17.転性聖女住宅建築1

「今日は何しましょうかねー」


 早朝、伸びをしながら物思いにふける。

 昨日は冒険者ギルドへの登録試験から買い物までこなして

非常に体力を使った所為か疲れが残っている。

 特に、登録試験で即興で気を使ったのが良くなかった。

 筋繊維などは治癒魔法で直したものの、筋肉を酷使した影響であろう

筋肉痛の所為で全身が悲鳴を挙げている。


 こんな体調なので、薬草採取や冒険者ギルドに依頼を探しに行くのも

億劫に感じてしまう。

 当座の生活資金も運良く手に入ったことだし、暫くは休憩しても大丈夫だろうか。

 思えば、エクリプスの戦場に狩り出されてからと言うものの、

休みらしい休みを取っていない気がする。

 生前含めて体験した事の無いブラックな環境だったなぁ。

 そうは思っても、逆に手に職が無い今を少し不安に感じてしまうのは、

生前のサラリーマン根性に引きずられている所為だろうか。

 よし、気を取り直して十分に英気を養うとしよう。


「……うー、やっぱり駄目だ!」


 いざ自宅でゴロゴロしようと思ったものの、

やることも無ければ娯楽も無いのが問題だ。

 しかも、タダで貰った家なので文句は言えないのだが、

お世辞にも綺麗とは言えないこの木の家は

立て付けも悪く隙間風が吹き込むだけでなく、

木の板も既にボロボロで隙間から光が差し込んでいる。

 寝転んで上を見れば、太陽の眩しさによって

目を背けたくなることも少なくない感じだ。


 前世の21世紀日本のそこそこ綺麗な建物の中で

電化製品によって至れり尽くせりだった生活の記憶を

思い出してしまったばっかりに、

孤児院に居た頃には全く気にならなかったこんな生活水準が

どうしようにも無く低いものに感じてしまう。

 前世の記憶を取り戻した弊害は、意識や記憶の混濁以外にもあった様だ。

 まぁ、密林で野宿をしていた時に比べればこんな家でもあるだけましだが、

密林での生活はあくまも緊急時だから耐えられたのであって、

今の様な通常の生活としてこのレベルでは、なかなかに気が滅入ってしまう。


 だが、嘆いていても何も始まらない。

 どうせやることも娯楽も無いのだ。

 この状況を改善するためにも、今日は居住性の向上を目指して

家周りの改良に勤しむとしよう。


 しかし、出だしから躓いてしまう。

 家を改良するだけの資材がないのだ。

 今の手持ちのお金である程度は買えなくは無いと思うのだが、

幾らかかるか分からないが決して安くないだろう。

 まだ安定した収入源が無い中、多額のお金を使うのは得策では無いだろう。

 マナを使って木材でも作れればいいのだが、

生物の体の構造なんて詳細のイメージが全く湧かないので、作る事はまず無理だ。


 他に建築材としてイメージが出来るものと言えば、

コンクリートやレンガなどが頭に浮かぶが、

生前は地震大国に生活していた身としては

レンガでなくコンクリートの家が良いかな。

 一からマナを生成しコンクリートを作り出す事は

成分や構造も分かるし恐らく出来そうだが、

家一軒となるとそんな事をしたら即座に昏倒してしまう量だ。

 材料を集めて分解し、そのマナをコントロールして作れば何とかなるかな。

 そうと決まれば、コンクリートの材料を集めることとしよう。


「アキ、出かけますよ」

「何処にいく?」

「今日は石を集めに行きます」

「かーさまは石を食べれるの?」

「違います!家を作る材料にするんです!」


 コンクリートの原材料は幾つかの元素から成っており、

今、私が水晶ナイフを量産するために大量に集めたシリコンや酸素に加え、

カルシウムやアルミニウム、鉄などの様々な金属が含まれている。

 そして、それらの全ての元素がそこかしこに転がっている石の中に

含まれている成分なのだ。

 まぁ、魔法で分解でも出来なければ、石の中からそれらの金属を

取り出すとなるとエネルギーが掛かり過ぎて現実的ではないのだが。

 経済的に成立する範囲のエネルギで取り出せるものが

鉄鉱石やボーキサイトといってありがたい物とされて来たわけだ。


 魔法で全てのマナをコントロールできる私ならば、

エネルギー収支なんて気にしなくて良いので、

兎に角、石を集めれば素材が集められるということだ。

 まぁ、エネルギー収支の代わりに精神力が削られますけど。

 昏倒しない範囲に抑えるように注意しなければ。


「では、アキは落ちてる石を家の前まで集めてきてください」

「りょーかい、かーさま」


 アキはリュックサックを背負い、両手に軍手をつけると

端から見てもやる気に満ちた様子で家の前から駆けて行った。

 リュックサック一杯になるくらいの石を持ち帰ってきそうな勢いだ。


 私は先ずは家の周囲の石を回収するとしよう。

 家の周りはタダで貰った農地なだけあって、

見るからに荒れ果て至る所に石や岩が転がっている。

 その石や岩をマナに分解し、それらを更に分解できるだけ細分化し

マナごとに分別して、別々の水晶にマナを込めて貯めていく。


「何か、少し楽しいかも」


 所々に落ちている石や岩をマナに分解することで周囲が綺麗に

なっていくのは、意外と爽快感があって楽しい。

 成果が目に見えるのも中々に達成感もある。


 自分の敷地内で分解のために歩き回るついでに、

土のマナを制御して畑を耕しながら地中の石も掘り起こして分解して回る。

 最近はマナの扱いには慣れたもので、マナの生成をしなければ

そこそこやれるようになった。魔法って便利だ。


「さて、そろそろ元素の同定をしますかー」


 石や岩を分解して様々なマナを抽出したが、まだそれが何か判別がつかない。

 それでは、何を組み合わせるべきかも分からず、

それらを組み合わせてコンクリートなどを合成することができない。

 その為、それぞれのマナが何の原子を司るのかを同定する必要がある訳だ。

 私は抽出したマナごとに物質化し、単体の元素からなる純物質を作成する。

 すると、色々な色、形状をした小さな粒が生成された。


「おー、綺麗」


 水晶で作ったお箸でその粒をはさみ、魔法で出した火の先端に持っていくと、

粒の先端から粒ごとに色の違う火が立ち上る。

 所謂、炎色反応という奴だ。

 金属を火にかざした時に、金属種ごと色とりどりの炎が見える現象だ。

 カルシウムは橙赤色、銅は淡青色、アルミニウムは特別な色を示さない

など、金属ごとに特性が違うのでそれで判別に役立てる事ができる。

 綺麗な反応なので、そのうち生前を懐かしんで花火でも作っても良いだろう。


「もう少し欲しいかなぁ……」


 マナの同定が終わり、折角なのでコンクリートブロックを生成してみたが、

マナの消費量を鑑みるに、今日回収した分のマナでは流石に家一軒分の量には程遠そうな感じだ。

 もう少しマナを回収しないと。


 周囲を見渡してみると、遠くに畑で何かをしている子供たちの姿が見える。

 その動きを見るに、どうやら畑を耕そうとしているのかな。

 そこの畑の持ち主ならば、石を分けてもらおう。


「こんにちは」

「こんにちは、お姉さんはどなたです?」

「初めまして。あそこのお家に引っ越してきたハルと言います」

「……あーー。ララー!ルルー!」


 少女が他の二人の少女を大声で呼ぶと、

二人の少女が此方に向かって駆けて来る。

 三人の少女が並ぶと、瓜二つ、いや三つか。

 実にそっくりな風貌をしている。

 アキより少し大きいくらいなので、恐らく8歳くらいの三つ子だろうか。


「ほらほら、この人がベルが言ってたハルママだよ」

「あー、この人ー?」

「んー?」


 既に私たち親子の事はベルによって周囲に言いふらされている様だ。

 昨日とか、ずっと一緒に居たと思うけど何時の間に……


「どうも、改めまして、ハルと申します。

 近所に引っ越して来たのでよろしくお願いします」

「よろしくお願いします。私はロロ」

「私はねー、ララ」

「ルル」


 改めて三人に挨拶をすると、三者三様な挨拶を返された。

 そっくりだけれども、性格は各々の個性がありそうだ。


「三人は何をしてたんですか?」

「畑を使えるようにしたくて、綺麗にしてたんです」

「でもでもー、こんなんじゃ何時まで経っても

 お野菜も作れないよー」

「ん」


 よくよく周囲一体を見ると、何処も荒れ果てていると言うべきか、

全く手入れされていない印象を受ける。

 孤児にタダで提供された土地だけあって、農地に適しているなど考えずに

本当に余っている土地が提供されただけだったのだろう。

 過去に農地として使われたことのある場所であれば、

もう少し開墾しやすい環境だったに違いない。

 まぁ、お陰で石や岩が転がっていて私には嬉しいが、

子供たちには大変だろう。


「あの、ここら辺にある石や岩を貰ってもいいですか?」

「いいですけど、重いの大丈夫ですか?」

「ロロー、凄い魔法使いってベルが言ったし、魔法だよ魔法」

「魔法で石を食べる?」


 ベルはいったい何処まで周囲に言いふらしているのだろうか。

 もしかして私にプライベートは存在しないのか。

 それに変な印象まで持たれている気がする。


「ありがとう御座います。

 お礼にこれを。美味しいですよ」


 自分のおやつ用に作っておいたベッコウ飴を一袋、ロロに渡す。

 私は流石に美味しい飴玉の作り方も成分も知っていないので、

砂糖から簡単に作れる甘味としてベッコウ飴を作っていたのだ。

 砂糖が余り流通していない世の中なら、これでも十分な甘味だろう。

 綺麗な琥珀色をした一粒を取り出し、口に放り込んで食べて見せる。


「噛まずに舐めて下さいね」

「本当に石を食べた……」

「いえ、此れは石じゃなくてお菓子ですって!」

「え、お菓子?食べる食べる!」

「もう、ララってば、すみません。ありがとう御座います」


 三人がベッコウ飴に舌鼓を打っている間に、

私は先程同様に地表に出ている石や岩をマナに分化するだけでなく、

地面も掘り起こしながらマナを回収していく。


 粗方回収し終わると、日も暮れ始めてきた。

 熱中してしまったためか、周囲のかなりの範囲が綺麗になっている。

 中々の量を回収できた気がする。家一件分はいけそうな手ごたえだ。

 遠くに見える三人に手を振ると、此方に振り替えしてくれる。

 挨拶も済んだことだし、帰路に着くとしよう。


「え、なにこれ」


 家に着くと、そこには家と同じくらいに積上げられた岩、岩、岩。

 いったい何処にこんな量の岩があったというのだろうか。


「かーさま」


 岩の山の天辺から声がすると思い見上げて見ると、

アキが座りながら足を前後に振っている。


「凄い量ですね、ありがとう御座います」

「ふふふ」


 驚きのあまり声が上ずりそうになってしまったが、

想定以上のアキの働きには感謝しかない。

 これだけあれば資材には困らなさそうだ。

 アキは得意げな表情で岩の山の頂上から跳躍し私の眼前に降り立つ。

 その跳躍の反動で岩の山が音を立てて崩れ、

ボロボロの我が家は脆くも押しつぶされて半壊してしまう。


「明日は家作り頑張りましょうね……」

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