第16話


 送ってしまったことをしばらく後悔することになる。

 

 そして、しばらく咲から返信はこなかった。

 メッセージの返事が遅いのがまたその悩みに拍車をかけていく。取り消すにも、メッセージでわざわざ送るのも……と考え、結局治は打つ手なしで後悔していると、


『悩んでいるんですか?』


 メッセージが返ってきた。

 治は謝罪から入ろうか、そのまま悩みを伝えようか、しばらく手を止めたあと、メッセージを打ち込んだ。


『俺自身、そこまで恋愛経験がないから中々大変でな。今はデートのシーンについて書いているんだが、本とか読んで参考にしているくらいなんだ』


 そこまで、というのは小さな見栄だった。実際は、ゼロである。

 冗談めかしながらも、恥ずかしい暴露だったため、治は全身が熱くなっていた。


 しばらく、返事がなかった。治はため息を一度吐いてから冷蔵庫に向かい、お茶を取り出して飲んでいた。

 体の熱をそれで押さえこんだ治がもう一度スマホをとると、メッセージが届いていた。


『今度の休日またお会いできませんか?』


 飲みかけていたお茶のペットボトルから口を離した。

 文章の前後が繋がっていないように覚え、治は何度かメッセージを見直していた。

 それでも理解できず、結局治は問いかけることにした。

 

『どういうことだ?』

『その……一緒にお出かけ――デートのようなものができれば、何か力になれるかもと思いまして』


 デート、という文字をみて治はむせることになった。

 それでも何とかこらえ、それから口元を緩めた。


「優しい子だな……さっきのを聞いて、気を遣ってくれたんだな」


 あるいは、それだけ三巻を期待してくれているのかもしれない。

 そんなことをぼんやりと考え、どちらにせよ悪い話ではないと思った治はお願いすることにして、そこで指を止めた。

 部屋を一瞥してから頭をかいた。


『……その申し出は非常に嬉しいんだが、着ていく服がなくてな。制服くらいしか持っていないから、放課後とかに会えないか? この前のファミレスみたいに』


 メッセージで送った通り、治の部屋にある衣服はジャージくらいだった。

 休日に外に出るわけではないし、平日は制服さえあれば問題なかった。


 ただし、服への知識はそれなりにあった。小説を書く上で必要な情報だったからだ。

 一切買うことがないというのに、ファッション雑誌だけはいくつか持っていた。それも、男向けだけはなく女向けのも含めてだった。


『それでは、放課後に服を買いに行きませんか?』


 予想外の提案だった。

 治はぽりぽりと頭をかいていた。別に嫌ではなかったが、それはあまりにも申し訳ない気持ちのほうが強かった。


『貴重な時間を使ってもらうことになるけど、いいのか?』

『構いません。服を選ぶのは好きですから』

『……わかった。それじゃあ、予定が着く日ならいつでもいいから』

『それじゃあ水曜日の放課後はどうでしょうか?』

『ああ、わかった』


 治はそう返事をしてから、スマホを机に置いた。


「……お、俺が女性と出かけるのか!?」


 思わず声をあげ、スマホのメッセージを見返していた。

 夢ではないことを確認してから、頭をかいた。


「……大丈夫か、俺?」


 想像の世界であればいくらでも書ける。だが、実際に体験するとなると話しは別だった。


「……本でも読むか」


 しばらく悩んだ治だったが、あれこれ考えても仕方ないと日課の読書をはじめた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る