仕事の鬼
フィンの案内で目的の場所に到着した私は、目の前の光景に唖然とする。
「そっちの書類はできたか?」
「あと少しです!」
「誰かこの資料どこにあるか知らないか?」
「ロメオさ~ん、魔法省から通信が入ってますよ!」
「今俺は忙しいんだ! 後でまた連絡してこいと言っとけ!」
「オレこの後会議なんで、暫く席外しま~す」
「あ~! ここ間違ってるし! ちょっと経理部に訂正させに行ってくるわ」
そんな声が至るところで上がり、さらに見たことのない電話機のような道具を使って話している人もいてとても慌ただしい。
全員官僚服を着ている男性で、城に勤める文官の人達だろう。
(……なんだろう、この雰囲気。すごく懐かしい感じがするんだけど……。でもカルーラ王国の王城で働いていた文官は、こんな風には仕事していなかったしな~。だから懐かしく感じるはずないのに……)
忙しそうにしている人達を見て既視感を覚え、そしてふっとあることに気がついた。
(あ、そうかオフィスだ。それも私が前世で働いていた部署の! あ~今思えばあの部署って、異常な忙しさだったよね~。他部署ではあそこまで慌ただしい状況にならないらしいのに……でもあれは全てあの鬼上司、黒田部長がどんどんと仕事を振ってきたせいだったけど。あの男……下手に仕事ができる分、次々と仕事を取ってくるから部下の私達に回ってくる仕事量も半端なかったな~。まあ本人は私達以上に仕事していたけど。だけどそのお陰で、社内では業績トップの部署になっていたし、ボーナスもその分多く貰えたから忙しいけど皆頑張れていたんだよね。私も乙女ゲームに使えるお金が稼げていたし、意外とやりがいがあって悪くはない仕事だったな~。ただしあの鬼上司とは馬が合わなかったことを除けば……)
前世で何度も衝突していた黒田部長を思い出し、思わず頬を引きつらせた。
「やはり驚かれますよね」
「え?」
突然私の隣から声が聞こえ視線を向けると、フィンが苦笑を浮かべながら私を見ていた。
「初めてこの部署を見られた方は、大概この様子に驚かれますから」
「あ、ああそうね。確かに驚いたわ。……違う意味で」
「え?」
「ううん。気にしなくていいわ。それよりもこの書類はどこに?」
「それは……」
「フィン! ようやく戻ってきたのか!」
「あ、先輩! 遅くなってすみません!」
「その書類がないとこれが終わらないんだ! 早く持ってこい。そしてお前も手伝え……って、その隣の女性は?」
目の下に隈を作りながら鋭い目つきでフィンを睨みつけていた男性は、私を見て驚いた表情になる。
「えっと、ボクが困っているところを助けてくださり、さらに荷物まで半分持って一緒にここまで来てくださったんです」
「え? 見たところ上位貴族のご令嬢のようですけど……」
戸惑いの表情で私を見てくるので、私は苦笑いを浮かべた。
「困っている人がいれば、身分など関係なく助けるのが普通でしょう? そんなに変なことではないと思うけれど」
「いやいや、そんなことしてくださるご令嬢見たことないですから」
「そうなの?」
私の問い掛けに、フィンとその先輩は同時に頷いた。
「まあいいわ。それよりもこの書類どこに置けばいいの?」
「あ、受け取ります。ありがとうございました。……フィン、結構な量を頼んだ俺も悪いが、次はもうこんなこと止めてくれよ。心臓に悪い」
「……はい」
先輩は小声でフィンに話しかけ、フィンは小さく返事を返した。
(ただ荷物を運ぶのを手伝っただけなのに……うん、今度から気をつけよう)
私の行動で逆にフィンが小言を言われてしまったのを見て心の中で反省した。
先輩が仕事に戻ったのを見届けた私は、フィンに言葉をかける。
「さて、私はそろそろ行くわね」
「テレジア様、ありがとうございました」
「いえ、お仕事大変でしょうけど頑張ってね」
「頑張ります!」
元気よく返事をしたフィンを見て、クスッと笑ってから手を振り部屋から出ていこうとした私の耳に、突然どなり声が聞こえてきたのだ。
「これでは駄目だ! もう一度作り直してこい!」
その声に驚き、部屋の奥を覗き見るとそこには──。
(げっ!)
なんとか口に出さずとどめることはできたが、思いっきり嫌そうな顔をしてしまった自覚はある。
(なんであの男がここにいるの?)
覗き込まないと見えない位置に、フレデリックが執務机に座っていたのだ。
さらに机の前で立っている官僚服の男に、険しい表情を向けている。
そんなフレデリックを訝しげに見ているとフィンが苦笑を浮かべながら話しかけてきた。
「驚きましたよね。すみません。ですがここではあれはいつもの光景なんです」
「……なぜフレデリック殿下がここに居るの?」
「ああ、そこから説明が必要でしたね。実はこの部署、フレデリック殿下の指揮下で新たに設立されたところなんです」
「えっと、そもそもここはどんな部署なの?」
「総務部です」
「総務部?」
「はい。各部署を統括し円滑に仕事ができるように管理する部署です。まあ色々な書類や契約書等を作ったり、外部との交渉もうちがやっています。以前は各部署それぞれでやっていたのですが、部署によって書類の作り方が違い、他部署との連携も上手く取れずよく衝突していました。その影響で仕事が遅れることが多々あったんですよ。ですがこの部署ができたことでそれも減り、仕事が滞ることもなくなりました。これも全てフレデリック殿下のお陰なんです!」
「へ~」
目をキラキラとさせながら語るフィンを見て、意外とすごい人なんだと感心した。
「だからボク達、大変だけどこの仕事に誇りを持っているんです。実際この部署に配属された人は、今まで誰も辞めていないんですよ」
フィンの言葉を聞き、周りを見回すと確かに皆忙しそうにはしているが目は死んでいない。
さらにさきほどフレデリックに怒鳴られていた男性も、やる気を見せた顔で自分の席に戻っていった。
(本当だ。皆、この仕事にやりがいを持っているんだね)
そう思いながらもう一度フレデリックの方に視線を向けた私は、向こうもこっちを見ていることに気がつき固まる。
なぜならすごく怒っているようだったから。
フレデリックは静に椅子から立ち上がると、険しい顔つきのまま私の方に歩いてきて目の前で立ち止まった。
そしてじっと私を見つめてくる。
その表情は、まるで不愉快という文字が書かれているようだった。
私も思わず眉間に皺を寄せ睨み返す。
「何?」
「……お前はそこまでして俺の婚約者になりたいのか?」
「…………は? 一体何を言っている……」
「俺の仕事場まで図々しく乗り込んでくるとは、やはり自己中心的な女だな」
フレデリックの決めつけに私はポカンとするが、すぐに体を震わせ怒りの表情を浮かべると大声を張り上げた。
「この自意識過剰男!!」
「なんだと!!」
「いつ私が貴女の婚約者になりたいと言った? 勝手に決めつけないで! 私はただここにフィンの荷物を持って来ただけよ!」
目くじらを立てながらフレデリックを怒鳴る。
するとフレデリックは驚きに目を瞪り、フィンの方を見た。
「それは本当か?」
「は、はい。テレジア様は困っていたボクを助けてくれたんです」
「お前が人を助けた?」
信じられないものでも見るような目で私を見てくる。
その様子にムッとしながらも口を開いた。
「私が人を助けたことがそんなに変? フレデリック殿下とは今日が初対面なのだから、私がどういった人間かなんて知らないでしょ? そもそも貴方にまた会いたいとは思ってもいなかったわ!」
私が捲し立てて言うと、フレデリックはたじろいだ。
だがすぐに表情を戻しゴホンと咳払いをする。
「どうやらお前は、俺が思っていた女とは違うようだ。……すまなかった」
「え?」
まさか謝られるとは思ってもいなかったので、驚きながらフレデリックを見る。
そのフレデリックはバツが悪そうな顔で私から視線を逸らしていた。
しかし再び私の方に向き直ると、一度深呼吸をしてから腰に手を置き目を据わらせる。
「俺だって自分に非がある時は謝る。それに部下のフィンを手助けしてくれたことも感謝している。だがここは、お前のような貴族の女が居ていいようなところではない。はっきり言って仕事の邪魔だ。すぐに出ていけ」
「なっ!?」
フレデリックの言葉に私は唖然とする。
「何をそんなに驚いている。仕事のできない者がここにいては、他の者の邪魔になるのは当たり前のことだろう」
「それはそうだけど……」
確かに言っていることはわかるが、さすがに言い方ってものがあると思う。
不満気な顔でフレデリックを見返したその時──。
「すみません! 大至急まとめて欲しい書類があるのですが!」
一人の男が書類を抱えて部屋に駆け込んできたのだ。
その途端、部屋の中がざわつく。
「マジか! オレ今の案件で手一杯なんだが」
「僕もだよ」
「オレ? ムリムリ!」
皆これ以上の仕事はできないと首を振る。
その様子を見ていたフレデリックは、駆け込んでき男から書類の束を受け取った。
「わかった。すぐにまとめて持っていく」
「ありがとうございます!」
男は何度も頭を下げてから部屋から出ていった。
「殿下、お言葉ですがその仕事をできる者が……」
「俺がやる」
「しかしすでに殿下は、ボク達の倍以上の案件を抱えてらっしゃるではないですか!」
「大丈夫だ。まだ期日があるモノを後回しにすればなんとかなる」
「そう言って、睡眠時間を削られて仕事されるつもりですよね? 駄目ですよ!」
目をつり上げフィンは止めようとするが、フレデリックは心配はいらないと言って聞こうとはしなかった。
そんな二人の様子に私は小さくため息をつくと、さっとフレデリックの持つ書類の束を奪い取った。
「何をする!」
「フィン、どこか空いている机はあるかしら?」
「え? それでしたらあそこにあります」
「じゃあちょっとの間、あの場所を貸してね」
「それは構いませんが……」
「おい、一体何をするつもりだ! 遊びじゃないんだぞ。それを返せ!」
「口論している時間がもったいないの。貴方は貴方の仕事をしていれば?」
「だからその仕事をお前が邪魔しているんだろう!」
そう言ってフレデリックは私の持っている書類を取ろうとするが、それをひらりとかわし教えてもらった席に移動した。
そして椅子に座ると書類を机の上に広げ、ザッと目を通す。
(うん。これならなんとかなりそうね)
私は一人頷くと机の上に置かれたペンを手に取り、一緒に入っていたまとめ用の紙になんの躊躇もなく書き込んでいったのだ。
「おい! 勝手なことをするな!」
「フィン、この部分の資料はある?」
「え、ええ。ここに入っています」
怒鳴ってくるフレデリックを無視してフィンを呼ぶと、戸惑いながらも求めていた資料を手渡してくれた。
「ありがとう。後は大丈夫だから。フィンも仕事に戻って。ただその前に……このうるさくわめいている男を連れていってちょうだい。仕事の邪魔だから」
ちらりとフレデリックに視線を向け、さっき言われたセリフを言い返す。
「仕事って!」
「まあまあ殿下、今は猫の手も借りたい状況なのですし、とりあえずここはテレジア様に任せましょう」
「…………直しは俺がするからな。それならギリギリ間に合うだろう」
そうして渋々ながらもフレデリックは、フィンに連れられ自分の席に戻っていった。
それを見届けると、目の前の書類に集中することにしたのだった。
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