第14話 俺と村長と課題

 思いがけず村長さんのお宅、兼ジンさんの家にやって来た。

 外観からしてしっかりとした家なんだろうなとは思っていたが、内装や家具も、この村を取り纏める一家に相応しいものだ。

 俺が五歳まで暮らしていた村より、余程裕福そうだ。

 遠目で見ただけではあるものの、作物の育ちも良さそうだったしな。あまり農作物が育たなかった村出身の俺が知る生活とは、何ランクか上の生活を送れているように思う。

 そもそも、農作物を売りに出すだけでも収入はあるだろう。加えて、ジンさんやオッカさん達が出稼ぎもしている。こうして大きな家を建てられたり、村人達も健康そうなので、村全体でしっかりと生計を立てられているのだろう。

 そんなに豊かそうな村に何故空き家があるのかは分からないが、ひとまず俺はジンさんに促されるままにテーブルに着いた。

 すると間も無くして、先程玄関で顔を合わせたジュリがやって来た。

 その後ろには、杖を突いた髭の生えたお爺さん──ではなく、日頃からしっかりと鍛えているのが分かる足腰を持った、とても元気そうなお爺さんだった。

 村長さんの登場に、俺はすぐに椅子から立ち上がる。


「お爺ちゃん、あの人が空き家を貸してほしいんだって!」

「ほう……お前さんがジンの連れて来た若造か」


 村長さんはこちらのテーブルまで来ると、どかりと椅子に腰を下ろした。

 このお爺さん、魔物ハンターであるジンさんの父親だからか、めちゃくちゃ体力ありそうだな……。多分、若い頃はジンさんのように魔物と戦ったりしたんだろう。

 俺の知る村長のイメージより肉体派だったお爺さんを前に、少々萎縮してしまう俺。


「は、初めまして! レオン・ラントと申します」


 名前を告げて、流れるように頭を下げる。

 職業病が抜けていない為、無駄に洗練されたお辞儀をしてしまったが……失礼にはならないだろう。


「爺さん、こいつは王都で同じ馬車に乗って意気投合した奴でな? 仕事が原因で身体を壊したもんだから、そこを退職して療養したいそうなんだ」


 そうそう、身体を壊して胃に穴が空いてるらしいんです。

 ストレスッテ、コワイヨネー。


「レオンと言ったな。お前さん、以前まで何の仕事をしておった?」

「侯爵様のお屋敷で、ご令嬢の従者をさせて頂いておりました」


 それを聞いて、村長さんとジュリ。更にはジンさんまでもが首を捻った。


「貴族の従者をしていて、何故身体を壊した話に繋がるのじゃ?」

「従者のお仕事って、そんなに大変だったの……?」

「そういやそうだよな。何かヤバい仕事でもやらされてたのか?」


 そういえば、俺がこうなった理由はきちんと説明していなかったと思い出す。

 ……まあ、ジンさんの予想はある意味正解なんだがな。うん。


「その……ざっくり説明しますと、重度の過労とストレスが原因で、つい最近血を吐いて倒れてしまいまして……」

「おいおいおいおい、とんでもねえ話じゃねえか!」

「お屋敷でのお仕事って、もっとこう……恋愛物語の本みたいな、キラキラした感じのやつを想像してたのに……現実って厳しいんだね」


 事実しか話していないものの、余計な心配と絶望を生んでしまった気がする。

 というか、ジュリみたいな年頃の子はメイドさんとかに憧れるものなんだな。まあ、外から見る分には煌びやかな世界だしな、上流階級って。

 静かに女の子の夢を打ち砕いてしまったのを申し訳無く思っていると、村長さんが口を開いた。


「……どこの貴族かは知らぬが、若いなりに随分と苦労をしてきたようだの。良かろう。例の空き家はお前さんの好きに使うといい」

「ほ、本当ですか⁉︎ ありがとうございます、助かりま──」

「ただし!」


 と、俺の言葉を遮るように村長さんが言う。


「婿入りするでもないよそ者を、簡単にこの村に置くことは出来ん。よって、ワシからお前さんに課題を与える!」

「課題、ですか……?」


 まさか、そんな展開が待ち受けているとは思わなかった。

 でも、村長さんが下した判断は絶対だろう。

 これだけ平穏で過ごしやすい村なのだから、下手に外部の人間を招き入れて、トラブルを起こしたくはないはずだ。

 だからこれは、俺が信用するに値するかどうかを試すテスト。これを突破出来なければ、俺はまた別の土地を求めて彷徨さまようことになってしまう。

 すると村長さんは、その課題内容を口にする。


「レオン。お前さんには……西の森に潜むドラゴンを討伐してもらう! これを達成出来なければ、残念だがお前さんに家をやることは出来ん‼︎」

「ドラゴン討伐……」


 それを聞いたジュリが、酷く驚いた様子で村長さんの腕を掴んだ。


「ま、待ってよお爺ちゃん! いくらなんでも、そんなお願いをするなんて危ないよ!」

「じゃが、あのドラゴンのせいで西の森へは誰も近付けん。ジンが帰ったら、オッカ達と共に狩りに行かせるつもりじゃったが……」


 どうやらその西の森というのは、ルルゥカ村の人達が狩猟をしたり、山菜を集めたりするのに重宝していた場所らしい。

 けれども十日ほど前、突如として現れたドラゴンによって、非戦闘員の村民では対処が出来ないでいるらしい。

 下手に近付くとブレスで攻撃され、どうにか追い払おうとした男達が火傷を負ってしまったのだとか。

 そこで俺が戦えるのであれば、ジンさん達が不在の間もこうしたトラブルに対処出来るのではないか……と、村長さんは考えたようだ。

 つまりは、課題と言う名の討伐依頼である。


「そのドラゴンの特徴を教えてもらえると助かります。森に入った方のお話を聞きたいので、その方のところまで案内して頂けないでしょうか?」


 ドラゴン退治ぐらいなら俺でも出来る。

 というか、それ以上にキツい相手と戦う魔法訓練をしてきたからな。

 俺の魔法の師匠は『逆境に打ち勝ってこそ、真の魔法使いである!』なんて言いながら、次々に精霊を召喚して俺と戦わせていた。あれに比べれば、ちょっとしたドラゴン退治ぐらいお手の物だ。……多分。

 ……いやほら、王都で暮らしてると魔物と戦う機会なんて滅多に無いからさ? ドラゴンなんて出た日には、王都中大パニックになるからね!

 すると、ジュリは心配そうに俺の顔を見上げる。


「で、でも……レオンさん、血を吐いて倒れたって言ってたのに……ドラゴンと戦うなんて、そんな無茶なことさせられないよ!」

「薬で大分落ち着いてますから、どうにかなりますよ。これでも魔法は一通り扱えますし、武器の心得もあります」

「そうは言っても……! やっぱり、心配だし……」


 少しずつ声が小さくなっていくジュリ。

 彼女は本気で、俺の身を案じてくれているのだろう。うつむくジュリの表情は、今にも泣き出しそうだ。

 俺はそんな彼女を安心させるように、村長さんにある提案をしてみた。

 村長さんは少し悩んだ素振りを見せたものの、『その条件なら』と承諾してくれた。


 そして俺はルルゥカ村でマイホームを手に入れるべく、ドラゴンの潜む西の森へと向かう準備を開始した。

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