドは私に向かって頭を下げていたのだ。
「なっ!?」
「テレジア様、私も謝らせてください。ごめんなさい」
「へっ?」
リカルドの隣でリリアーナまで頭を下げてきたので、私の頭は大混乱に陥る。
ソフィアを見ると、唖然とした表情を浮かべていた。
「え? え? 一体どういうことですの?」
意味がわからず戸惑っていると、リカルドとリリアーナは頭を上げ、お互いにうなずき合ってから真剣な表情で話し出した。
「実はつい最近になって、テレジアがわざとリリアーナを虐めていたのだと知ったんだ」
「テレジア様は、私とリカルド様との仲を取り持つため、あえて悪役をされていたのでしょ?」
「そ、それは……」
「僕も最初それを知らされた時は信じられなかった。だがちゃんと調べてみると、確かにテレジアはリリアーナを本気で虐めていないことがわかったんだ。さらに影でリリアーナをフォローしていたことも」
「……どうしてそのことを?」
「そこにいるフレデリック王子に、手紙で教えられたからだよ」
「え!?」
私は驚いてフレデリックを見る。
そのフレデリックはニヤリと口角を上げて笑ってきた。
「おそらくソフィアはこうすると思っていたからな。こちらも手を回しておいた」
「いつの間に……」
私はフレデリックを見ながら呆然と呟く。
「さらにフレデリック王子の手紙には、ソフィアと名乗る令嬢からテレジアの罪を暴露して欲しいと要望があるだろうと書かれていたんだ。僕はすぐにリリアーナに確認すると、案の定そのような内容の手紙が彼女に届いていた」
「その手紙には、テレジア様に私も同じように虐めを受けているのですが、証拠がなく訴えられないので助けて欲しいと書かれていました」
リリアーナは胸元から一枚の手紙を取り出し、それをフレデリックに手渡す。
「……この筆跡、間違いなくソフィアの物だ」
「正直テレジア様が私を虐めていたのには、何か訳があるのではと思っていました。確かに虐めを受けた時はすごく悲しい気持ちになりましたが、そのあとすぐに他の方々に慰められ落ち込まずに済みました。どうやらテレジア様のお知り合いの方々だったようですね。さらにリカルド様と婚約後のお妃教育も、テレジア様が虐めの中で強要されていたことと一緒だったため、苦もなくこなすことができています。テレジア様、本当にありがとうございます」
「いや、お礼を言われましても……」
まさか感謝されるとは思わず、困惑しながら二人を見た。
「テレジア、僕達は君に謝りたくてソフィア嬢の誘いに乗りここにやって来たんだ。もちろん舞踏会が始まる前に密かにフレデリック王子と会い、話は全て聞いているよ。僕達はテレジアの味方だ。安心して欲しい」
「リカルド殿下……」
「そうです。あの時言いました通り、私はテレジア様とお友達になりたいと思っているのです。ですから、テレジア様は私が守ります」
「リリアーナ……」
「これで許してもらえるとは思っていないが、僕達のことを信じて欲しい」
「お願いいたします」
「……っ! 許すもなにも、私は何も怒っていませんから! お二方共、ありがとうございます」
嫌われていると思っていた二人の言葉に、私は嬉しくなり目に涙を浮かべてお礼を言った。
「よかったな」
「フレデリック、ありがとう」
私は隣にいるフレデリックに心からの感謝を述べる。
しかしその時、ソフィアが大きな声で騒ぎだした。
「なんですの! なんですの! この状況は! こんなの絶対におかしいわ!!」
自分の頭を抱えてぶんぶんと振り回しているソフィアを見て、人々は恐怖の表情でそばから離れていく。
そんなソフィアが哀れに思えてきた私は、落ち着かせようとフレデリックから離れ近づくことに。
「テレジア、危ないぞ!」
「大丈夫よ。少し話をするだけだから。ソフィア、ちょっと落ち着いて」
私はそう言って、ゆっくりとソフィアに向かって左手を伸ばしていった。
「触らないで!」
「っ!」
ソフィアに鋭い目を向けられ、私の手を払い除けられる。
その時、手の甲に爪が当たり傷がついてしまった。
私は一歩後ろに下がり、痛みに耐えながら血の滲む手の甲を見る。
すると──。
「グウゥゥゥゥ!」
いつもとは違うビビの低く唸る声が聞こえてきた。
どうしたのだろうと、足元にいるビビに視線を向ける。
「ビビ? ……えぇ!?」
私の見ている目の前で、ビビの体がだんだんと大きくなりだしたのだった。
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