第42話 あたしと北の里と眩しい笑顔(ラスティーナ視点)

「つ、着いたぁ〜……!」

「それらしき集落を発見出来ましたね、ティナ。ひとまずお疲れ様です」


 陽が沈むギリギリのところで、あたしとルーシェはようやく人里に辿り着くことが出来た。

 深い森を抜け、人が通れそうな道を探し出し……。

 途中で魔物に遭遇したものの、あたしの魔法とルーシェの剣があれば、簡単に対処出来る程度の相手ばかり。そこについては問題無かったのだけれど……。

 とにかくずっと馬での移動で、それも長時間。揺られ続けて身体はヘトヘトだし、そろそろお風呂にだって入りたくなってくる。

 お屋敷に居た頃は毎朝お風呂に入って、それから一日が始まる生活を送っていたんだもの。長旅とはいえ、最悪でも川で水浴びぐらいしないと、どうにかなっちゃいそうなのよ!

 ひとまずあたしたちは馬から降りて、里の入り口らしい門をくぐっていく。そうして、近くに生えていた木に馬を繋いでおいた。


「もう今日は体力も気力も限界だから、どこか泊まれる場所を探しましょう……! ついでにお風呂も!」

「……レオン殿の捜索は、後回しで良いのですか?」


 ずんずんと里の中を進んでいくと、後ろからルーシェにそんな言葉を投げかけられた。


「むぅっ……。だ、大丈夫よ! 今夜の宿探しと一緒に、レオンに魔法を教えてくれた人も探せば良いだけでしょ? そんなの余裕よ、余裕!」

「左様ですか」


 と、あっさりと納得するルーシェ。

 咄嗟の苦しい言い訳のようになってしまったけれど、あたしだってここに来た当初の目的を忘れているわけじゃないわ。

 ただシンプルに、女の子は常に身嗜みを気にしてしまう生き物ってだけなんだから!

 昨日は野宿だったから、濡らした布で身体を拭うぐらいしか出来なかったし……。流石に、二日連続でお風呂無しはダメだと思うの。立派なレディとしてね!


「それでは、手分けをして探していきますか?」

「そうね。効率良くいきましょう」

「かしこまりました」


 あたしとルーシェは、すぐさま行動を開始する。



 ルーシェは里の西側を、あたしは東側から回っていくことにした。

 一番近くに建っていた家に灯りが見えたので、まずはそこから話を聞いていく。

 するとすぐに家主の男性がドアを開けてくれて、やはりここが目的地である北の里だと教えてくれた。


「ところで可愛らしいお嬢さん、この里に何の用で来たのかな? こんな山奥までわざわざ訪ねて来たからには、ただの観光ってわけじゃなさそうだけど」

「人を探しているの。レオンという名前に聞き覚えはないかしら?」


 彼の名前を出した途端、家主の男性が何かを察したような顔をした。


「ああ、レオン君か! この前まで魔法の勉強に来ていたんだ。でも、彼はもう王都に帰ってしまったはずだが……」

「ま、待って! それじゃあ、レオンはここに戻って来てないってこと⁉︎」

「う、うん。僕が聞いた限りだと、レオン君は『元居た王都のお屋敷でお嬢様が待ってるから、早く帰らないと』って言ってたから……」

「レオンが、そんな……ことを……」


 それを聞いて、複雑な思いがあたしの胸を満たしていく。

 レオンはあたしが王都の国立学校で寮生活をしていた四年間、この北の里で魔法の習得に励んでいた。

 そんな彼が、あたしの卒業にどうにか間に合わせてあらゆる魔法をマスターして、あたしを屋敷で出迎えてくれたのをよく覚えている。

 ……レオンはあたしの為に、そこまでしてくれていた。

 突然修行に行けだなんて、きっと彼を困らせてしまったはず。でもレオンは、急な話で戸惑いはしていたものの、文句なんて一言も言わずに受け入れてくれていた。


 エルファリア家の専属医師のゴードンが言っていた。

 彼が倒れたのは、過度な労働とストレスによる不眠症が主な原因。

 ……だけどレオンが倒れるその何十日か前まで、彼はこの里で魔法の修行に励んでいた。

 魔法のド素人が、たったの四年で才能あるあたし以上の魔法を身に付ける。そこに至るまでの道のりは、単なる努力だけで走り抜けられるようなものではなかったはず。


 あたしが命じたことだから。

 あたしという主人から、レオンという従者に与えられた課題だから。

 それだけの為に、レオンはずっと無茶をしていたのではないか──


「全部……今までの全部……あたしの、せいで……?」


 そう思い至った途端、どうしようもなく身体の震えが止まらなくなってしまった。

 とっておきのドレスがレオンの吐いた血で染まり。

 気絶して動かなくなった彼がベッドに運ばれ、レオンはまるで死人のように血の気の無い顔で眠っていると、ゴードンに告げられた。

 あたしがずっと見て来た彼は、絶対にあたしに気付かれないようにと、お化粧をして顔色を誤魔化していた。

 レオンがそんな風になってしまったのは、元を辿れば全てあたしが原因だった。

 あたしがレオンの為にとお願いしてきたことは、何もかもが彼を苦しめるだけの命令だったんじゃ……?


「……お嬢さん、顔色が真っ青だよ?」

「あっ……」


 ふと我に帰ると、温厚そうな家主さんが心配そうにこちらを見ていることに気が付いた。


「良かったら、この里で一番腕の良い薬師を紹介するよ。それにもう日が暮れる。彼女ならきっと、旅人さんも快く家へ泊めてくれるはずだからさ」

「……ありがとう、ございます。そうしてもらえると……助かるわ」


 体調自体に問題は無い。ただ、精神的な問題があるだけ。

 けれども、泊まれる場所を紹介してくれるのはありがたい。

 そうしてその男性は、すぐにあたしをその薬師の家へと案内してくれた。



 途中でルーシェとも合流して、三人で薬師の元を訪ねる。

 男性が軽く拳を握り込む。コンコン、と軽やかにノックの音がした。

 間も無くしてドアが開かれる。すると──


「おや、ウードじゃないか! どうしたんだい? 君が訪ねて来るなんて珍しいな」


 夕焼けのような髪を一つに束ねた美しい女性が、弾ける笑顔であたし達を出迎えたのだった。

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