2章 11話 再びクソッタレな前線へ



「ミカエラ!ねぇミカエラ!!」


ボーッとしながら、中庭で能力の制御の練習をしていると、ソフィーが声をかけてきた。ミカエラは練習をすぐに辞めると、後ろを振り返る。ソフィーはいつも通り笑ってはいるが、目の奥には悲しげな複雑な視線でこちらを見ている。


「……また西部戦線の方に私達配属されることになったみたい」


いつもの事だ。休養が4ヶ月くらいあって良かったと思いながら、ソフィーに近づく。


『今回から迷惑をかけるね。ソフィーよろしく頼むね』


「迷惑なんて……思ってないから……何度も言うのはやめよう?悲しくなるから」


ソフィーはそう悲しそうに微笑む。何故だろうかと、ミカエラは思う。何度もこれは思ってるが、戦場に行かなくてもいい人を連れていくのだから……


ソフィーはじっとミカエラの目を見た後、くるりと背を向けて、それから淡々とした声で言う。


「ミカエラ……それに私は便衣兵だから……他にも破壊工作とか色々やっているの。だから……もし、関係ない私を巻き込みたくないという思いだったら、それを捨てて欲しい!」


「それに……私戦えることが嬉しいんだ!役に立てるのは勿論!女だからって戦わせてもらえないことがほとんどだから!誰かの役に立てることが嬉しいんだ!」


ソフィーはそう言いながら振り返ると、子供のように無邪気に笑っている。純粋に嬉しそうに笑うその姿を見て、胸が重く痛くなった。

戦うと簡単に言うが、鬼ごっことかでは無い。死ぬか生きるか。殺すか殺されるかの2択しかない。それを笑顔で言えてしまうことに、ミカエラは懺悔と、悲しみで少し目を伏せてから、唇を少し噛んで何も言えずにただ頷いた。


「あ、ミカエラ!久しぶりに剣術やらない?私体が訛っちゃって……戦線に行く前にその運動に付き合って欲しいの!」


ソフィーはそう言いながら、部屋に置いてあった剣を持ち出し、チラチラと見せる。ミカエラは頷くと腰に携えていた、サーベルを抜き構える。


お互いに頷き、一呼吸をした瞬間剣と剣はぶつかり合う。ソフィーの剣は力強く攻めようとしている。ミカエラはそれを交わす為に懐に周り込み、頭からソフィーを投げようとする。ソフィーはそれを阻止する為にぐるりと体制を変えて移動する。そして、攻撃するミカエラに対して、刃でそれを受け止める。


「もうそろそろおしまいにする?」


と、ソフィーは優勢だからか、余裕そうな顔でそう言う。


そうはさせないと、ミカエラは軽く首を横に振り、剣をさらに強く握る。そして、一歩前に力強く踏み出すと、体ごと剣に力をかける。


「ねえ!重いんだけど〜!」


『本気でやってって言ってたじゃん』


そしてミカエラは隙をついて、ソフィーの頭のギリギリに振り下ろす。


「あーあー負けちゃった!相手にしてくれてありがとう私も筋トレしようかな?」


ソフィーは剣をしまうと、ニッコリと笑う。


『僕もいい運動になったよ。ありがとう』


と、ソフィーに近づき頭を撫でた。


「ミカエラ一旦休憩しよう!やりすぎたら体調崩しちゃうよ!」


撫でられたソフィーは、嬉しそうな顔でこちらを見ながらそう言った。









ソフィー達が西部戦線に向かったのは、それから4日後のことだった。荷馬車の後ろでソフィーは景色をボーッと眺めていた。ミカエラは朝早く起きたせいなのか、それともこれから来る精神的の疲れを少しでも無くす為なのか、ソフィーの肩に寄りかかり、スヤスヤと寝ている。どんな場所、状況でも寝れるのはミカエラの良いところだ。ただ、ソフィーとしては何かあった時が怖いのだが。


「あーー!!!オイ!」


と、突然アンドリューが目を開いて驚いたように叫んだ。両手には黄色い猫のぬいぐるみがある。


「おい!ネロ!どうしてここにいるんだ!!お前はヴァルトさんの家で預かって貰っていたはずじゃぁ……」


アンドリューは驚きと怒りのような声を含ませてそうぬいぐるみに話しかける。


「あーあーバレちゃったか〜!本体は寝てるように見せる為にベッドのに置いて、アンドリューさんのカバンの中に入ってました。」


と、ぬいぐるみが喋り出す。事情を知らない兵士達は、一斉にアンドリューの方を見てるが、アンドリューはそれに気づかない様子だ。


ぬいぐるみが喋る。これも能力で持ち主はアンドリューの養子のネロで、『生き物以外の物に自分の魂を入れる』という変わった力を持っている。

そしてアンドリューが戦場に行くにのに、一人にさせて置けないので、ヴァルトの本宅に預かって貰おうとしたら、ネロが能力を使い、寝てるように見せかけて(能力を使うとその性質から仮死状態になる)こっそり鞄の中に入ったようだ。


「今すぐ帰りなさい!!!」


と、アンドリューはいつもより眉間にシワを寄せて少し荒く言う。いつもは口悪く、五月蝿い声で怒鳴ってるアンドリューがこうするのは、やはり相手がネロだからだろう。


「嫌!アンドリューさんと一緒にいたい!」


珍しくネロは叫ぶように言う。


「ハァ……仕方がない……」


アンドリューは深くため息を付くと、ネロは「やったー!」と、嬉しそうに声を出す。


「フィシャー!すまない。後ほどお代はきっちり出すから、ウェルトヒェン…前軍医総監の方の邸宅にこのを運んでくれ」


アンドリューは、飛べる能力の持ち主の部下の名前を呼ぶ。すると、奥からひょこりと坊主頭の青年が人をかき分けながら来た。


「了解です!中佐」


「ああ、頼む」


二人は短い会話をすると、アンドリューは両手で青年兵に渡すと、深々と礼をする。青年兵も軽く礼をして、荷馬車から飛び降りると、そのままま大空へ飛んで行った。その様子をアンドリューは見つめ「ごめんなネロ」と、小さな声で呟くと帽子を深く被り俯いた。一瞬しかその表情は伺えなかったが、いつもより眉間に皺を寄せ、唇を縮ませて悲しげな横顔に見えた。

ソフィーは、常に怒ってるような顔で比較的クールな言い方の上司が、こんな顔で弱々しく呟いてる姿を見ると、失礼で申し訳ないと分かっているが、何故か面白くないのに吹いてしまいそうになったので、寝ているフリをして、笑いが収まるまで誤魔化すことにした。

必死に忘れようとしても、思い出して笑いそうになりながら繰り返し、寝ているフリをして数十分経った頃だろうか。近くに人が来る気配がしたので自然に見えるように目を開くと、そこにはいつも通り鋭い目付きで仏頂面で腕を組んだアンドリューがいた。


「起こしてしまってすまない。予め作戦というか……少し頼みがあるんだが……」


ソフィーは吹き出しそうなのを飲み込むと、笑顔を貼り付け「全然大丈夫です」とその場に合いそうな言葉を言う。


「……とりあえず副官として、ミカを支えて貰いたいが、空いてる時間は申し訳ないが、洗濯兵として働いて欲しい……人手が少なくて捌けそうに無いから……負担をかけてすまない。あ、それとマリアももうすぐ合流するそうだ。」


「了解です」


ソフィーは座ったまま、敬礼をする。マリアがアルキュミアに行ってから1ヶ月近く経つ。情報が取れたらしく、近々洗濯兵としてまた、こちらの方へ来るらしい。表上は洗濯兵の為、ソフィーも基地にいる際は、諜報などの合間に洗濯兵として、洗濯室に集められた基地にいる軍人全員の下着やら軍服やらを洗っていた。

ただ、ここ最近は洗濯兵の人手も減っているせいで、ゆっくりする暇も少なくなってきた。その理由は色々あるが、1番は前線へ行き、洗濯してる途中に戦闘に巻き込まれて、命を落とすことだ。




馬車が止まる。目の前に広がるのは塹壕が掘られた広大な高原と、ボロボロの少し埋もれたように建ってるテントが沢山ある。先程起きたミカエラは、少し目を細めてそれから立ち上がり、馬車を降りた。


「あ!少佐お久しぶりです!お!待って!ピチピチの女!10年ぶりだ〜!」


少し前髪が長い青年が、ミカエラとソフィーを見るなりこちらに来ながら、少し高く興奮したように言う。歳はソフィーやミカエラ達と対して変わらなさそうに見える。といっても、基本的にここにいる多くの若い兵は2人と大して変わらないのだけど。


「何が10年ぶりじゃ!お前3日前に洗濯兵の子に口説いていただろ!というか、お前の10年前は10歳じゃろ!」


隣いた水色の髪の青年は、ジジくさい言い方で突っこむように言う。


「でも、戦場に女性がいるなんて珍しいじゃないですか……しかも軍人と同じ馬車に乗ってくるなんて……洗濯兵は洗濯兵の馬車で来ますし」


の副官。ソフィー。』


ミカエラは、仕事で使う一人称をまるでいつも雑談するようにスムーズ使うが、口パクなので、青年2人は少し困ったようにオロオロとしてお互いの顔を見つめてから、ソフィーの方を見てきた。

正直こちらが言うのも少し気まずいが、部下(と、いってもソフィーも部下に入るわけだけれども)が言うよりも、一緒にいる自分が指摘した方がいいだろう。


「ミカエラ……少佐……とりあえず紙……」


ミカエラは目を大きく目を見開いてから、申し訳無さそうに頭を下げると、ベルトの横にある中くらいのポシェットから、同じくらいの大きさのスケッチブックを取り出す。


『私の副官のソフィー。だいたい私の言うことを言うから、ソフィーが言うことに従って』


ソフィーは、余計なこと言えないなと、思いながら笑顔で足を1回上げて揃えると、敬礼をしながら自己紹介をする。


「こんにちは、わたくしは本日付からミカエラ少佐の副官の役目を果たします、ソフィー・ミネルヴァと、申します。何卒宜しくお願いします」


「よろしくお願いします〜ところで、好きなタイプとかいますか?あ、ボクとかどう思いますか?」


出会って早速ナンパ紛いなことを、前髪の長い青年は明るい声で言う。薄々分かってはいたが、ここに来るまで似たようなことが度々あり、どうやら大半の軍人たちはソフィーのことを副官というより、ただ少佐の隣にいる世話する家政婦のように思われているように感じる。

まあ、6年近く軍に居て、日々の自分達への扱いを見ると、だいたいそうなると分かっていが、いざ目の前で起こると上手く言葉に出来ないが、モヤモヤとした感情になる。それと同時に、国を大切な守りたいと思って、軍へ入ることを決めたのに、軍人としてどころか、小間使いのようにしか見られてないことに口惜しさと、少しの諦観を感じた。


「好きなタイプは心が綺麗で優しい人。えっと……あなたは元気で凄くいいと思います!」


そう思ったことをマイルドにソフィーは言うと、横をチラッと見る。ミカエラは腕を組み

うっすらと眉間にシワを寄せてるように見える。自分の前でナンパ紛いなことに付き合わせられることが不満のようだ。ただ、青年はそれに気づかないのか、ソフィーに褒められて喜んでいる。


「……ミカエラ……とりあえずこれ切り上げていいかな?」


ソフィーはその様子を見てから、そっと誰にも聞こえないように、ミカエラに耳打ちをすると、ミカエラは頷き『宿舎の方へ行くから伝えて』と、口を動かし、くるりと回ると、宿舎の方へ行くだろう。


「とりあえず、荷物やその他の準備の為に宿舎の方へ行きましょう」


ソフィーは、急に宿舎の方へ行くことを疑われないように、少し言葉を付け足してからそう笑顔で言うと、青年達は嬉しそうに返事をして着いてきた。



宿舎といっても、基地の団地のような立派なものでは無い。塹壕のような穴を掘ったところに、いくつか木の板を敷いて、その上にテントを建てたような感じで、正直家族で昔したキャンプのテントよりもお粗末だ。もちろん、休める場所があるだけで嬉しいのだが。やはり疲れを癒すには程遠い。

塹壕の中にずらりと並ぶテント一張にミカエラ達は入る。入口は暖簾のようになっているせいで、中に入る前からだいぶ音が漏れていている。


「はーー夜中に抱き合って女のおっぱいとかを舐めまわしたい……あ!ぁぁ!しょ、少佐!」


ミカエラが入ってきた時に、簡易ベッドで胡座を掻きながら猥談をしていた青年兵が、ミカエラを見た瞬間、慌てて立ち上がり敬礼をした。他の数名の兵も慌てたように立ち上がると、こちらを向いて敬礼した。それに対してミカエラも敬礼で返す。


「少佐!お久しぶりです!……隣の女性は……?ああ、そういうことですね……」


一番近い位置にいた子犬顔の青年は敬礼を崩さずにソフィーを見てからミカエラを見てそう言った。そして直ぐにまたソフィーの方を向くと、ニコリと笑い「副官さんですね?よろしくお願いします」と、丁寧に挨拶をした。ソフィーも丁寧に挨拶返し、部屋飲み渡すと、あることに気がついた。


「あのっミカエラ……少佐。私の分のベットが無くないですか?えっ……まさか一緒に寝るやつですか?」


テント内のベッドが10台。そしてここに居るのは、先程合流した青年兵2人とミカエラ、ソフィー、そして部屋の中にいた7名。合わせて11名だ。


『ソフィーは洗濯兵の子たちと一緒に寝て』


ミカエラは少し目を大きく見開くと、申し訳なさそうにキョロキョロと左右を見てから、そう唇を動かした。


『何があるといけないから。僕のことなら大丈夫。何かあったら笛と無線で呼ぶから』


「そういう話じゃなくて……なんで……」


思わずいつもの話し方になる。ここに上官が居なくて良かったと思った。


『信じて。大丈夫だから……それに紙もきちんとあるから』


ミカエラは『何か』が何とは言わず、ただそう言った。ソフィーは何故ミカエラがこうしたのか、そして敢えて言わなかったのかがモヤモヤとして心に残って、少しギュッと苦しかったが、表情に出す訳にもいかなく、どこにぶつければいいか分からない感情をぶつける為に、周りに見えないように服を握りしめた。




















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