ここにいる理由 第三

 翌朝、ササの分身は夜のうちに全て消えてしまったがシイの霊体だけは残っている。今も部屋の隅でじっと立ち尽くしケロウジたちを見おろす。

「なぁ、本当に俺を置いて行くのか? 心配だろう? 残ってくれてもいいんだぜ? あれと二人ボッチなんだぞ?」

「随分と元気そうじゃないか」

 必死にすがるササにケロウジがそう言うと、ハナガサは難しい顔をした。

「しかし、なんだか本当に辛そうだぞ?」

「そう! そうなんだよ! さすが魔獣師! だからあれと一緒に置いて行かないでくれよ。頼むって、本当にさ……」


 確かにお気に入りの座布団の上で丸まったまま訴えるササは、ケロウジの目にも昨晩より具合が悪そうに見える。

「それなら尚更、早いとこ光草を見つけて来ないと。どのみち霊体は何もできないし。早めに帰ってくるから待っててくれよ」

「そりゃあ薬は欲しいけどさ……」

「そうだろう? まぁ、気味が悪いのは分かるけど」


 ケロウジは、じっとしたまま動かない零体のシイを見つめる。霊体というのは死ぬ時の感情を表現しているので、笑っている事はあり得ないのだが、このシイは笑っている。そして一言も話さないのだ。

 見えていないハナガサは得られる情報が少ない程度に思っているようだが、ケロウジとササにとっては不気味に感じられるのだ。

 そうは言っても、魔力を吸う前の光草は二人がかりでなければ見つけられないのも確かで、結局ケロウジたちはササを置いて出かける事にした。


 二人がまず気になるのはシイ本人の事。

 体調はどうかとシイを訪ねると、意外にもしっかりとした足取りで歩いて出てきた。

「今朝にはすっかり良くなったんですよ。どうもご心配をおかけいたしました」

 ふわりと笑う様子から、泣いていたのは病で気落ちしていたのだろうとケロウジは思う。


「いや、元気そうで良かったですよ。それで今日なんですけど、約束していたのですが予定が入ってしまいまして」

 ケロウジが言うと、シイは心から残念そうな表情をした。

「そうですか……仕方ありませんよね。また今度いらしてください」

「はい、どうも。それじゃ」

「あ、あの……!」

 すると、さっさと行こうとしたケロウジをシイが引き留めた。

「あのお茶碗の水、あれは体に良いものなのでしっかり飲んで下さいね」

「はぁ。ありがとうございます」

 ケロウジがそう答えると、シイはすっと手を離す。


「それではお帰りは遅くなりますね?」

 シイが聞くので、ケロウジは「暗くなってからかもしれないので、帰りは寄らない」と答えた。

 そしてケロウジとハナガサは次の目的地、シイの親であるオオツガ様の所へ向かう。


 ケロウジたちは馬借から借りた馬のミミズクに二人で跨る。手綱を握るハナガサは嬉しそうに鼻歌を歌っている。

「おじさん、何がそんなに嬉しいんですか?」

「先ほどのシイの表情を見ただろう? 本当に寂しそうだったなぁ」

「はぁ、そうですね」

「ケロウジ。なんとしても未来の嫁さんを死なせてはならんぞ」

「僕は違うと思いますけどね」

「違うもんか。お前は本当に女心を分かっとらんな」


 そんな暢気な会話をしながら、二人は港町にあるオオツガ様の屋敷に向かった。

 ケロウジはその屋敷の大きさに驚いたが、オオツガ様と話をしてさらに驚く。

「昨日、娘さんが体調を崩されました。今朝には回復しているようですが」

 そうハナガサが伝えると、オオツガ様は忌々しいという感情を隠しもせずに言う。

「ふん! あいつはまだ可笑しな物を作っているのか? それをやめれば家に入れてやると言うのに」


 これは気難しそうな人だなと思ったけれど、他殺かもしれない以上はシイを守ってもらわなければいけない。

 霊体の事を言えないケロウジは言葉を選ぶ。

「あの……この数日だけでも娘さんに誰かを付けてはどうでしょうか?」

 まだ自殺とも他殺とも分からないのだから、下手なことは言えない。それにしても上手いこと言えたな、とケロウジが思っていると外からオオツガ様を呼ぶ声が聞こえた。


「そんなに心配ならばお前が付いていればいいだろう! 私は忙しいのだ。さぁ、娘の話は終いだ。帰れ、帰れ!」

 そうしてバタバタと追い出され、オオツガ様は本当に忙しそうに船着き場へ走って行ってしまった。


「ありゃ……一人暮らしの娘に男を付けるなんて」

 ケロウジがそう呟くと横でハナガサが盛大に溜め息を吐くが、その意味も分からないままケロウジは二人で次の目的地へ向かった。河原町の団小屋だ。

 シイはオオツガ様の元で暮らしていた頃から河原町へ通っているらしく、噂や情報を得るために人の集まる団子屋へ行く事にしたのだ。


 団子屋に着くと、モエギがケロウジに駆け寄って来た。

「ケロさん! 良かったぁ。元気なのね? あの時は本当にありがとう」

「あぁ、いや。僕は頑丈なんで」

 モエギと親しく話しているわりに、客からの視線が痛くないなとケロウジは思った。すると予想に反して温かな視線を向けられており、ムジナの話がすっかり広まっている事が知れた。


 これは期待できるぞとケロウジとハナガサは意気込むが、分かったのはシイが河原町にある焼き窯に通っているという話だけだった。

 いつもシイはどの店にも寄らず、挨拶以外はほとんど人と関りを持たないらしく得られる情報は少ない。

「霊体からもあまり情報が得られないし、困りましたね」

「二人で唸っていても仕方あるまい。とにかく焼き窯に行ってみよう」

 ハナガサはそう言ってズンズンと歩くが、その焼き窯で事態はさらに分からなくなる。


 焼き窯の若主人は薪を割ったり火の様子を見たりで、窯から離れる事はあまりない。

 シイはいつも自分のお気に入りの土を持って来て、楽しそうに焼き物をする。あの人が自殺なんてありえない。

 住まいが裾野の村に移ってからは、帰りは誰かが必ず家の前まで送って行く。

 変わり者ではあるが、港町では有力なオオツガ様の娘なので殺そうとする人はまずいないだろう。


 これが、ケロウジたちが焼き窯の若主人から聞いた話だ。

 その頃には日も傾き始めていたのでケロウジとハナガサは頭を抱えながらも山に入り、薬になる光草探しを始める。


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