第23話 俺と長女と歓迎会

 その日の夜。

 ルルゥカ村の集会所は、多くの人で賑わっていた。

 食欲をそそる香ばしい肉の香りや、ほのかにリンゴの爽やかな香りのするお酒。他にも村中の人達が持ち寄ってきた料理や、とっておきの酒が振舞われる大宴会状態である。

 そんな会の主役は、村長さんに持ち上げられまくってしまったこの俺だ。


 俺が村に来る以前にドラゴンを追い払おうとして、火傷を負ってしまった例の男性も、この集会所に来ていた。

 せっかく先生の薬が残っているのだからと、彼の火傷跡にもあの薬を使って完治させてもらった。

 彼にはとても感謝されたのだが、俺がもっと早くここに来ていれば、彼だってそんな怪我をしなくても済んだかもしれない──そんな身勝手で傲慢な罪悪感が、俺をそうさせていた。

 こんなのは、ただの俺の自己満足。それは充分理解している。

 それでも……と考えてしまうのが、俺の悪い癖だな。

 俺は自分だけスッキリしたいあまりに、自力で得たものではない力を奮って満足しているに過ぎない。要するに、逃げなのだ。


 今だって、俺が『ルルゥカ村をドラゴンから救った英雄』なんて言われてもてはやされている現状に、モヤモヤし続けている。

 俺はただあのドラゴンに直接会って、彼を殺したくないと思った。だから怪我を治そうと思っただけだからな。

 やりたいことを勝手にやらせてもらっただけで、こんなに大袈裟に感謝されるような器じゃないんだよ……。

 でも──


「それでね、このリンゴのジュースはあたしとジーナで一緒に作ったんだよ! レオンさんはお腹に穴が空いたって聞いてたから、お酒は身体に負担になっちゃうんじゃないかと思って……」


 隣でジュースの入った二つの木のコップを持ったジュリが、その一つを俺に差し出してくる。


「だから、お父さん達みたいにお酒は飲めなくても、これならあたしも付き合えるでしょ? 貴族のお屋敷に住んでたレオンさんのお口に合うか分からないけど……よ、よかったら、これどうぞっ……!」


 妹のジーナちゃんと作ったという、手作りのリンゴジュース。

 この国では十五から成人となり、酒が飲めるようになるのも、結婚が許されるのもこの年齢からとなっている。

 なので十六歳のジュリも、二十歳の俺も飲酒は出来る……のだが。俺と俺の胃を気遣ってくれた彼女は、わざわざこうして別の飲み物を用意してくれたらしい。

 どうして俺を嫌っているジーナちゃんまで手伝ってくれたのかは分からない。

 ここにはジンさんやオッカさんをはじめ、村の大人達が大勢駆け付けてくれている。どうやら彼らは、俺がこの村の一員となるのを受け入れてくれているようだ。

 それにしても……こうして隣で俺に構ってくれる人が居るというのは、なんとも心地良いものだと思う。

 俺はジュリからコップを受け取って、


「ありがとうございます、ジュリさん。喜んで頂戴いたしますね」

「う、うん! 多分美味しいはずだから! ちゃ、ちゃんと味見したから大丈夫なはずだよ!」


 ジュリと同じタイミングで、コップに口を付けた。

 その瞬間、口の中に広がる優しい甘さと、ちょうどいい酸味が鼻を抜ける。

 リンゴの果肉の食感も残っていて、それをシャリシャリと噛んで飲み込む食感が楽しい。


「おお……これは美味しいですね!」

「ほ、ほんとっ⁉︎」


 小さく漏らした俺の感想に、ジュリがピョコリと髪を跳ねさせながら食い付いてきた。


「まず、リンゴ自体の味がとても良い。もしかして、この村で採れたリンゴでしょうか? それに、果実の絞り方も良い。残った実の部分も適度に残すことで、リンゴのシャリシャリした食感もあり……とても美味しいと思いました」

「そ、そうなの! このリンゴ、うちの裏の畑にあるリンゴを使っててね、お爺ちゃんのお爺ちゃんの、そのまたお爺ちゃんの代から大切に育ててきたリンゴの木なんだって!」

「ああ、だから王都の市場に並ぶリンゴとは一味違うのか……!」

「えへへっ! このジュースのレシピもね、お婆ちゃんに習った秘伝の作り方なの。そんなに褒めてくれるなら、きっとお婆ちゃんも天国で喜んでくれてると思うなぁ」


 どんちゃん騒ぎの集会所で、ひっそりとそんな話に花を咲かせる俺とジュリ。

 そこで俺は、このジュースのお礼になればと、ちょっとした魔法を披露することにした。


「ジュリさん。そのまま少しの間だけで良いので、じっとしていてもらえますか?」

「う、うん。いいけど」


 ジュリがコップを手にして止まったのを確認して、俺はその中身に向けて魔力を集中させる。

 すると、まだジュースが半分以上残っているコップの中に、小さな氷の塊が出現した。


「わっ、何これ⁉︎ もしかしてレオンさん、魔法を使ったの?」

「ええ、氷の魔法を少々。リンゴジュースの一部を小さな氷のブロックにしたので、水で出来た氷と違って味を薄めずに、よく冷えた美味しいジュースを楽しめるかと思いまして」

「すごーい! わたしなんてちょっとした火を起こす魔法ぐらいしか出来ないから、こんな風にジュースを飲むなんて初めてだよ!」


 その次に、俺のコップにも同じ魔法を使ってジュースを少し凍らせた。

 軽くコップを揺らして温度を馴染ませて、もう一度リンゴジュースを喉に流し込む。

 ……うん、最高だなコレは! 美味いものなら、酒じゃなくても格別だな!

 どうやらジュリも冷えたジュースが気に入ったらしく、一口飲んだ途端に瞳をキラキラと輝かせていた。感想なんて聞かなくとも、その顔を見れば一目瞭然だ。


「んん〜〜っ! 冷たくて甘くて、とっても美味しい! ねえねえレオンさん、これ夏場になったらまたお願いしても良い⁉︎」

「夏になったらと言わずに、今すぐおかわりしても大丈夫ですよ?」

「おかわりお願いしますっ‼︎」


 即答したジュリの為に、飲み干されたコップにジュースを注いで魔法を使う俺。

 ……こんなやり取り、前にも一度ラスティーナとしたっけなぁ。

 俺が北の里から帰って来て、寝苦しいから眠れないと夜更かしをしてたラスティーナに、初めて魔法で冷やしたハーブティーを出したんだっけ。

 あの時はハーブティーの一部を氷にするんじゃなく、魔法で作った水を氷にさせたものを入れたもんだから、『時間が経つと味が薄まるのだけれど、どうにかならないのかしら?』とか言われてさ。

 それからは冷たい紅茶を出す際は、紅茶を氷にしたブロックを作れば良いんだとひらめいたんだよな。

 あいつ……俺が居なくても、屋敷で元気にやってるのかな。メイドさん達に怒鳴り散らしてないと良いんだけど……っ、いやいや。俺は自分の意思でラスティーナから離れる決意をしたんだろうが! 何で今更、俺があいつの心配なんてしなくちゃならないんだよ。

 それに……あいつは俺みたいな平凡な庶民なんかと一緒に居るより、もっと位の高い貴族や、王族なんかと結ばれるべき相手じゃないか。

 しばらくしたら俺のことなんてサッパリ忘れて、どっかのイケメンとトントン拍子で婚約が決まって、そのうち結婚して──


「……さん……レオンさん、大丈夫?」

「えっ……あ、ああ! すみません、少し考え事をしていたもので……」


 一人で考え込んでいるうちに、周りが見えなくなっていたらしい。いつの間にか、ジュリが心配そうにこちらを見ていた。

 ……何かをする度、こうして今みたいにあいつのことを思い出してしまう。

 一刻も早く、彼女のことを忘れてしまわないと。

 でなければきっと取り返しがつかなくなる。

 でなければ……この胸の穴は、一生埋まらなくなってしまうだろうから。


「そう……? あ、もし眠たくなっちゃったらいつでも言ってね。そしたらあたしも一緒に帰るからさ」

「はい、お気遣いありがとうございます」


 そうして再び、俺達は料理をつまみながら歓迎会を楽しんだ。



 ちなみにこの後、先に寝落ちしたジュリを家まで送り届けることになるのだが……それはまた別の話である。

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