第19話まいちゃんの悩み

まず、ノックする。

 コンコン。


「まいちゃんいる?」

 すぐに、いるよ、はいって、という声が聞こえた。


「お邪魔します」

 扉を開けてまいちゃんの部屋に入る。

 そこは六条一間の洋室で、白い部屋模様や、ピンクのカーテンやベッドに置かれているぬいぐるみ。赤いカーペントなど女の子らしい部屋だったが、だがその部屋にあるのは本棚や、テレビ、ps3

など、俺の部屋と基本的な部分は一緒だった。


 まいちゃんはちゃぶ台の前に座って、もう一つの座布団を指さした。


「座って」

「はい」

 素直に座る。


 しばらく沈黙が舞い降りる。だが、俺の中の決意は変わらなかった。

「あのさ!」


「私・・・・」

 だが、俺の口火を遮るように舞ちゃんが言った。その瞳はどこか虚だった。


「恋人がいるんだ」

「そう、なんだ」

 言われたほど、衝撃は大きくない。むしろ、何か犯罪的なものに関わってよかった安堵感が強い。


 しかし、恋人がいるのに、まいちゃんの表情は虚無だった。

 うまく行ってないのかな?


「なあ」

「うん」

「その恋人の話、聞いてもいいか?」

 まいちゃんは人形のように頷く。


「うん」

 俺は気にせずに言う。

「出会いは?」


「彼との出会いは大学時代。私、東京の大学に行っていたんだけど、彼も同じ大学生で、しかも、出身は同じ岡山だから盛り上がって、すぐに交際を始めたの。あ、彼の地元は倉敷なんだけど」

「うん」


「彼、話も面白いし、ギターがね、ほんとうまかったの。彼はよく、これで飯を食っていく。音楽界でトップクラスのギタリストになる、と言ってね。バンドを組みながら、いつも練習をしていた。彼は才能も溢れているし、努力も人一倍するから私本当に彼に惹かれて(ひかれて)いった」


「うん」

 今ので、大体の予想がついた。


「私、彼についていくつもりだったの。彼との将来も真面目に考えていた。でも、コロナ騒ぎで、全ておじゃん」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


「彼が予定の中に入っていた、ライブもほとんど中止。音楽教室のバイトもできない。それで、彼は失意のうちに地元の倉敷に帰っていったの」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・」


「それで私も彼の実家の倉敷にいたんだけどね。いつも、彼の愚痴(ぐち)を聞く羽目になるのよ」

「それは・・・・・・・・・・・・・・・」


「うん。わかってる。彼が一番辛い時期だから、私が支えないと、と思っているけど、でも、なんとなく嫌になってね。彼の毎日毎日の泣き言を励まして(はげまして)、私もかなり疲れ切っていたの」

「・・・・・・・・・・・・・」


「こっちに帰ってきたのは4月の終盤あたり。非常事態宣言が出るんじゃないかと言うくらいに帰ってきてね。彼は反対したけど、私が両親が心配だからと言うことを言ったら彼も引き下がったわ。それからずっと地元で暮らしている」

「旅行代理店を失職したのは?」


「あれは、本当。東京の旅行代理店で、やっぱりそこも経営的に苦しかったし、彼も音楽活動ができなくなったから、率先して退職した」


「そう、だったんだ」

「退職金はもらえたけどね。でも、今は彼との関係について悩んでる。ねえ、タカくん」


「うん」

 まいちゃんは虚な目で俺を見つめた。


「こう言う場合。恋人はどうするんだろう?私、彼のことを本気で愛していた。彼の夢を支えたいと本気で思っていた。彼が夢で挫折(ざせつ)することがあったら見守っていきたいと思っていた。でも、でも・・・・・・・・・彼が本当に失意のどん底にいる時、私、うざいと思ったの。彼のこと。私、情がないのかな?優しくないのかな?こんなことになる前は自分でもなんだけど、私、本当に愛情深い性格だと思っていたけど、でも、実際に恋人が挫折で苦しんでいるときに、本気でうざいと思ったの。だから、だから、私は・・・・・・・・・・・・」

 僕はまいちゃんの方にポンと手を置いた。


「まいちゃん」

「・・・・・・・・・・・・・・」


「自分を責めないで」

「・・・・・・・・・・・・・・・・」


「彼は多分勘違いしているんだよ。自分の恋人なら自分の口をいくらでも聞いてあげるものだって」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


「だから、彼の電話番号教えて。俺が注意するから」

「・・・・・・・・」

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