第7話 出発!

「あったよ! 陶器だから燃えてなかったみたい」


 アメリアがえへへと見せてくれたのはすり鉢のセットだった。小鍋ほどの大きさだったけど、彼女の両肘がプルプルしていることから結構な重さがあるのかなと思う。

 美しい赤い髪を煤で汚した彼女の顔には悲壮感はない。それどころか、嬉しそうに目を輝かせているではないか。

 

「(すり鉢を)持ってみていい?」

「うん」


 すり鉢を受け取ったら、予想通りズシリとくる重さだった。

 付属の乳棒は、磨かれた白い石でできている。これはこれでゴリゴリする時、腕力を使いそうだ。

 

「本当によかった。これがちゃんと焼けずに残っていて」


 すり鉢を見つめる彼女の目に僅かな寂しさみたいなものが混じっている気がした。

 すり鉢をミニチュア民家を置いている布の上へそっと置くと、彼女がその場でしゃがみ込みすり鉢を指先で撫でる。

 

「これね、お爺ちゃんの残してくれたものなの」

「とても大事なものだったんだな……」

「うん。だから、嬉しかったの。他は殆ど焼けちゃったけど」

「これから、これから始まるんだ。だから」


 アメリアは外に出ることができない体になっていた。

 ここを拠点に村作りをする目的は変わっていないが、彼女もまたアガルタこの村の成長とともにいろんな思い出のアイテムを手に入れていって欲しいと願う。

 無くなったものを取り戻すことはできないけど、それ以上にたくさんのものをこれから手に入れればいいんだ。

 

「うん! エリオと一緒にいっぱい思い出を作るんだ」

「お、おう」


 立ち上がってはにかむ彼女にドキリとした。

 彼女の目には悲壮感はなく、これからの旅路に想いを馳せている様子。

 ぎゅっと手を握りしめた彼女の強い瞳に吸い込まれそうになってしまう。

 

「そ、そういや。薬草を道すがら集めるってすぐに見つかるものなのかな?」


 頬が熱くなってしまった自分を誤魔化すように話題を変える俺。

 でも、彼女は特に気にした様子もなく言葉を返してくる。

 

「大丈夫だよ。エリオみたいに規格外じゃないけど、私には『目』があるから」

「アメリアも『固有能力持ち』だったんだな」

「うん! お爺ちゃんと同じ目を持っているの。薬草、毒草……みたいなものに色がついて見えるの」

「おお。それはもう薬師になってくれと言っているような固有能力だな」

「えへへ。何だかエリオに言われると嬉しいな!」


 ちょ。そんな勘違いさせるようなセリフを言うもんじゃないぞ。

 見た目からして彼女は俺と同じ人間だと思う。だから、見た目通りの年齢だとして……俺より少し下くらいなんじゃないかな。

 何が言いたいのかと言うと、彼女は幼い子供ではないってことだ。それなのに、さっきのセリフといい、下着が見えちゃうことも気にしていない無防備さといい少し心配になってくる。

 彼女曰く、「長い間この村で一人だった」のだから仕方ないのかもしれないけどさ……。


「そういやアメリア。一つ聞いていいかな」

「うん!」

「長い間、ずっとこの村に一人だったって」

「うん、もう十二年? だったかな」


 なるほど納得だ。彼女は小さな子供の時からここで一人ぼっちになっていたのか。

 でも……。

 

「そんなに長い間、誰とも会う事なく一人だったんだ……」

「稀に村を訪れる人はいたよ。冒険者さんが多かったかなあ」

「ずっと一人じゃなかったんだな。少しだけ、ホッとした」

「エリオが気にすることじゃないのに。もう慣れていたんだよ。だから、エリオが気に病むことなんて何もないんだから」

「暗い話になっちゃってごめんな」

「ううん。ここで暮らしていたからエリオに会えた。だから、ね。うん!」


 アメリアは暗い空気を払うかのように、その場で跳ねて両手を握りしめぐぐっと前後に揺する。

 子供っぽい仕草だったけど、彼女の気遣いに胸が暖かくなった。

 かなわないなあ。ほんと。彼女は強い。一人ぼっちでも火災があっても、すぐに切り替え本当に楽しそうな笑顔を見せることができるのだから。


「よおっし。このすり鉢も家も小さくして収納して、準備完了だな!」

「完了したら、いよいよ出発だね!」

「おう! 出発だ」

「手伝うね」


 布に広げたミニチュアサイズの家を片づけ始めるアメリア。

 しばしの間お別れだ。虹がかかる村(予定)のアガルタよ。


 ◇◇◇


 御者台に二人で並び、ぴょこぴょこしている白銀の尻尾へ手を伸ばす。

 尻尾はもちろんフェンリルのアーチのものだ。

 手を伸ばすも、距離がありすぎて届かなかった。

 馬車は通常の馬車と少し作りが異なっており、台車に近い。

 横棒に革紐を括りつけ、アーチに繋いだ形だ。

 馬一頭だとこの馬車は引けないほど重量がある。だけど、アーチなら楽々動かせてしまうんだ。

 フェンリルは高さこそより少し低いが、全長なら馬より一回り以上大きい。

 腕力は馬と比べ物にならないほどあるから、背中に二人乗ってもスピードを落とさず走ることができる。


「行くぞ、アーチ」

「うおおおん」


 俺の合図に対し、アーチが首をあげ元気よく吠えた。


「きゃ」


 馬と異なる加速具合にバランスを崩したアメリアは、前のめりになり腰が浮く。


「おっと」

「あ、ありがとう」


 彼女が御者台から落ちぬよう、右の二の腕を掴み引っ張り上げた。

 だけど、思った以上に彼女が軽くて俺の胸に彼女の体がぶつかってしまう。

 

「慣れるまではしっかり掴まっていた方がいい」

「うん」


 御者台の枠をって意味だったんだけど、アメリアは体を横に向けひしと俺の腕を両腕で掴む。


「まあ、この方が安心か」

「ま、まだ、はやくなるのかな……」


 考えていることをそのまま呟いてしまったけど、アメリアは俺の言葉など耳に届いていない様子。

 余程びっくりしているのか、手で掴むだけじゃなく体ごと俺の体にしがみつくようになってしまった。


「大丈夫。これ以上速度をあげると馬車が横倒しになってしまうから」

「う、うん」


 これじゃあ、薬草を見ながら馬車を走らせることは難しそうだな。

 彼女が慣れるまでは少し速度を落とそう。

 蒼白になっている彼女へくすりと笑いかける。

 

「アーチ、ゆっくり行こう」

「わおーん」


 馬車と同じくらいにまで速度を落としたアーチが、グルグルと喉を鳴らしていた。

 これくらいだと、彼にとっては散歩みたいなもんだからな。グルグルは人間でいうところの鼻歌みたいなもんだ。

 天気もいいし、細いながらも土を踏み固めた道は通行に支障はない。

 左右には木々が生い茂り、時折鳥のさえずりや虫の羽音なんかが聞こえてくる。のどかでそれに加えポカポカ陽気が追い打ちをかけ、眠くなってくる。

 モンスターの気配もないし、こういう旅路なら大歓迎だな。うん。

 

 ついつい、ふああとあくびが出てしまう。

 アメリアもようやく慣れてきたようで、俺から体を離し周囲の風景に目を向けはじめた。

 初めて見る外の光景に彼女は目をキラキラと輝かせている。


「ふわあ。外に出たんだね」

「だな。馬車に乗ったことも無かったのかな?」

「うん。初めてだよ! アーチってとても力持ちなんだね。ビックリしちゃった」

「馬二頭より力があるんじゃないかな。アーチは戦いも強いんだぜ」

「カッコいいし、馬車も引ける、それにモンスターからも守ってくれる、モフモフしているし、もう魅力的過ぎて、何といったらいいか」


 チラリとアーチに目を向けブンブン首を振ったアメリアが彼に熱視線を送った。

 だけど、彼女は外の景色の方が気になるようですぐに彼から目を離す。

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