第11話 三角帽子

 馬車の横扉を開けると、小人の少年を寝かせたベッドの布団が動いた気がした。

 ベッドの脇では変わらず長い毛をしたネズミがヒクヒクと鼻をふるわせている。

 

「あの子がいない?」


 アメリアがベッドで寝ていたはずの少年の姿がないことに眉をひそめた。

 いや、いるだろ。

 布団が膨れてるじゃないか。

 

「おーい、何も危害は加えないから出てきてくれないか」


 布団から三角の帽子だけが顔を出す。

 しかしすぐに、布団の中に引っ込んでしまった。

 

「何かするつもりなら、わざわざベッドに寝かせないだろ。それにペットも放置してここから立ち去ったりしないって」


 うーん。

 反応が無い。どうしたもんかな。

 首をもたげていると、アメリアが膝立ちになりベッドに向け柔らかな声色で問いかける。

 

「どこか痛いところはない? 体が痺れたりとかしていない? これからポーションを作るから待っていてね」


 アメリアはそれだけを告げると、そのままの姿勢で顔を上にあげた。

 

「エリオ、私の道具を元の大きさに戻してくれるかな」

「分かった」


 彼女の薬師としての仕事道具であるすり鉢を床に置き、元の大きさに戻す。

 重たいので床のクッションに沈み込んではいるが、すりこぎ棒でごーりごりしてもゆらゆらゆれてすり潰せないってこともないだろう。

 

 アメリアはすり鉢の前でペタンと座り、小袋からさきほど採取した二品を取り出す。

 少量だけ摘まんですり鉢の中にキノコとコケのようなものをすり鉢に放り込んだ彼女は両手ですりこぎ棒を握り手を動かし始めた。

 

 ほうほう。

 ゆっくりとゴリゴリするんだな。

 

 その時、小さな物音が響く。

 テーブルの上にあるコップが少し動いた時くらいの小さな小さな音だ。

 

 音のした方向へ目をやると、小人の少年がベッドの枠に手をかけ、こちらの様子をじーっと伺っていた。

 彼と目が合うと、ベッドの枠の中へ頭を引っ込めてしまう。

 

「今の音って、あの子が喋った声なのかもな」

「小さすぎて聞き取れなかったよお」


 作業の手を止めぬままアメリアが俺の言葉に続く。

 俺たちの声は大きすぎて何を言っているのか聞き取れない可能性もあるな。

 あらかじめ心の中でドールハウスの発動を念じ、声を発する。

 

「俺はエリオット。君が木の洞のなかで蜘蛛の糸に絡まっていたからここまで連れてきたんだ」


 よし、うまい具合に声が小さくなり、小人の少年の元へ届く。

 すると、彼はベッドの上で立ち上がって口をパクパクさせた。

 この音に対し大きくなれと念じる。

 

「あ、あの。僕の声が聞こえる?」

「バッチリだ。そうかそうか。声が大きすぎて耳を塞いでいたんだな」

「助けてもらったのに、潜りこんじゃってごめんね」


 小人の少年とのやり取りは先ほどと同じように、声の拡大と縮小を利用している。

 

「僕はパトリック。コンチュ村から採取に出かけたところを、蜘蛛に」

「村はこの近くなのか? 遠いなら送るけど」

「そんなに遠くないんだ。助けてくれてありがとう!」

「村の場所は教えてもらわなくていいし、後をつけないから、何か村で扱っている工芸品とか珍しいものとかないかな。買い取らせて欲しい」

「うーん。僕には何が珍しいのか分からないよ。エリオが自分の目で見てくれないかな?」

「え、いいの?」

「なんで?」


 おいおい。いいのかよ。

 突然知らない者に村を教えちゃって。小人の村なんだろうから、俺みたいな人間が来て荒らされたりとか考えないのかな。

 ……いや、その考えが毒されているってことか。

 きっと小人たちは牧歌的で悪意なんて蚊帳の外の暮らしをしているんだろう。

 

 あああ。人間社会って嫌だねえ……なんて思いながら、「ははは」と乾いた声が出た。


 ちょんちょん。

 変な笑い声を出している俺の肩をつんつんしたアメリアが耳元へ口を寄せ囁く。


「ねね」

「あ、大丈夫だよ。普通に喋ってもらって」

「で、でも。私の声、大きいんだよね」

「さっきの会話で声の大きさ調整に慣れたから、大丈夫だよ」


 彼女の肩を掴み、ほらといわんばかりに小人の少年パトリックの方へずずいと押しやる。


「私、アメリア。パトリックくん、よろしくね」

「うん。アメリア。その大きなすり鉢に入っているものは?」


 小さな鼻をひくりとさせ、鼻に指先を当てるパトリック。彼の姿に合わせるかのように長い毛をしたネズミも鼻をヒクヒクさせた。


「あ、すごい臭いだよね。ごめんね」


 わたわたとすり鉢を持ち上げようとするアメリアに、俺だけじゃなくパトリックまで待ったをかける。

 

「くさいってことじゃあないんだ。その匂い、ムーアおばあちゃんのところでかいだことがあって」

「ムーアおばあちゃん?」


 アメリアが問い返すと、パトリックは鼻を指先でさすり言葉を返す。

 

「うん! おばあちゃんはお腹が痛くなった時とかに薬草を煎じてくれるんだよ」

「薬師さんだったんだ」

「うん。それで、お姉ちゃんがやろうとしていることが分かって、布団から出てきたんだよ」

「そうだったんだ。どこも痛くない? シビレていたりしない?」

「うん。平気だよ。ありがとう」


 パトリックはどんと胸を叩き、へへんと顎をあげおどけてみせた。

 なるほど。匂いで出てくる気になったのか。

 彼からしたら巨人が二人やってきたわけだものなあ。いくら自分を助けたかもしれないと思っていても、声が大きすぎて何を言っているのか分からないし何よりうるさすぎて耳が痛いだろう。

 

「お手柄だな、アメリア」

「え、私は何も」

「アメリアの気持ちが俺たちを繋げてくれたんだよ」

「そ、そうかな。何だか嬉しい」


 えへへとはにかむアメリアにパトリックが両手をぶんぶんと振りグッと腕をつきだす。

 なんだこの、ほんわかする光景は。

 自然と口元が緩んでくる。

 それに気が付いたアメリアがパタパタと火照った自分の頬をあおぎ、「あ」と声をあげ胸の前で両手を合わせた。

 

「パトリックくん、喉が乾いてない? ずっと眠っていたし」

「水ならここに」


 腰に手をあて、あれと首をかたむけるパトリック。

 水袋か何かを落としたのかな。

 

 その様子をみたアメリアが「へへーん」と一枚の葉っぱを指先で挟み、前にかかげる。


「この葉っぱに水滴を落とせば、丁度いいんじゃない?」

「へえ。それで葉っぱを持って帰ってきたのか」

「うん」


 アメリアは葉っぱの上に水滴を垂らし、パトリックのベッド脇に置く。

 彼にとっては水滴でもコップ一杯分くらいの水量になるようで、両手で水滴をすくって水をごくごくと飲んでいた。

 ん? 能力を使ってコップをちょうどいいサイズにしたらいいんじゃないかって?

 それはその通りなんだけど、アメリアの機転に対しパトリックも不満を示してないしここは黙っておいた方がいいだろう。

 二人とも笑顔だしさ。やっぱりほんわかする。この二人のやり取りって。

 

「お姉ちゃん、あと、兄ちゃんもありがとう。顔も洗えてさっぱりできたよ!」

 

 ぴょんとベッドから飛び降りたパトリックがペコリと頭を下げた。

 そんな彼に鼻先を寄せてきた長い毛のネズミに対し、彼はよしよしと顎下を撫でる。


「そいつはパトリックのペットなのか?」

「うん。こいつはアンゴラネズミのズズ。結構力持ちなんだぜ」


 そう言ったパトリックは長い毛のネズミことアンゴラネズミのズズにヒラリと飛び乗った。

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