初めて出来た恋人はどうやら姉だったようです

葉柚

第一章

第1話


「優斗!」


高校からの帰り道、誰かが後ろからオレ、日向優斗を呼びとめた。


だから、オレはゆっくりと後ろを振り向く。


「ああ、マコトか。」


振り向いた先にはクラスメイトで悪友の五十嵐マコトがこちらに向かってかけてくるのが見えた。茶髪に染めているショートヘアーが風にサラサラと揺れている。触ったら気持ちがよさそうだ。


「優斗ってば帰るの早すぎ。ホームルーム終わってすぐに帰るのなんて優斗くらいだよ。もうちょっとこうゆっくりとさ………。」


「お小言なら、帰るから。」


マコトからのお小言が始まると大抵は長くなる。


「あっ!待って!」


「なに?」


「優斗ってさ、キャッティーニャオンラインっていうゲーム知ってる?」


ひき止めてくるマコトの口から出てきたゲームの名前にオレは足を止めた。


マコトが勧めてくるゲームはどれも当たりばかりでハズレがないからだ。


ちょうど面白そうなオンラインゲームを探していた身としては、マコトからの情報は有用そうに思えた。


「知らない。そのゲーム面白いの?」


「うん!すっごく面白いんだ!一緒にやろうよ。」


オレがゲームに興味を持ったからか、分厚い眼鏡をかけたマコトが嬉しそうに目を輝かせた。


マコトはとてもゲームが好きだ。そしていつも面白いゲームの情報を仕入れてくる。


その分、マコトはいろいろなゲームをプレイしていているようで、自分が面白いと思ったゲームだけをオレに教えてくれる。


家では勉強をしていないのだろうか。


そう思えるほど、マコトは常にゲームをしているように思えた。


「最近公開したばかりのゲームでね。今なら基本プレイ無料なんだよ。」


「基本プレイ無料って、最近のオンラインゲームはだいたい基本プレイ無料だろう。」


「そ、そうなんだけどさ。今ならログインボーナスも豪華なんだよ!」


「ふぅーん。じゃあとりあえずプレイしてみるよ。マコトのキャラ名を教えて?」


「やった!一緒に冒険しようね、優斗!」


オレがマコトが勧めてくれたオンラインゲームをプレイすると告げたら、マコトは嬉しそうにはしゃいだ。


オレたちはもう高校生なんだ。来年は受験生でもある。


それなのに、こんなに些細なことで喜べるマコトが少しだけ羨ましかった。


「で?キャラ名を教えろって。」


「あ、うん。マコッチだよ。IDは12345XXX………。」


「マコッチって………。もっとこうなんかカッコイイ名前なかったの?」


マコトだからマコッチってなんだかネーミングセンスが………。とは思ってはいけないのだろうか。


「う~ん。名前だから識別できればいいかと思って。」


そう言ってマコトはにっこりと笑った。


マコトはいつもそうだ。


ゲームの中でのキャラ名にはこだわりがない。面白く楽しくゲームが出来ればそれでいいというところがある。


もしかすると、キャラメイクも適当かもしれない。


「まあ、いっか。じゃあ帰ったらプレイしてみるよ。」


「うん!優斗と遊べるの楽しみにしてるね。」


マコトとはこうして別れた。またすぐにゲームの中で会えるしね。






☆☆☆



たどり着いた自宅のドアをガチャリと開ける。


「あれ?鍵が開いてる。美琴姉さん帰ってきんのか?」


いつもだったらオレが一番最初に家に帰ってくるから、鍵が閉まっているはずだ。それなのに今日は鍵が開いていた。


珍しく美琴姉さんが帰ってきているのだろうか。


美琴姉さんというのはオレの6つ離れた実の姉である。


大学に入学すると同時に美琴姉さんはこの家から出て一人暮らしを初めて、大学卒業後もこの家に帰ってくることなく就職して一人暮らしをしている。


会うのは年に数回くらいだ。


特に離れた場所に暮らしているわけでもなく、電車で一時間程のところに美琴姉さんは住んでいる。


だから、帰ってこようと思えばいつでも帰ってくることが出来る。それにもかかわらず年に数回しか帰ってこないのは、美琴姉さんに彼氏でも出来たからなのだろうか。


「優斗!帰ってきたら、ただいまでしょ!?」


おっと。


やっぱり美琴姉さんだった。


玄関から部屋に向かう途中でリビングから美琴姉さんが顔を出した。


腰に手を当ててオレを仰ぎ見ながら言うセリフは些か迫力がない。


しっかし、美琴姉さんまた胸が育った………?


これも彼氏の影響だろうか。


そう考えると胸の中心がムカムカとしてきた。


「美琴姉さんがいるとは思わなかった。ただいま。」


「ん。よろしい。」


美琴姉さんはそう言って満足気に笑った。


「なにかあったの?突然帰ってきて。」


「なに!?私が帰ってきたらいけないっていうの?」


ああ、もう。


美琴姉さんは感情表現が豊かだ。


だからさっきまで笑っていたかと思うとすぐに怒りだす。


ずっと笑ってれば可愛いのに。


でも、彼氏の前ではずっと笑ってるのだろうか。


「違うって!美琴姉さんが帰ってきているのが珍しいから!!」


「ふぅん。まあ、いいわ。ちょっとね母さんに報告があったんだけど………。母さんいないのね。」


「母さんは仕事に行ってるよ。美琴姉さん今日は平日なんだけど。」


「あ、そっか。ごめんごめん。残業続きで曜日感覚がなくなってたわ。」


「仕事………忙しいの?」


美琴姉さんの仕事は忙しいと母さんから聞いている。


でも、なんの仕事をしているのかは詳しく教えてもらっていない。


「まあね。しっかし優斗に心配されるほどではないわ。優斗は勉強頑張りなさいよね。来年は受験生でしょ?今のうちからしっかり進路を決めておきなさいね。切羽詰まってからじゃ行きたいところに行けなくなっちゃうわよ。」


「はいはい。」


美琴姉さんとは6つも年が離れているからか、オレの母親かってくらいに世話を焼いてくる。


無関心よりいいのかもしれないけど、しゃべる度に揺れる平均よりも育っている胸に目が言ってしまうオレにはちょっと辛い。


魅力的過ぎていつ美琴姉さんに襲いかかってしまうんじゃないかと気が気でない。


美琴姉さんは背はオレより小さいけれども、胸は大きいし目も大きくて、それでいて顔は小さいという芸能人顔負けの見た目をしているのだ。


「優斗………言いたくないけどさ、そんなに私の胸元ばっかり見ないでくれるかな?欲求不満?お姉さまが相手をしてあげましょうか?」


そう言って美琴姉さんは大きな胸を二の腕で挟んで協調する。その表情は悪戯っ子のようだった。


「バ、バカ言うなっ!?オレは部屋に行くからな!入ってくるなよ!!」


「はいはい。お姉ちゃんはしばらく家にいるからね。今日は一緒に夕飯食べようね。」


オレは美琴姉さんの生暖かい視線を背に自分の部屋に駆け込んだのだった。





☆☆☆





「キャッティーニャオンラインっと………。」


美琴姉さんから逃れた先でマコトから教えてもらったキャッティーニャオンラインを検索する。


すると検索画面の一番トップに出てきた。どうやらそれなりに有名なオンラインゲームのようである。


オレはすぐさま登録をしてゲームを開始した。


すると画面上に可愛らしい金髪の妖精の姿が現れた。


どうやらこの妖精がゲームをサポートしてくれるらしい。


『お名前を教えてください。』


名前か。マコトはマコッチだったなぁ。オレは何にしようか。


マコトのネーミングセンスを真似るならユウッチ?いやいやいや、なんかしっくりこないし。


もっとカッコイイ名前がいいし。


このゲームってどこか西洋風のイメージだし日本名は合わないよな。


う~ん。


あ、そうだ!


『エンディミオン様とおっしゃるんですね。性別を教えてください。』


考え抜いた末に美琴姉さんが一時期熱狂的に嵌まっていたアニメのキャラクターの名前にしてみた。


『男性ですね。年齢を教えてください。』


別にネカマになる必要もないので普通に男を選んだ。次の年齢はどうしようか。


別に実年齢でなくてもいいようだ。


ゲーム内のキャラの年齢ってことかな。


そう言えばマコトは何歳にしたんだろうか?聞いてみるか?


いや、でもそんなことでいちいち聞いても仕方がないよな。まあ、ここは無難に17歳でいいかな。


『職業を選んでください。』


次は職業を選ぶようだ。画面には様々な職業が選択出来るようになっていた。


冒険職だけではなく生産職もあった。


剣士や、魔法使い、ローグというのは冒険に特化した職業のようだ。


鍛冶師や、装飾師、牧場主、料理人というのは生産に特化した職業のようだ。


職業は後で変えられるのだろうか………?


「職業は後から変えられるの?」


『職業を極めるとそこから派生した職業に就くことができます。全く違う職業に転職する機能は今のところ実装されていません。』


どうやら、今のところは職業を後から変更出来ないようだ。しかしながら、そのうち転職機能が実装されそうな気配がする。


そうなると、今一番成りたい職業にとりあえず就いておけばいいだろう。


定番は剣士だよな。でも、待てよ。剣士になったらパーティーを組まなきゃならないよな。マコト、職業何にしたんだ?片寄ってしまってもいけないし。


ああ、でもマコトは冒険職より生産職を選んでそうだよな。


一応、生産職でも冒険には出れるみたいだし。


このゲームって、ゲーム内で恋愛も可能だし結婚も出来るようだ。


そうすると、恋人になにか自分が作った物を送りたいよな。


やっぱり無難に装飾品か?


そうすると装飾師?


いや、でも美琴姉さんだったら装飾品よりも花を喜びそうだよなぁ。


と、なると………。牧場主か?花とか育てられるよな?


料理人になってケーキのプレゼントもいいな。


いや、でも待てよ。


ダンジョンから出た希少な品をプレゼントっていうのもいいよな。


と、なると無難に剣士?


ああ、でも剣士って片寄ってそうだから魔法使いか?


ああでも待てよ。魔法使いっていったら後衛支援だよな。パーティーに恵まれないと辛いなぁ。


ローグは問題外だし………。


『ねえ、職業を決めてください。』


ああ、催促されてるし。


でも待てよ。決められないんだよ。どうすっかなぁ。


『居もしない彼女のこと考えてても仕方ないんじゃない?さっさと決めてよね。』


うをっ!?


え?こういう仕様なの?


今、オレの考えが漏れた?


てか、痛いところを突っ込まれたし。彼女いなくて悪かったなぁ。


『選べないんだったら無職にしたら?無職なら各職業で習得可能なスキルを全て習得することが出来るわよ。』


ん?無職?


このゲームは職業によって習得出来るスキルが異なるようだ。しかし無職なら全ての職業のスキルを習得出来るらしい。


え?無職、最強じゃね?


ってさっきの選択肢には無職なんてなかったよね。


あれ?バグ?


『それじゃあ職業は無職ね。』


「え?」


どうやら、職業を決めかねていたら強制的に無職になってしまったようである。


まあ、いっか。


無職なら全ての職業のスキルを身につけることが出来るようだし。


それにそのうち転職機能も実装されそうだしね。


オレは楽観的に考えて無職のままゲームをスタートさせたのであった。

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