第17話 一件落着

 パトリックと彼の姉の目が合ったのはほぼ同時だった。

 彼の姉はアメリアのスカートから転げるように降りてきて、パトリックはパトリックで俺が降ろしてやると飛び出すように駆けだす。

 お互いに両手を開き、抱きしめ合おうとしたところでパトリックがつんのめる。

 しかし、姉がうまく彼を抱きとめ、事なきを得た。

 

「姉ちゃん!」

「パトリック。私……」

「無事でよかったよ!」

「うんうん」


 ほっとした安心感からか姉の目からボロボロと涙が流れ落ち、パトリックも彼女につられるように目元へ涙をにじませる。

 

「よかったね」

「だなあ」


 アメリアと並んで小人の姉弟をそっと見守る。

 ぎゅっとアメリアが俺の服を掴んできた。何かと思い、彼女へチラリと目を向けたら彼女の目から一滴の涙が流れ落ちる。

 

「もらい泣きしちゃった。よかったね、うんうん」

「パトリックも危ないところだったもんな。平和そうな小人の村にも存外危険が潜んでいるものなんだな」

「生活していくことは、どこでも大変なんだね」

「だから俺たちもアガルタに村人を集めようって決めたんじゃないか。みんなで協力すれば怖いものなんてないさ」

「うん!」


 笑顔を見せるアメリアは頬に流れる涙の跡を指先でそっと撫でた。

 ちょうどそこの頃、パトリックと彼の姉は抱き合うのをやめとことこと歩き始めた様子。

 俺たちの足元まできたパトリックは両手をブンブンと振る。

 大きさの差があるから、大きな仕草で分かりやすくってことだよな。彼の方が俺たちより体格差のことを意識してくれているようだ。

 

「姉ちゃんを助けてくれてありがとう!」

「無事でよかったよ。どこか怪我してないか?」

「大丈夫だって」


 ほらとばかりにパトリックが彼の姉の肩をポンと叩く。

 促された彼女は一歩前に出て、顔を上にあげる。

 対する俺とアメリアはその場でしゃがみ込む。それでも彼女を見下ろす形ではあるもののかなり近くなり、彼女の顔がハッキリと見える。

 

「ありがとうございます! 私はパトリックの姉で、えっと、ミーシャと言います。あ、あの。ランプシェードを作るのが得意です」

「俺はエリオット。エリオとでも呼んでくれ」

「わたしはアメリア。よろしくね。ミーシャちゃん」


 手を差し出すが、握手はもちろんできない。

 でも、しっかりと握手を交わしている気持ちでいる。

 

「あ、あの。ぜひ何かお礼をしたいのですが」

「兄ちゃんたちは僕も助けてくれたんだよ!」

「そうだったの!? パトリック! あなたも何か」

「でも、僕は姉ちゃんみたいに何かできるわけじゃないし……」


 二人が何やら言い合っているところ悪いが、口を挟ませてもらおう。

 

「いや、気持ちだけで嬉しいよ。パトリックには小人の村を見せてもらったし。とてもいい体験をさせてもらった。な、アメリア」

「うん! とっても素敵な村だったよ!」


 うんうんとアメリアと頷き合う。

 しかしそこで、俺はとあることを思い出したのだった。


「あ、でも、一つ、もしよかったらお願いしたいことがあるんだ」

「はい! 私とパトリックにできることなら何でも!」

「パトリックがさ。ミーシャが今日、パイを作るって言ってたことを思い出してさ。よかったら、俺たちにも食べさせてくれないかなって」

「私たちのサイズだと、エリオさんの小指の先より小さいですが、どうしよう。そんな大きなパイは作れないです」

「いや、小人サイズでいいんだよ。俺にはドールハウスという物の大きさを変化させる固有能力があってさ」

「そうなんですか! えっと、じゃあ、小人のパイでも人間サイズになるのです?」

「そそ」

「でしたら、お母さんに頼みます! お母さんのパイは絶品だってみんな言うんですよ!」

「そいつは楽しみだ。パトリック」


 ここでミーシャとの会話を切り、パトリックに呼び掛ける。

 

「うん?」

「さっき俺たちがいた場所で待っていてもいいかな? もう一度、岩壁を変化させちゃうけど」

「うん。大丈夫だよ! そのまま、朝までそこですごしてくれてもいいよ! だって、エリオたちは僕達の恩人なんだもの。他のみんなも邪魔にはしないよ!」

「ありがとう。じゃあ、ありがたく」


 そんなわけで、小人のパイを頂くべく再び小人の村コンチュへ戻ることとなったのだった。

 

 ◇◇◇

 

 例の洞窟入口近く、のどかな畑付近でアーチに寝そべり待っていたら、ズズとゴゴに乗った二つの三角帽子が訪ねてくる。

 一人はパトリック。もう一人は長い髭を生やした中年の男に見えた。

 小人の年齢はよく分からない。若いのかもしれないし、存外老年期に入った人なのかも。髭の色からは判断が付かないのだよな。

 パトリックもそうだが、小人の人たちの髪色はみんな淡い色をしていている。

 パトリックは白っぽい金色で、ミーシャは銀色に少し金色が混じった感じだ。彼が連れてきた男もまた白っぽい金髪をしていた。

 

「兄ちゃん! 父ちゃんが挨拶したいって!」

 

 ゴゴの上から手を振り、パトリックが元気よく呼びかけてくる。

 ゴゴとズズから降りた二人のうち、男の方が俺に向けペコリとお辞儀をする。

 

「パトリックの父のハンスです。このたびは息子と娘の二人を救っていただき感謝いたします。私でも何かお手伝いできることがあればと思い」

「ハンスさん。俺はエリオットです。小人のパイを頂けるので、お礼ならそれで十分です」

「それでは余りに……」


 逆に困らせてしまったか。

 何か話題を変えて……お。

 

「ハンスさんは、小人の村で何をされているんですか?」

「大工をやっております」

「大工!」


 思わず叫んでしまった俺にハンスだけでなくパトリックとアメリアまでもビックリさせてしまったらしい。

 だって、大工だよ。大工。

 職人さんは喉から手が出るほど村に来ていただきたい人材だろ?

 小人の大工なんてとても素敵じゃないか。

 もちろん、彼を無理に誘うつもりはない。コンチュ村ののんびりとした様子を見ていたら、ここでの暮らしに不満なんて持たないだろうから。


「で、では。一つ、そこまでの手間にならなければ、お願いがあります」

「何でもおっしゃってください!」

「少しお待ちを」


 小さくした馬車を少しだけ大きくして、馬車窓から手を突っ込み宝箱から箱を一つ取り出す。

 パカリと箱を開けると、中にはアメリアの村から回収した家屋がぎっしりと詰まっていた。

 

「これ、私の村の」

「そそ。燃えてしまった家屋の中でも軽微なものだったら、ハンスさんに修理してもらえるかなって」


 口元に微笑みを浮かべ、親指を立てる俺であった。

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