世界は俺のシナリオどおり進んでいく

アメカワ・リーチ@ラノベ作家

Scenario.1



 ――20世紀初頭。

 世界大戦の集結から10年が経過した頃の連合王国。

 しかし、世界の覇者であった連合王国の力は衰え、その内部では不満が渦巻いていた。

 そんな連合王国の最高学府、魔法学園クイーンズカレッジで、迫害されるシフ族と東洋系の混血、キバ・アトラスが物語を綴り始める――


 †


 寮の自室に帰ると、机の上に見慣れないものを発見した。

 短杖だ。

 魔法使いなら誰でも持っているそれだが、しかし俺は、杖を授業以外で使うことはほとんどない。杖よりも剣を好んで使うからだ。持っている杖は学校のロッカーにしまいこまれていた。

 だから、これは俺のものじゃない。

 自分のものではないものが、部屋に置かれている。

 こんな不気味なことはない。

 寮の一室といえ、ここは俺のプライベートな空間だ。誰かが勝手に入ることは許されていない。すなわち、この部屋に誰かが侵入したということを意味する。

 俺はその杖を注意深く見る。かなり年季の入った杖に見える。といってもボロボロという訳ではなく、丁寧に扱われてきたであろうことを窺わせる。古い杖をアンティークとして飾る貴族がいると聞くが、そんな雰囲気がある。

 恐る恐る杖に手を伸ばす。薄くニス塗りされた木の感触が、心地よく肌になじむ。普段杖を使わない俺だが、これならば剣の代わりに握るのも悪くはないと思った。

 握ったのとは逆の手の指先で杖を撫でる。

 と、その時だ。

 突然杖が光りだす。驚いて反射的に杖を手放したが、杖が地面に落ちることはなかった。代わりに、杖は宙に浮き、その先端が俺の方に向く。

 杖の先に淡い光が灯る。その光が、空中で踊り、その軌跡が文字を空中に浮かび上がらせた。


 ――神はこの世界の脚本家である。


 それは、この国で忌み嫌われるシフ人の神話にある言葉だった。

 シフ神は、神器である杖で“物語”をつむぎ、人々はそれに従って人生を送っている。それゆえに、神はこの世界の脚本家(ストーリーテラー)だというのが、シフ人の神話だ。

 俺がシフ族と東洋系との間に生まれたハーフだから、その言葉には馴染みがあった。もっとも、協会通いに熱心なわけではないので人並みの知識しか持っていないが。

 と、杖はさらに言葉を綴る。


 ――この神の杖は、世界のシナリオを記載する。


 “この”と言う言葉が、一体何を指しているのか。

 ――素直に受け取るならば、今この文字を綴っている杖だ。

 だが、だとしたら、この棒切れが、神の杖だと言うのか?

 人々の人生を操り、世界を操る、神の力。それを宿していると言うのか?

 その問いに対する答えを、杖はさらに空中に描き出す。


 ――シナリオとして、場所・時刻、登場人物とその台詞を記載できる。


 そこまで書き終えた杖は、静かに俺の元にやってきた。俺は吸い寄せられるように、静かに手を伸ばす。

 ――神の杖なんて、あまりにも馬鹿げている。

 そんなものあるはずがない。

 だが、不思議なことに、この杖には、まるでこれが本当に神の持ち物であるかのような威厳を感じさせる何かがあった。

 理性は否定しても、本能が力を感じているのだ。

 ――そして、俺は本能に従った。

 杖の先で文字を綴ると、青色の軌跡が宙に浮かぶ。


 4/7 13:00

 クイーンズカレッジの校舎

 オスカー「この僕が……負けるなんて」


 オスカー・ヴェーンは、同じ学年でクラスメイトだ。父親は、世界最強の魔法使いと言われる、近衛騎士団長、ヴェーン公爵。その息子たるオスカーも、家を継ぐものとして、騎士の道を歩もうとクイーンズカレッジに通っている。彼の魔法使いとしての才能は折り紙付きだ。

 だがそれゆえに、傲慢でムカつく存在だった。俺がシフ人と東洋系のハーフであることを理由に、事あるごとに突っかかってくる。

 だから、彼の名前が、自然と出てきたのは仕方がない。

 正直、具体的なシーンを思い浮かべたわけではなかった。単に、ムカつくクラスメイトを跪かせるところを想像したかっただけだ。

 この台詞をオスカーが言うシチュエーションは、自分でもよくわからないが、授業の演習か何かで競うことにでもなるのだろう。

 だが、相手は学年の代表を務める男だ。いけ好かない奴だが、バカではない。何で勝負するとしても、そう簡単に勝てる訳もないのだが……まぁいい。せっかく“神の杖”を手に入れたのだ。少しくらい欲張りになってもいいだろう。

 俺はさらに筆を滑らせる。


 4/7 13:50

 王女「あなたの力を貸して欲しいのです」


 王女とは、言うまでもなく連合王国第一王女エリスのことだ。

 同じクイーンズカレッジの学生だが、当然ながら雲の上の存在だ。平民の俺と、将来女王になる少女。普通に生きていれば交わることは決してない。

 そんな彼女に認められる。それは、騎士道物語の読みすぎ、といった類の妄想だった。

 ――そこまで書いて、俺は何をやってるんだと我に返った。

「……ばかばかしい」

 神の杖なんて、本当にあるわけがない。

 そんなのはわかりきったことじゃないか。

 それなのに、それを信じて、こんな絵空事を想像するなんて。あまりにも恥ずかしい。

 魔が差したとしか思えない。俺は慌てて空中に浮かんだ光の軌跡を、手でぶんぶんとかき消す。淡い光があたりに霧散した。

 そのまま杖を机の引き出しにしまった。そして、今まで使ったことがなかった引き出しの鍵を取り出して、杖を封印した。これでひとまず誰かに見られる心配はない。

 シフ人は忌み嫌われる。その神話に出てくる杖だと自称する物を持っているのが周囲にバレたら、とんでもないことになる。

 ――誰のいたずらか知らないが、明日、どこかに捨てに行こう。

 そして俺はそのまま脱力してベッドに倒れこむ。

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