第9話 フマムュと食事

 部屋に誰かが戻ってくる音を聞いて、フマムュは直ぐにベッドの下――その大きさのために、仮にチッテッキュが手を伸ばしてもフマムュの服すら掴めない場所に潜みながら、お気に入りのクッションを胸に抱いてじっと静かにする。

 ガラガラと何かが運び込まれる音と、人の話し声が聞こえる。

 一体何をするつもりなのだろうと警戒していると、ふわりと香りが鼻をくすぐった。

――お食事の匂い!?

 長く木の実と干し果物しか食べて無かったので、久しく嗅いでなかったその調理した食べ物の匂いを感じ、思わずお腹が鳴りそうになるのを、クッションを押し付けて黙らせる。

 そうしていると誰かが食事を始めた音、皿にスプーンが当たる音や何かを咀嚼する音が小さく聞こえてくる。

 誰が食べているのだろう。あの男の人なんだろうか。

 何を食べているのだろう。全部食べちゃうのだろうか。

 ベッドの下からでは見えないため、そう想像するだけで小さな口の中は溢れた唾液で一杯になる。

 ごくりと思わず生唾を飲み込み、その余りの大きな音に自分でビックリして口を塞ぐ。

――どうしよう。チッテッキュに捕まってもいいから、わたしも食べようかな……

 とうとう押さえつけても鳴き出したお腹に、隠れ続けるという意思が削がれていく。

 そこにチッテッキュが部屋から出て行く様な足音が聞こえ、更には男が長椅子の上で寝息を立てている音まで聞こえ始めた。

 最初は罠かと暫く様子を伺っていたが、食べ物の誘惑から長くは続かない。

 恐る恐るベッドから這い出し、ベッドの影から様子を伺う。

 男が寝ている長椅子から少し離れた場所に、鍋が乗ったワゴンが置いてある。

 何時でもベッドの下に戻れる様に重心を後ろにかけながら、ゆっくりと警戒して近づいていく。

 チラチラと男の様子を見ながらワゴンの横に辿り着き、ワゴンの上をそっと見てみる。

 押し潰した様に平たく硬そうなパンに、ちょっとだけ食欲が削がれたものの、視線を鍋の中身へと移した途端に食欲は増して戻ってきた。

――お、お肉だー!

 見た目通りに育ち盛りの頃なのか、肉が入っているのを見たフマムュの目は、宝石を見つけた盗賊の様にキラキラと輝いている。

 肉嫌いのチッテッキュが居るから、次は何時出てくるのか分からないと、ワタワタと慌てた様子でスープ皿に肉を多めに入れ、スプーンでスープを口に運んでいく。

 多少時間が経っているため熱々とはいかないまでも、それでも暖かいスープが喉を伝った心地よさからか、ほぅと小さな溜息にも似た声が漏れ出ている。

 あっという間に飲み干した皿にお代わりを入れつつ、お腹を満たすために平たいパンに手を伸ばして噛み付く。

 流石にふわふわの白パンと比べるのは酷だが、それでも小麦と塩で作ったからか、雑穀交じりの黒パンよりは柔らかく味も良いからか、喉の奥へと押し込むようにして一枚目を食べ尽くす。

 スープと平たいパンを必死な様子で食べ進めていると、ふと誰かが笑ったような音。

 もしかしてとフマムュが視線を長椅子の方へと向けると、寝ていたはずの男の口が笑みの形になっている。

 慌ててベッドの下に隠れようとして、手に掴んでいる久しぶりのまともな食べ物を如何しようか迷ってしまう。

 そんなフマムュの様子を見てか、男――紡玖は如何にも寝てますよと言いたげに、ごろりと寝返りを打つ。

 てっきり捕まえに来るのだと思っていたフマムュは、それを見て少しだけポカンとした表情を浮べてから、紡玖の様子を伺いつつ食事を再開。

 フマムュの心配を余所に紡玖が起き出したのは、お腹一杯に食べ終えて眠くなって、しょぼしょぼしだした目を擦りながら、ベッドの下の安全地帯に戻っていってからだった。

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