第41話 小説を書く理由

 そして、少女は助かった。

 だけど『白い大蛇』にとって予想外のことが起こった。憑いた少女から離れることができなくなってしまったのだ。

「『この娘』は異様な特異体質だった。憑くまで気付かなかったが、『この娘』に憑いたアヤカシは『この娘』から離れられなくなるようだ。私の力でも『この娘』の体から出ることができなかった」

 華我子さんはやれやれといった様子で肩をすくめる。『白い大蛇』の力でも離れることができないとは……なんという力だろう。

「『この娘』はアヤカシが視える体質ではなかったし、今までアヤカシに憑かれることはなかったため、本人はこの体質に気が付いてはいなかったようだがな」

「じゃあ、華我子さんはこれから……」

「『この娘』が寿命を迎えるまで離れられないだろうな。『この娘』が死んだ時、私は『この娘』から解放されるのか、それとも一緒に死ぬのかは分からない」

 自身のことにも関わらず華我子さんは淡々と話す。

「それで、今、憑いている少女の意識は……」

「私は『この娘』の意識を乗っ取ってはいない」

 華我子さんは、きっぱりと言い切った。

 意外だった。華我子さんの言動は明らかに『白い大蛇』のものだ。僕はてっきり『白い大蛇』は、少女の意識を乗っ取っているんだとばかり思っていたが。

「『この娘』の意識が表に出ないのは、『この娘』自身が表に出ることを拒んでいるためだ」

「拒んでいる……」

「私が憑いてからは『この娘』の意識は一度も表に出たことがない。表に出たくないのだろう。だから、仕方なく私が代わりに『この娘』として動いている」

「……そうだったんですね」

 華我子さん……『白い大蛇』が無理やり少女の意識を乗っ取っていないと聞き、ほっとする。


 少女の意識が表に出ようとしないことに関しては、なんとなく想像できる。

 少女は死に掛けていた時は、死への恐怖から死にたくないと願った。だけど、少女は『死にたくない』とは思ったが『生きたい』と思ったわけではない。命は助かったけど、それで誰しもが前向きになれるわけではない。死にたいと思った時の問題が解決されたわけでもない。

 少女は『死にたくはないが生きたくもない』。だから表に出ないのだろう。

 いつか、少女の意識が表に出ることはあるのだろうか?

 ふと、疑問に思ったことを尋ねる。

「小説を書こうと思ったのはどうしてですか?」

「『この娘』が小説を書いていたからだ」

 華我子さんは、小説家となった経緯を語る。

「私は『この娘』とは体だけではなく記憶も共有している。『この娘』の記憶から人間が生きていくためには金というものが必要で、金を得るには仕事というものをしなければならないことを知った。だが、あまり人間に関わる仕事は好ましくない。接する人間が多くなれば、私の正体が知られる危険が高まるからだ。なので、人に接触する機会が少ない小説家という仕事を選んだ。『この娘』も小説を書いていたので、ちょうどいいと思った。もっとも『この娘』は自分が小説を書いていることを誰にも言っていなかったようだがな」

 華我子さんの小説の才能。それは『白い大蛇』の力によるものなのだろうか?

 それとも、『白い大蛇』が憑いている少女のものなのだろうか?

 聞いてみたけど、それは華我子さんにも分からないらしい。


 最後に僕は尋ねる。

「貴方が憑いている少女の本当の名前は何というのでしょうか?」

 僕は『華我子麻耶』というペンネームではなく、少女の本当の名前が知りたかった。

 少女の口がゆっくりと開く。そして、その口から本当の名前が告げられた。

「ありがとうございます」

 僕は華我子さんに少女の名前を教えてくれた礼を言うと、

「これから、よろしくお願いします」と言って右手を差し出した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る