デコボコ親子 第三

 そうしてハナガサと別れた後ケロウジは、峠道ではなくその脇の山の中に入る。モエギの霊体は付いて来なかった。


「団子屋からそう離れないだろうから、この山のどっかだよな」

 ケロウジは頭を掻きながら、午後の日差しの零れる山を歩き回る。

 この時期の山は午後になると肌寒い。こんな事になるのなら上着でも着てくるのだったなと思いながら、ケロウジは赤い花を探す。


 けれど死ぬ時に花が咲いているとは限らないのだ。ただ赤い花の咲く所というだけ。花はまだ蕾かもしれないし、葉っぱだけかもしれない。

 そんな物を探し、どの木か特定するのはとても難しい。


「自殺なら木に縄かな? だったら椿の方だよな。埋められるのなら梅の木もあり得るし」

 そんな事を言いながら歩き回っていると、ふとモエギの霊体が木々の間に立っていた。気のせいかと思うほど遠くに、陽炎のごとく揺らめいている。


 ケロウジは急いで霊体の元に走った。けれど霊体が立っていた場所に着いた時にはその姿はどこにも見えず、ケロウジは溜め息を吐く。

「この辺りに木があるのか? まぁ、目星がついただけ良しとするか」


 ササへのお土産の団子も持っているのでそろそろ帰ろうかとケロウジは考え、木に目印を刻む。

 するとその木に矢が刺さったような跡があった。それも一つや二つではない。よく見ると辺りの木にもたくさんそれがある。

 誰かが弓矢の練習をしている、とケロウジは気付いた。


 その近くを探すと、蔦に覆われた廃屋があった。

 壁も所どころ朽ちて落ち、誰かが通りがかったとしてもわざわざ中を覗いたりはしないだろうと、ケロウジは思う。

 息を殺し、ケロウジはその廃屋ににじり寄る。人の気配はない。物音がしないのでおそらく獣もいないだろう。


 ケロウジは剥がれ落ちた壁から中を覗く。すると中には弓があった。割れたり折れたりして放置されたものではない。

 台座まで用意された新品の弓だ。床は鳥の羽根や石、木くずで溢れている。

 誰かがここで弓矢を手作りしている事は明らかだった。


「ムジナかな? モエギの霊体の事もあるのに困ったなぁ……」

 ケロウジは取りあえず中に入り、転がっている石のひと欠片を手に取る。その石は片方が鋭く尖った形になっており、どう見ても矢じりだ。

 それを懐にしまい、ケロウジは家へと帰る。


「ササ、ただいま」

「おぅ! この野郎、一人だけ美味いもん食って来たんだろう!」

「お土産もらって来たよ」

 ケロウジがそう言うと、座布団の上に丸まって不貞腐れていたササはピューっと走ってきて足に纏わりつく。

 すっかり機嫌を直したササと団子を食べながら、ケロウジは聞いた。


「ササは随分と言葉が上手いけど、誰かと話したりしてたのか?」

「あぁ、人と話す事もあるからな」

「そうなのか? よく捕まらなかったな」

 ケロウジは驚いて言った。するとササはシュルシュルと音を立てて魔術を使う時の、あの銀青色の煙で自分を包む。

 何をやっているのかと見ていると、晴れていく煙の中から少年が現れた。ヒイロの時にササが化けたあの少年だ。


「見つかるわけがないだろう。お前って結構バカだよな」

「そうか、そうだよな。魔獣が人に見つかる訳がないんだよな」

 ケロウジは感心してそう言った。それにササが続ける。

「人間とまじわるには同じ姿になるしかないだろう? 子供ってのは便利なんだよ」

 ササは少年の姿のままで胡坐をかいて団子を食べる。


「そうだな。同じじゃないと受け入れないんだよな」

「なんだ、ケロウジ。お前もしかして人間が嫌いなのか? それならお前を獣にしてやる事もできるんだぞ」

 ササは真面目な顔でそう言った。

「いや、人間は好きだよ。ただ難しいだけだな。ちょっと面倒なんだ」


 答えながら、ケロウジはハナガサの事を考えていた。勘づかれてから何年も言えないでいる自分も、他と同じで難しくて面倒な人間なのだと気付く。


「面白おかしく美味いもん食ってりゃいいのによぉ。本当にお前らって面倒だよな。まぁいいや。その気になったらいつでも言えよ。すぐ狸にしてやるぜ」

 ササは、今度はニカッと悪戯っぽく笑った。

「狸は嫌だなぁ」

 ケロウジはそう言ってカラカラとほんのり笑い、その日は何も考えずに眠る事にした。


 翌日、ケロウジが港町のハナガサの家に弓矢小屋の報告へ行こうとすると、ササが例の少年の姿で付いて来た。

 二人でテクテクと朝も早くから歩いて、昼前には河原町に着いた。ケロウジは思い出して、ササに昨日見たモエギの霊体の話をする。


「へぇ、団子屋の女店主の霊体ねぇ。大変じゃねぇか。ちょっと様子を見に行こうぜ」

 少年姿のササは、話しを聞くなりそう言った。

「まぁ行くんだけどさ、お前もしかして団子が食いたくて付いて来たな?」

「いやいや、未亡人が殺されちゃ目も当てられねぇじゃねぇか。老婆心だよ」

 ササの言葉を聞いてケロウジは、そう言えばこいつは百二十歳だったな、と思い出す。


「どのみち行くにしても帰りだよ」

 ケロウジはそう伝えてスタスタと先を歩く。

 諦めきれないササは渋々とその後を追う。

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