28.娘と母
私が持つ一番古い記憶は、赤一色の世界。
何故、自分がそこにいるのか、何時からそこにいるのか、自分は何者なのかも分からなかった。
わかる事と言えば、朧気ながらに、この赤い世界は自分そのものであろうということだけ。
赤以外に何も無い世界で、ただただ何もせずに、いや、出来ずに過ごすのが常であった。
あの時の私には、それが当たり前のことで全く苦に感じることはなかったが、今の私では到底耐えることの出来ない退屈な時間だ。
そんな赤い世界にある変化と言えば、何処かから様々な生き物や物が降って来る。
傷ついていると言うことだけが共通点な、種類も大きさも疎らなそれらは、皆が皆、赤い世界を構成する液体に捉えられ、もがき苦しみながら深く沈んでいく。
そして最後には、怒りや憎しみ、悲しみ、絶望や殺意といった負の感情を撒き散らし、仇敵や自身の不幸を呪いながら、私そのものである赤い世界に溶かされて消えてしまう。
私の意志ではどうにもならないその一連の流れを、私は何の感情も無く傍観者の様に見つめていた。
落ちてくるモノは日に日に増え、私の中に蓄積される負の感情や呪いが増え続ける。
溜まった溜まった呪いの所為か、最近では落ちてきたモノは直ぐに溶けてしまう。
私を生み出した存在、俗に言う神か悪魔か何なのか分からないが、その存在はどうして私をこんな存在として生み出したのだろうか。
そんな日々を過ごしていたある日、おかしな生き物が私の中に降って来た。
その生き物は、他のモノとは違って溶かされることもなく、何やらわちゃわちゃともがくと、何やら暖かい光を放ち始めたのだ。
私は大いに驚いた。
他のモノの様に溶かされない生き物が存在したこともそうだが、何より、その生き物から感じる暖かさに。
私は憎しみや呪いといった不の感情だけを一身に受けるべくして生み出されたと思っていたが、こんなにも暖かいものを与えてくれる存在が居たのだと。
私は初めて感じたこの暖かさ、温もりは何なのか知りたくなった。
しかし、赤い世界しか知らない私の中には答えはない。
でも、私の中で溶けて行ったモノたちの記憶の残滓を覗かせてもらうことで答えに辿り着く事が出来た。
そう、これこそが母の愛なのだと。
種類も大きさも違う様々な生き物が共通して感じた初めての温もりが母の愛だったのだから間違いない。
私にも母と呼ぶべき存在がいたのだ。
それを知った時、今まで感情らしい感情を持っていなかった私は、初めての強い思いを抱いた。
母と共に生き、愛し愛されたいと。
その為には、今の私はいろいろと都合が悪い。
人の姿を持たなければ共に生活も出来ないし、何より私の中で蠢く呪いが人間である母に危害を与えるかもしれない。
決心してからの私の行動は早かったと思う。
母がくれる暖かい光の力を借りて少しずつ呪いを押さえ込み、母の子として相応しい存在になれるように自身を構成するマナの制御を行った。
そして、暖かい光を与えてくれる母が、私の中でも安全で居られるように、自身を構成するマナを母に取り込んでもらった。
そうして母のいる暖かい日々を過ごしながら呪いを押さえ込み、母の様な可愛らしい人の姿を持つことに成功したのだ。
私が人の姿となることで、私の中で浮いていた母が川に落ちて流されてしまった時は焦ったが、無事に再会できて幸いだった。
再会した母は思っていた通りとても優しい人で、もっと好きになってしまった。
なにせ、血の海の姿から母の知らない姿に変わった私に少し動揺していた様だが、子供と認めてくれたのだから。
私にとっての母という存在から、正式にかーさまになってくれたのだ。
ただ、そんな愛するかーさまには、少し困った所がある。
痛いのが大好きな被虐趣味である。
食事の度に自分だけ毒の入った食物を食べて痛みを楽しむのだ。
毒物なんて私には効かないので、私に与えれば良いのに。
もしかしたら、どの食物に毒が入っているのか分からないのかとも思ったが、一度注意してからは毒を持った魚を採らなかったりと、毒物を避けるようになったので、やっぱり分かってて毒を楽しんでいた様だ。
それと、ギルド登録試験の時の戦い方もそうだ。
かーさまなら他に幾らでもやり様があるのに、わざわざ防御行動もせずに相手の大技を正面から受けていた。
母を心配する子の気持ちにもなって欲しい。
だが、最近思うことがある。
私が注意した所為で、かーさまの楽しみを奪ってしまったのではないかと。
好きな事を全面禁止ではストレスが溜まってしまうし、お酒の様に節度を守って楽しむのが良い付き合い方ではないだろうか。
「アキ、こんな所に居ましたか。
町まで買い物に行きますよ」
「かーさま、お弁当」
「う、ありがたいですけど、今日は町で外食しましょうか。
その焼きマイテタケは置いていきましょう」
謝罪の意味も込めてマイテタケをプレゼントするも、いつも片付けられてしまう。
毎回ぎこちない笑顔をしているので、いつも食べたいのを我慢しているのだろう。
意思の強いかーさまも素敵だ。
「ほら、アキ、行きますよ」
「ん」
かーさまが差し伸べてくれた手に抱きつく。
「今日はやけに甘えてきますね。
怖い夢でも見ましたか?」
「んーん」
かーさまの居ない寂しい時代を思い出しはしたが、それによって余計にかーさまの居る幸せをかみ締めてテンションが上がってしまっただけだ。
気遣いのできるかーさまも素敵だ。
「まぁ、いいですけれど。
行きましょうか」
「ん」
かーさまの居るこの生活が、いつまでも続きますように。
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