3:佐久間レイ

「ふふふ、ようやくやってきたぜ九龍町・・・」


怪しい男は言った。中肉中背、ダマだらけのセーターにボロボロのコートを着ている。そう、彼は幼児好きの変態だった。いや、正確には今日こそ変態になってやろうと誓っていた。その証拠に、セーターの下、つまり、下半身はなにも纏わず、生まれたままの姿だ。


「お? しめしめ・・・、早速カワイコちゃんが歩いてくるじゃないか・・・。落ち着け、ついにこの日がやってきたんだ・・・」


さらさらと、絹のような綺麗な金髪を伸ばした子供が、角を曲がってくるのが見えた。学校で嫌なことでもあったのか、むっ、としかめ面をしている。それでも明らかに整った顔立ちであることが分かった。背中には茶色いランドセルを背負っている。右の小脇には下敷きを抱えていた。


学校・・・?平日の昼間にもう学校帰り・・・?


と、変態は思ったが、そんなこと言い出すと平日の昼間から下半身丸出しで意気揚々と歩いている自分の存在理由を見失いそうだったので、細かいことは唾と一緒に路肩に吐き捨てた。


「ちょちょ、ちょっと、そこのお嬢ちゃん」


「・・・お嬢ちゃん、だぁ?」


子供ははたと足を止めると、変態を睨みあげた。透き通るような緑色の瞳だ。


「あ、あれ? お坊ちゃんかな?? ごめんよ、とってもかわいいから・・・」


「ああっ!? 誰が可愛いだぁっ!?」


謎のすごみだ。気づくと、迫力に押され、道端の塀際まで後ずさりしていた。小さな子供に睨みつけられ後ずさりする、下半身丸出しのニート42歳の姿がそこにはあった。


「ええええ??? おとっ、男の子だもんね?男の子に可愛いなんて失礼だったね??」


「・・・ふん」


腕を組んだ子供は、ぺっ、と唾を変態の足元に吐きだすと、とりあえず睨みあげるのをやめてくれたようだった。


「・・・はっ! せっかくのチャンスに俺は一体何をしているんだ・・・。わざわざバイトを辞めてこんな遠い町まで来たんだ、今こそ見せつけなければ・・・」


「見せつけるっておっさん、この粗末なもんをか?」


子供は蔑むような目で変態の変態を見ながら言った。さっきの唾といい、変態は生きててよかった、神様はご褒美をくれるんだ、と天を仰ぎ、一呼吸を置いた。


「・・・いや、ちょっと待って!? 少年! これをバーンと出すのがおじさんの夢だったんだから、先に言わないで!?」


「誰が少年だこら」


「ええーっ!? ・・・いや、あの、じゃ、もうおじさんよくわかんないから、名前教えてくれる?」


言ってから、変態は失敗に気づいた。見知らぬ人にこんなモノを見せられた状況で、名前を教える子供なんてどこの世にいるだろうか。


「佐久間レイだよ。佐久間様と呼べ」


居た。


「さ、佐久間様? おじさんの楽しみはこれを」


「バーン、だろ分かったよやってみろよじゃあ。見ててやるから新鮮な気持ちでよ」


「あ、ありがとう佐久間様・・・。では・・・」


変態は一度コートの前を閉じ、レイに背中を向けると、肩を揺らしながら怪しい笑い声を漏らした。


「くくく・・・、そこの子供、おじさんの正面を見たいかい・・・?」


「みたくねーけど・・・。・・・わー!見たーい! 何を隠してるのー?」


レイは猫なで声を上げた。


「本当に本当に見ていいんだねー?」


「うん! 見たい見たーい!! なんで見せてくれないのー?」


「それはね・・・? それは・・・」


変態は勢いをつけて振り返り、コートを全開で開けると思い切り叫んだ。


「生まれたままの姿だからだよー!!!!」


「そんなきったねー赤ん坊がいるかよ」


レイは下敷きで自身を仰ぎながら、ジト目で変態を見上げている。ご褒美だ、と変態は思った。


レイの後ろ、つまり、変態の正面にはしっかりと警棒を握りしめた警官が仁王立ちで待っているのに気が付いたのは、その後だった。


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