第7話


「ふう〜ッ! やっと山から学校に戻れたね! もうびちゃびちゃで気持ち悪い」

「お前がこんな日と時間に行くからこうなるんだろ? 俺なんて泥だけだよ、どう説明したらいいもんか……」

「ムフフ、足立君!」



美咲がいきなり腕を開いた。え? 何? まさか雨に濡れて透け透けの体でも見てくれって事?



「反応薄ッ! せっかく元気出させてあげようかと思ってサービスしてあげたのに」

「いやぁ、お前みたいなメンヘラ気質な女はいくら可愛くても、ぐはぁッ!」



みぞおちに美咲の右ストレートが入ってしまった。



「やんなっちゃうわ、足立君如きに私の魅力が通じないなんてこれじゃあ上野君に効くかわからなくなってきちゃうじゃない、上野君をあんなわけのわからない女に預けておくわけにはいかないわ!」

「新月はお前に比べたら完璧だろ?」

「はぁ〜!? 本気でそう言ってるの? ああいう八方美人は大抵ろくな奴じゃないって相場が決まってるのよ、言ったでしょ? とんでもないクソ女なのよあいつは!」

「それ盛大なブーメランだって気付かないか?」



学校までやっと着いたもののまたしても真っ暗、時刻は21時を過ぎていた。 そして携帯の電波が入るようになると母さんや響紀から何回か電話が掛かってきていた。



こりゃ相当心配してるな、というか心配通り越して怒ってるかもしれない。 母さん怒ると怖いんだよなぁ。なので一応メールをしておいた。俺が携帯を見て溜め息を吐くと美咲がそんな様子の俺が気になったのか尋ねる。



「どうかしたの?」

「どうもこうもめちゃくちゃ家族が心配してる。 お前のせいだわ」

「まったく器の小さい男ね、私のせいにするなんて! いいわ、そこまで言うなら私も一緒に謝ってあげる!」

「はぁ!? だからお前が来るとろくな事になりそうにないからいいって!」



だがもう美咲には火が付いてしまったのかどうしても譲らない。 なんでこうなってしまうんだ、朝からこいつに付きまとわれ終いにゃこんな晩まで……



こんな奴だと知らなければ俺ってなんて幸せ者なんだと思うかもしれないけど今日のホラー演出で更にドン引きしてしまった。 家族の前でこいつが余計な事言わないように気を付けないと。




そして美咲はノリノリで俺の家に向かう。帰り慣れたいつもの道を慣れないこいつと歩くなんて不思議だな。 昨日の事がなければ今頃もう家に帰って風呂に入りいつもの如く響紀のウザいスキンシップを受けている頃だろうか。



遂に家に着き俺は若干緊張した面持ちでただいまと玄関を開けると父さん母さん響紀全員が俺を出迎えた。 その表情はこんな時間まで何してんだ? と言わんばかりだ。



「健斗! 一体こんな時間まで! …… ってあら? そちらのお嬢さんは?」



母さんが怒るのを辞め美咲に注目する。 母さんだけじゃなく父さん響紀も一斉に美咲を見た。



「こんな時間にごめんなさい。 私は足立君と同じ学校で同級生の美咲えりなと申します。足立君に不良に絡まれている所を助けてもらって…… そのせいで足立君泥だらけになっちゃって」




よくもまぁそんな嘘がペラペラと出て来るもんだ。 だけどこいつにしてはマシな言い訳だ。 そんな美咲から俺に家族は視線を戻し泥だらけの俺をジッと見つめる。 まぁそう見えなくもないかな…… なので俺も美咲の話に合わせる事にした。



「まぁそういう事なんだ、母さん悪いけど美咲に何か温かい物でも飲ませてやってくれないか?」

「え? あ、ああ、そうね。えりなちゃん、怖い思いしたのね、どうぞ上がって? 」

「お、お兄がこんな美人な人を助けたなんて……」

「奏、それとタオルも持ってきた方がいいな、えりなちゃんもびしょ濡れだ」



父さんにそう言われ母さんはせかせかと風呂場へ行きタオルを美咲に渡して紅茶を淹れた。



「いただきます」



余程俺が女の子の美咲を連れて来たのが珍しいのか家族一同美咲をジッと見ていた。



「ほぁ〜、えりなさんってやっぱり凄く美人……」



響紀は美咲に見惚れて間が抜けた声でそう呟く。



「健斗ったらいつの間にえりなちゃんみたいな子と仲良くなったのかしら? もしかして昨日帰りが遅かったのもえりなちゃんと居たから?」

「はい、足立君にもうちょっと一緒に居てくれって言われて……」

「ゲ、ゲフンゲフンッ! あれぇ? そうだっけ!?」



今までいい感じだったのになんでこいつは余計な事言うんだ!? 俺を困らせないと気が済まないのか?



「お兄不潔よ! えりなさんと何してたの!?」

「何もするわけないだろ!?」

「ま、まぁ奏と俺も高校生の時はこんな感じだったかもしれないけど節度は守れよ健斗?」

「いや、だから……」



もう嫌こいつ…… 美咲は紅茶を飲みながらこちらを向いてコソッと笑っている。 完全に俺をからかっていやがる。



「えりなちゃん可愛いから変な人に絡まれやすいのかもしれないわね、健斗じゃちょっと頼りないけどちょっとは役に立ったようでお母さん嬉しいわ」

「はい、足立君とても勇敢でした」




なんてうちの家族はチョロいんだ…… 美咲の嘘にまんまと騙されやがって。



「これからも俺が守ってやるって足立君に言われてなんて頼りになるんだろうって私感激しちゃいましたもん」



はぁ!? どこまでこいつは俺を都合よく使う気なんだ!?



「いいのよ、うちの健斗で良ければえりなちゃんのボディガードでもなんでも使ってあげて」

「え〜、私のお兄なのに!」



そうだ響紀! 美咲をギャフンと言わせてやれ! そう思っていると美咲は響紀の頭を優しく撫で「大事なお兄さんこんな時間まで借りてごめんね?」と言うと響紀は照れてどうぞお構いなくと言ってしまった。



どいつもこいつも美咲に騙されやがって。 美咲の言う通りだ、八方美人にはろくなのいねぇ……



「じゃあ私これで失礼します、紅茶ご馳走さまでした。とても美味しかったです」



美咲は深々と頭を下げお辞儀をした。 こういう所作だけ見てるとなんの文句もないのだがこれは演技だ。 騙されてはいけない。



「えりなちゃん、またうちに来て健斗の事や学校の事話してくれるかしら? この子思春期なのかなかなか話してくれないし」

「はい、喜んで」

「えりなさんまた来てね!」

「程々にしろよな」




美咲はとびきりの笑顔でそう答え俺の方をチラッと見て「またね、足立君」と言って帰っていった。 ようやく帰ってくれた。そしてうちの家族は騙されやすいという事が新たにわかった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る