9:バッチバチ・ビッリビリ・ノックダウン

「トイレトイレっと」


老夫婦が営む喫茶店は、コーヒーも、ティーも、そしてちょっとした軽食やデザートまでもが全て手作りの味自慢だった。ただし、今どきのチェーン店のような小奇麗さはなく、アンティークで固められたボロボロの佇まいだ。もちろん、中に客用のトイレなどはなく、ここら辺の同じようなお店の共同トイレを使用しなければならない。


新も、金井と同様幼いころからの行きつけのため、トイレの場所は把握していた。店から徒歩1分ほど離れるため、学校で用足ししてくれば良かったなと急かした金井を恨んだ。


「どわーっ! 魚が丸焦げだでー!!」


「なんだぁ?」


トイレを済ませ共用の水道で手を洗っていると、表の商店街通りから叫び声が聞こえた。馴染みの魚屋のおっちゃんの声によく似ている。


空は雲一つない快晴だというのに、時折小さな稲妻が走るのが見えた。


「おっちゃん、どうした? なんかあったの??」


「ん? あ、あぁ、新! いーや魚が黒焦げで商売あがったりよー」


ひょいと表に顔を出すと、なにやら人でごった返している。人ごみは円を作り、中心ではなにやら小さな子供と、怪しさ全開のスーツの男がドタバタと騒いでいる。


「ふはははは! 少年よ、さては君はその電気をコントロールできていないのだな!? 弱点見破ったり!!」


「だーれが少年だ!」


レイが右の手のひらをモブ2に向けると、身体の周りに目に見えるほどの電気が纏わりはじめ、髪がビリビリと逆立った。


「くらえー!!!」


しかし、繰り出された電気は手のひらからモブ2に向かうことはなく、先ほどよりも大きな電気の束が体から空に向けて放出されたかと思うと、あたり一面のお店や、ギャラリーを痺れさせた。


「ぐわーっ!!!」「いででででででででっ!!」「にゃおーん!!にゃおーん!!!」「どわっ!売り物がめちゃくちゃだー!!」


「・・・、ちっ、思ったより放出してしまったぜ・・・。おい変態スーツ野郎!逃げ方だけは一流の悪党のようだなー!!」


「いや、一歩も動いてないんだけども・・・」


レイは舌打ちをすると、汗を拭った。


「ちょっと、嬢ちゃん! これじゃどっちが正義の味方かわからんぜ!」


八百屋のおじさんが叫ぶと、レイは苦虫をかみつぶしたような顔をして、とことことモブ2に走りよると、腰にぎゅっと抱きついた。


「これなら逃げられねーぜ変態!」


「なっ、ぬかったー!!!」


いや、逃げられただろ。新は思わず心で突っ込んだ。ぎりぎり声は出なかった。


「今度こそ、くらえー!!!!」


「わーっ・・・、ん、ぬふっ、くすぐったいー!!!」


抱きついたものの、今度は静電気程度の微弱な電気がモブ2の体をぞわぞわと駆け巡った。さっ、とレイはモブ2の気持ち悪い笑い声を聞くと、距離を取った。なにやら不思議そうだ。


「あれ・・・、あと一回分は稲妻くらい放出できるはずなのに・・・。加減が難しいなぁ・・・」


「よーしお嬢ちゃん・・・。どうやら超能力を使いこなせていないようだし、おじさん本気だして捕まえちゃうよー?」


モブ2が両手で卑猥な動きをすると、近くの店先に伸びていたホースが怪しく宙に浮いた。レイの額を冷や汗が流れ落ちる。


「くっ、くそぉ・・・。だーれがお嬢ちゃんだこの変態野郎っ! こうなったら一か八か残り全部で狙い撃ちするしかねー」


やめろやめろ!とギャラリーたちが暴れだすが、聞く耳持たず。レイは体中に電気を纏い始めた。モブ2はにやり、と笑う。


「どうせ周りをビリビリさせて終わりだろうに・・・! 出し切らせて、このホースで縛り上げちゃうよー? ぐふふふ」


「おじさん、ほら、武器だよ」


「んあ? お、おお、ありがとう少年よ!」


「いえ」


新が魚屋のおじさんから借りた鉄パイプを投げると、モブ2はありがたく受け取った。と同時に、レイは渾身の電撃を体から放った。両の手をモブ2に向けているが、電撃は今度は背中から目いっぱい背後に向けて放出された。しかし、主婦たちの塊に当たるすんでのところで方向を変えると、モブ2の握りしめた鉄パイプに向けて真っ直ぐ進むと、モブ2を黒焦げにした。


「どひゃー!!!!」


モブ2は口から煙を吐くと、デジャビュのように地面にへたり込んだ。


商店街は、(えらく被害は出たが)小さなヒーロに歓声で包まれた。呑気な商店街の昼下がりだった。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る