第7話◇尋常

 



「あ、がっ!?」


 ネフレンはその場に倒れ込み、身を捩って苦痛に喘ぐ。


「……決着だよ」


 見るに堪えないと視線を逸らそうとするヤクモを、妹が止める。


『いいえ兄さん、まだです』


「――っ」


 アサヒに言われて気づく。


 断たれた大剣は少女の姿に戻っていたが、鎧と大盾がそのままだ。


 《導燈者イグナイター》の集中が途切れては武器化状態は維持出来ない。


 ということは、体を真っ二つにされた苦痛の中で、ネフレンは。


「……してやる」


 刃を構える。


「ごろじてやるがら、クソガラスッ!」


 ――痛覚の鈍麻か、遮断をしたのか。


 魔力によって身体機能に干渉出来ることは魔力強化からも明らかだが、その能力を深化させることによってより多彩な干渉が可能となる。


 代理負担による苦痛は幻肢痛に近い。実際に傷を負っているわけではないのだから、その痛みを感じなくしたところで支障は無いわけだ。


 だがそれを、油断と動転の最中に受けた一撃に対して行えるとは……。


『性格はクソですが、少なくとも試験の結果は実力のようですね』


 そう。四十位なのだ。この学舎に集まった才能ある領域守護者候補の中で、上位四十名に食い込んだ。


 その実力は認めねば――。


「なにグズグズしてんのよ駄犬!」


 ネフレンは人間に戻った少女の顔を引っ叩いた。

 そのまま首を掴み、怒鳴り散らす。


「夜鴉の刃程度で折れるなんて! 捨てられたいの!?」


 少女の方は怯えたように首を横に振る。


「申し訳ごさいません、ネフレン様……!」


「うるさい! 捨てられたくないなら二度と失態を晒さないで――イグナイト! グリーンフォッグ・テンペス!」


 ――あぁ、ダメだ。


 断じて認めることは出来ない。


「その人は悪くない」


「あ!?」


「遣い手の無能を、武器に押し付けるのはやめろ」


「うっさいッ! アンタの偽善には反吐が出るわ! 《偽紅鏡グリマー》は道具なの! 魔力税を納めることもままならず、《導燈者イグナイター》に媚び諂わなきゃ都市内にもいられない! こいつらをアタシが脅して従えているとでも? 逃げたって追いもしないわ! こいつらは飼い主に首輪を嵌めてもらわなきゃ追い出されるから、それが怖いから進んで従ってる! その関係性を、アンタの家族ごっこ一つで否定すんな! これが常識なのよ。こっちが普通で、こっちが正しいの! 鴉に人の世の理を理解しろと言っても難しいだろうケドねッ!」


「どうでもいいよ」


 一蹴する。


「あっそう。なら簡単に言ってあげる。武器が壊れるのは、無能で脆いからよ」


 ぴくりと、ヤクモの眉が動く。


「……武器が壊れるのは無能で脆いから? 全ては当人の責任だって?」


 聞き間違いであることを願って口にするが、否定の言葉は返ってこない。


「育ちだけじゃなくて耳まで悪いの? いいわ、教えてあげる。コイツが使えないから、夜鴉なんかに遅れをとった。だからコイツが悪い。それで当然、これからアンタが受けるあらゆる苦しみは、アンタの弱さに起因する」


 プツンと、糸の斬れる音がした。心の中で、怒りに火が点いた。


「じゃあ、きみが死んだら、それは武器の所為でなく、きみが無能で脆いからってことになるのかな。きみが受けるあらゆる苦しみは、きみの弱さに起因するんだろう?」


「……まぐれで魔力防壁斬ったくらいで、図に乗らないでよ」


 ヤクモの表情と、纏う空気が一変する。


「ネフレン=クリソプレーズ。今からきみの首を刎ねる。準備が必要なら時間をあげるよ。だからどうか、負けた時の言い訳を用意するのだけはやめてくれ」


 彼女はそれを戯言と判断したようだ。


「ハッ、よく理解しているじゃない! えぇそうよ! さっきは油断したからアンタ程度に遅れを取ったに過ぎないわ! けど妄言は変わらないわね! ゴミ相手に準備なんて要らないっつの!」


『……兄さん、このアホに負けを認めさせるには、ただ斬るだけでは足りないでしょう』


 ヤクモも同意見だ。

 だがそれは、二人の目的への遠回りとなる。


 無闇に実力を晒し、時間を掛けることでネフレンに対応の可能性を与えてしまう。


 それでも、、、、


 ――放っておけるものか。


 くすりと、慈しむような笑い声。


『はい。わたしは兄さんの刃、兄さんの心のままにふるってください』


 ただそれだけで、体中に力が漲る。


「一瞬も気を抜かないでくれ、頼むよ」


「ほざくなッ! アンタこそ決闘中の事故には気をつけなさい!」


 ネフレンが大剣を横薙ぎに振るう。ヤクモを遠ざけたかったというのもあるだろうが――魔法だ。


 地を裂く例の魔法は空中にも奔らせることが可能らしい。

 速度は先程までの数倍。油断というのもまったくの嘘というわけではなかったのか。


 ヤクモの半身を両断する軌道。

 並の領域守護者なら反応する間もなく死体を晒すだろう攻撃。


 実際、跳ぶ暇は無かった。


 だからヤクモは、足から力を抜いた、、、、、


 力を入れ、地を蹴り、跳ぶのでは間に合わない。

 だが、これならば即座に体が沈み込む。


「――な、によそれはッ!?」


 彼が、多くの領域守護者が軽んじているもの。身体操法。


 刃状の魔法が頭上を通り過ぎていく。

 直後、予備動作無しの加速。


 一足に懐に飛び込む。


「近づかないでよ汚らわしい!」


 魔力防壁。

 その数――十三。


 ヤクモに対してのみ壁と機能し、ネフレンの側からは攻撃し放題。


 確かに今度こそ全力らしい。

 ヤクモが手間取っている間に魔法で攻め立てる算段なのだろう。


 不愉快な人物だが、戦い方は愚かどころか堅実だ。


「これはきみの全力なのだよね」


「黙って死ねッ!」


 防壁は全てドーム状。彼女を中心点として、その動きに連動する移動防壁。


 刃を阻む盾は、十三層にも及ぶ。


 対するは、刀の一振り。

 それでも、兄妹のどちらも勝利を疑っていなかった。


 ネフレンが全力を出したことで、先程は言わなかった言葉を口にする。


 嘲りは残っているが、侮りは消えた。

 そしてこちらも、全霊を尽くす。


 ヤマトでは、こういった時に使う言葉がある。


「いざ、尋常に」 


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