分からない事 第二

「えぇ、えぇ。最高の馬をご用意いたしておりますよ。性格は大人しく、体は大きい。よく食べ、よく走り、体力もある。足は速いですよ。なんと言っても魔獣師である私が育てた馬ですからね。毛並みは気品のある黒。これほどの馬はそうそう見つかりませんよ。まぁ、戦なんかはあまり起こらないかもしれませんがね、あの馬は戦場でも臆することなく走る事の出来る馬ですよ。あなたのような武士様には最高の相棒となる事でしょう」


 中から聞こえて来たのはカラカサの声だった。しかしその言葉は嘘ばかり。

 カラカサは魔獣師の免状を貰おうとしたが『性格に難あり』とされて貰えなかったのだ。

 話によるとカラカサと買い手の武士はこの後、峠道の祠の辺りで馬を見るらしい。

 困った男だ、とケロウジは溜め息を吐いた。


「まぁ、こういう事だ」とササは笑う。

「笑い事じゃないよ。こんなんで殺されちゃ、ヒイロさんも堪ったもんじゃないだろう。それに、黒い馬ってたぶん旦那の愛馬だ」

 名前はミミズク。確かに性格は大人しく足は速いけれど、とケロウジは思う。


「人間ってのはどうしようもねぇな。こういう奴は餌にでもしちまえばいいじゃないか」

 ササは真面目な声で、さも当たり前という風に言った。

「人間は人間を食ったりしないんだよ。だいたい、肉を食うのは禁止されてるんだから」

「それだって、他の人間が決めた事だろ? それにお前は……」

 ササは何かを言いかけてやめた。こういう時、ケロウジは追及しない。言いたければ言うだろうし、言わないのならそれでいいだろうと思うのだ。


「それより、ササ。隣町の人たちを急ぎで洞窟まで連れて来られるか?」

「ん? まぁ、山の主なんて言われる俺なら魔術を使った事さえ気付かせず、魔術で連れてくるくらいは簡単だけどな」

 少年の姿で胸を張るササ。その尻から猫の尻尾が伸びている。

「おい、ササ。調子に乗り過ぎて尻尾が出てるぞ」

「おぉ! しまった、しまった」

 ゆらゆらと揺れる尻尾が、シュンと消える。


「今日もあの人たちは茶店に集まってるだろうから、数人味方を呼んできてくれ」

「でも俺、誰が味方とか分かんないぞ?」

「その姿で、僕の手伝いの者だって言えばいいよ。カラカサが旦那の愛馬のミミズクを売り飛ばそうとしているって茶店のおばさんに言えば、すぐに人を集めてくれるから」


 ケロウジがそう言うと、ササはすぐに足元から姿を消していく。

 二日も見れば魔術にもだいぶ慣れた。しかし見れば見るほど、これでは魔獣が人間なんかに見つからない訳だ、とケロウジは思う。

「じゃあな。また峠でな」

 それからカラカサと武士が動くのを、ケロウジはその場でじっと待った。そして中から漂うご飯の匂いに腹が減ってきた頃、動き始めた二人を追って町を出る。


 カラカサと武士の後を付ける時、ケロウジは旦那には声を掛けなかった。カラカサを見張っているとはいえ、あいつには仲間もいるのだから旦那と一緒にいた方がヒイロも安全だと考えたのだ。


 二人は河原町を出て峠越えの道に入った。柵を越えて木々の中を、ケロウジは歩く。この時期になるともう蝉の声は聞こえず、代わりにチロチロとした虫の鳴き声が聞こえる。

 その声を物悲しく感じてしまうのは過去のせいか現在か、あるいはただ季節のせいなのか。そんな事を思いながらケロウジは息を潜めて付いて行く。


 ケロウジは隠れるのが得意だ。獲物を狙うがごとく息を潜め、機をうかがう。まぁ、足が遅いので獲物には逃げられるだろうけれど。

 それにしても、とケロウジは思う。


 この武士は何も知らないようだ。カラカサの事を本当に魔獣師だと思っているし、いい馬を安く手に入れられると浮かれている。

 それだけ分かれば十分だった。事の次第が分かればこの武士はこちら側に付くだろうと予測できるからだ。

 ケロウジはだいぶ楽観しながら後を付ける。やがてあの祠の前に付いた。


「さぁ、こちらです。この馬です。どうです? 美しいでしょう?」

 カラカサは自慢気にそう言った。武士は感嘆の溜め息を吐いて馬を撫でる。

「これは素晴らしい。よし、買った!」

「まいど、ありがとうございます」

 その会話を聞き、ケロウジは山の中から飛び出した。

「ありゃ? こりゃあ傘屋さんじゃないですか。そのミミズクはどうしたんですか?」


 唐突に現れたケロウジに不機嫌な表情を向けながら、カラカサは答える。

「バカな奴だな。これのどこがミミズクに見えるってんだ。馬だよ! しかし、なんだってお前は山の中から現れたんだ?」

「そりゃあ、僕が採取屋だからですね。それに、ミミズクは名前ですよ。こいつは馬借の旦那の愛馬のミミズク。な? ミミズク」

 ケロウジが馬に向かってそう呼び掛けると、馬はヒヒンと嘶く。

 カラカサの表情が固まった。武士の方はみるみる眉を吊り上げる。


「おい、採取屋。それは真か?」

「はい。こんな黒毛の厳つい馬を他の馬と見間違えたりしませんよ。あれ? そうだとすると、もしかしてあなたがミミズクたちを引き渡す予定の魔獣師ですか?」

 うるさい、黙れと声を上げるカラカサを武士が片手で止める。

「いいや。私は今この男から、この馬を買おうとしている武士だ。そんな話は聞いていないぞ。引き渡すとはどういう事だ?」


「いやね、カラカサさんがこの馬に触れた時、火の魔術を使われたそうなんですよ。魔力削除の首輪が偶然にも切れて落ちてしまって。それでカラカサさんが馬借にいた馬を全て連れて行って、魔獣師に引き渡す話になっていたんですが」

 どうしてここにいるんですか? とケロウジがとぼけて聞く。その言葉にカラカサは真っ青な顔で怒り、違う馬だ何だと叫ぶ。

 さて、どう暴いてやったものかとケロウジは頭を捻る。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る