第6話 白い大蛇⑥

「うらあああああ!」

 ナイフを持った男は雄叫びを上げながら、こちらに向かって走って来た。

「キャアアアアアア」

「に、逃げろ!」

 パーティー会場は阿鼻叫喚と化した。男は逃げる人達を追い掛け、ナイフを振るう。

「ひ、ひゃあああ!」

「イヤアアアアア!」

 鯰川さんと蝶野さんが叫び声を上げ、同時に走り出した。

「ひいいいい!」

 伊那後さんも悲鳴を上げて逃げ出す。

 皆が逃げ出す中、突然の出来事に驚いた僕は逃げるのが遅れた。犯人がこちらにやって来るのが見える。ま、まずい!

 逃げようとするが情けないことに足が動かない。すると、誰かが僕の手を掴んだ。

「華我子さん⁉」

 僕の手を掴んだのは華我子さんだった。華我子さんは無言で僕の手を掴み走り出す。

 その時、大きな叫び声が耳に届いた。

「うわあああああ、た、助けて!」

 その声に振り向くと、尻餅をついている伊那後さんがいた。目の前には、ナイフを持った男がいる。男は舌なめずりをしながら伊那後さんにゆっくりと近づく。

 その光景を見た瞬間、僕は華我子さんの手を振りほどき、伊那後さんの元へ走り出していた。

「うらあああああ、死ねえええええ!」

「やめろ!」

 僕はナイフを高く掲げた男の横から飛び掛かり、男の腕を抑えた。

「何だあああ⁉てめえええええええ!この野郎おおおおお!」

「やめろ!何でこんなことするんだ!」

「うるせえ!」

「ぐぅ……!」

 男の蹴りが僕の腹に深くめり込んだ。一瞬、息が止まる。さらに蹴られた反動で、男の腕を離してしまった。

「俺はな!何度も何度もここに小説を送ったんだ!だけど、ここの連中は毎回、俺の小説をボツにしやがる!俺が魂を掛けた小説をな!」

 男は僕にナイフを向ける。その切っ先がキラリと光った。

「だから、殺してやるんだ!ここの連中も!そして、ここの出版社で連載している作家達も全員な!ぐっひゃっひゃっひゃ!」

 男の言動は明らかに常軌を逸していた。目は最早どこを見ているのか分からない。

「お前も死ねえええええええ!」

 男が襲い掛かって来た。なんとかナイフは止めたが、そのまま押し倒され、馬乗りにされる。

「おらあああああああ!」

 男は上から僕にナイフを突き刺そうとする。男の腕を掴んではいるが、力がとても強く、抑えきれない。ジワジワと顔にナイフが近づいてくる。

(もう……ダメだ)

 ここで僕は死ぬのか?やっと夢が叶ったのに?まだまだ、書きたい事はいっぱいあるのに……ここで終わるのか?

 最初に無念と悔しさがやって来た。ナイフがまた近づく。今度は死の恐怖で頭がいっぱいになった。


 怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。

 死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。


 男のナイフが目と鼻の先にまで迫る。もうダメだ。僕はもう……。

 全てを諦めかけた。その時───

「シュウウウウウウウ」

 鳴き声が聞こえた。何かの生き物の鳴き声。その鳴き声は異様なほど耳に響いた。

「シュウウウウウウウ」

 また聞こえた。殺されかけているというのに、その鳴き声がどうしても気になった僕は、鳴き声がした方に少しだけ目を向けた。

「えっ?」

 驚きのあまり声が漏れる。そして、そのまま固まってしまった。

「シュウウウウウウウ」

 いつの間にか『それ』はそこにいた。『それ』はあまりにも恐ろしかった。

 僕を殺そうとしている男よりも『それ』のほうが遥かに怖かった。

 そして、『それ』はとても美しかった。

「シュウウウウウウウ」


 巨大で恐ろしく、美しい『白い大蛇』が上からジッと僕達を見ていた。

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