2. 恋

 翌朝には既に、僕の仲間や家族には安否が伝わっていて、しばらく彼女――名前はシェリルっていうんだ――のもとで療養することになった。彼女の適切な治療のお陰で、僕はぐんぐん元気になった。

 僕のほかにも治療してもらっている生き物はたくさんいた。彼らと仲良くなったし、シェリルとも、だんだん仲良くなった。一緒に薬草を採りに行ったし、お風呂に入ったり、寝たりもした。あと、彼女は料理がうまい。僕が捕ってきた獲物を、好みを考えていい具合に味付けしてくれる。

 彼女は僕を可愛がってくれて、撫でたり頬ずりしてくれたりする。僕はその度に、これまで感じたことのない感情が沸き上がってくることに気付いた。人間よりもともと速い鼓動が一層速くなって、彼女の笑顔をもっと見ていたい、もっと触れ合っていたいと思うようになった。


 それは恋ね、と一緒に治療を受けていた物知りのヤミフクロウは教えてくれた。そして、早く元気になって故郷に戻り、忘れてしまいなさい、とも。

 でも、その時点で既に手遅れだった。もう、小竜の女の子には、そういう感情を持てないと思った。傷が癒えて、ついにシェリルが、さあお行き、と背中を押したとき、僕の脚は石のように動かなかった。彼女のもとを発つ生き物がそうするのは、よくあることだった。だから彼女はいつも通り家の扉を閉ざして、翌朝僕がいなくなっているのを、きっと寂しく思いながらも期待していた。だけど僕は、てこでも動かないつもりで、そこで一晩中うずくまっていた。

 翌朝扉を開けた彼女は驚き、困った顔をし――でも少し嬉しそうでもあった――彼女の脚に飛び付く僕を抱きしめてくれた。僕は彼女の柔らかい胸と暖かい鼓動とを感じて幸せだった。もう絶対離さないと心に誓った。一生彼女を守ると誓った。


 治療中、家族や友達が心配して、こっそり顔を見に来ることがあった。けれど、僕は気付かないふりをしていた。治ったという噂を聞いた兄弟は僕を里に連れ戻そうと、強い口調で説得しに来た。僕は首を横に振った。そして、身勝手を謝りつつ、ここを出て行くつもりはないと同じくらい強い口調で答えた。何度もそれを繰り返すうち、みんなは呆れた顔をして僕の元を去っていくようになった。いつか後悔する日が来るぞ、その時には手遅れなんだと言い残して。とても悲しかったけれども、彼女と引き離されることのほうが、僕にとっては遙かにつらいことだった。


 いくら僕がシェリルに惚れていても、彼女は僕のことをこれっぽっちも男だとは思ってくれていない。僕ら小竜は成熟してもあまり大きくならないし、僕は小柄なほうだから子供だと思い込んでいるのだ。本当は人間でいえば、彼女よりほんの少し年上くらいなのに。

 彼女が、家の中では無防備に生まれたままの姿をさらけ出すものだから、僕はいつも、ちゃんと紳士らしく目を背ける。実はドギマギしながら薄目を開けているのだけれど。よしよし可愛いね、と頭を撫でられると、嬉しいんだけど恥ずかしい。それから、犬みたいに喉の下をくすぐられるのも。ほら、顎を持ち上げられると、人間の男性が女性にキスするときみたいだ。僕が君にそうしてあげたいのに。何だかぞくぞくしてしまうからやめてほしい。


 そうそう、彼女は僕にルークという素敵な名前をつけてくれた。人間の言葉が話せたらと、いつも思う。そしたら毎日、君が飽きるくらい好きだって言おう。毎晩、愛してるって囁こう。でもそれができないから、喉を鳴らして君に頬ずりするしかない。それは、すごく苦しい。

 シェリルが薬草を採りに行ったり、街に出かけるときは僕もついていく。魔物に出くわしたら、君に傷ひとつつけさせはしないって決意している。うろこも爪も牙もない、すべらかな肌に柔らかい体の君を、僕は全力で守る。君が救ってくれたこの命を君に捧げると心に誓ったから。

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