第5話 灯台下暗しとはこのことだ

「な、何だと……」


 思わず声が出てしまった。

 朝食を終え、アーチの餌を取りに馬車入ったんだ。

 馬車から出てきて、丸太の家の方角が自然と目に入るじゃないか。

 したらだな……。


 空に虹がかかっていたんだよ!

 方角は村の入り口を背にして広場から先を見た感じになる。そこに綺麗なアーチを描いた虹がかかっていた!

 

「いや、しかし……どこでも虹がかかることくらいあるはずだ」

「あ、あの。エリオ」


 雨上がりや雨が降りながら雲の合間から光が差し込むと虹が出ることくらい、俺だって知っている。

 何度も虹は見た事があるからな。

 でも、空は雲一つない晴天。こんなことってあるんだろうか?


「たまたま、虹が見えただけだよな?」

「そうじゃないの。翌朝楽しみにって言ったのを覚えている?」

 

 口元に指先を当てたアメリアが首をかしげる。

 そう言えば、彼女は「明日までのお楽しみ」って言っていたよな。てっきり家のことだとばかり思っていたんだけど。


「まさか、ここが虹のかかる土地『アガルタ』なのか?」

「分からないわ。あなたの探している場所とここが一緒なのか。でも、真っ暗じゃない時は虹がいつも出ているの」

「おお。そうか、ここが」

 

 なるほど。お楽しみの内容は「虹」のことだったってわけだ。

 俺は辿り着いていたのか。

 虹のかかる土地「アガルタ」に。今思うとシリウスにそれとなく誘導されていたのかもしれない。

 彼は大魔術師と言われるだけに博識なんだけど、「教えてもらうだけじゃつまらない」とか言って知っていても迂遠な物言いをするんだよな。

 だけどそれとなーく、深い森の奥だとか大陸北西部とかヒントになること呟くんだ。俺に聞こえるようにね。

 

 それはともかく、馬車の上まで跳躍し両足でしっかりと馬車の天井を踏みしめる。

 虹だ!

 女神像の彫られた岩があった森の向こうから荒れ果てた民家をまたぎ、反対側の丘陵まで上空に虹の橋が架かっていた。

 ここに立ち並ぶ素敵な家、市場、そしてお城を想像し口元がにへええっと開く。

 続いてすううっと息を吸い込み、両手を開いた。


「ここだ! この廃村から理想の街を作ろう! 虹がかかるこの大地で!」

「うおおおおん」


 力の限り叫ぶとアーチも俺につられてか遠吠えした。

 いつの間にか俺の隣で立っていたアメリアが首を少し横に倒し笑みを浮かべる。

 

「私も手伝わせてね!」

「もちろんだよ。助かる」

「頑張ろうね」

「おう。行商をしつつ、この土地……アガルタの設備を整えよう。住んでくれる人がいたらアガルタに誘おう」

「どんな人を誘いたい? 私はテイラーさんとかがいいな」

「そうだな。まずは大工! 家を修繕したいじゃないか。それから、鍛冶屋、服屋、道具屋……あああ。もういっぱいで迷うな」

「あはは。楽しみだね」


 右手を差し出すと、アメリアが力強く握り返してきた。

 今はまだ俺とアメリア、アーチしかいないから、アガルタと名付けたもののまだ村とも呼べないものだ。だけど、きっとここがいずれアガルタ楽園になる事を信じている。


「どうしたの?」


 思い出したようにポンと手を叩く俺にアメリアが首をかしげる。

 アーチに餌を与えてないじゃないか。俺とアメリアだけ食べて、夜も見張りをしてくれていた彼を放置とは我ながら酷い……。

 

「肉を取ってくる」

「うん! きゃあ」


 ひょいっとアメリアを抱え、馬車の下に飛び降りた。

 その場で彼女を降ろすと、アーチが彼女の隣でお座りする。

 

「すぐ戻るからな、アーチ」

「はっはっ」


 舌を出して顔をあげるアーチの姿は、狼や犬のようだった。

 彼が素直に餌を待つ姿は戦いの時の勇壮さと違い、穏やかで人懐こい。この顔がアーチ本来の姿だ。

 彼は必要に迫られない限り、咆哮なんてあげないしグルルルと街の人を威嚇することもない。相手が敵意を持っていたら話は別だけど。

 

 馬車に入り、昨日狩猟し血抜きをしただけの肉を取って戻る。

 肉は布で包まれているが、手のひらに乗るくらいの大きさだった。

 

ドールハウス体積自在


 包んだ布ごと中の肉まで、一抱えくらいのサイズに変わる。


「アメリア」

「うん!」


 肉を受け取ったアメリアが地面に肉を降ろして包みをゆっくりと取り払う。

 肉を前にしてもじーっと肉を見つめるだけで、「待て」をしているアーチの頭をアメリアが撫でる。

 

「アーチ、どうぞ」

「うおん」


 アメリアの声に反応し、アーチがガツガツと肉を食べ始めた。

 

「アーチって賢いんだね」

「言葉こそ喋れないけれど、アーチは人間に近い知性を持っているんじゃないかと思っているんだ」


 アーチの背中に手を伸ばし、ふかふかの白銀の毛皮に指を埋めるアメリアへ親指を立てる。

 そのまま頬をアーチの毛に埋めるアメリアは幸せそうにほうと息を吐いた。


 アーチの食事が終わった後、丸太屋根の家を固有能力で小さくして回収する。

 お次はっと……村の様子を見やりながら固有能力の適用範囲を頭の中で浮かべた。

 うーん、こんなもんかな。

 

ドールハウス体積自在


 炭化してしまった民家も含め全てが手のひらに収まる大きさに縮小される。


「全部一気に小さくできるんだ!」

「うん。見える範囲じゃないとダメだけどね」


 馬車の上であぐらをかいた俺は、立ったまま目を見開いているアメリアに言葉を返した。

 

「一旦全て持って行こう」

「置いていってもよかったん……あ!」


 どうやらアメリアも気が付いたようだな。


「他の村や街で修繕してくれる大工がいたら、頼みたいと思ってさ。焼けちゃった家は無理そうだけど……」

「すごいね! こんな使い方もできるんだ」

「そそ。行商で使う商品も全て縮小して馬車の中に入れているんだよ」

「そうなんだ。元々この村には仕入れのために来たの?」

「うん。仕入れと販売のつもりだったんだけど、炎竜が見えてさ、急いでここまで来たってわけなんだ」


 肩を竦め、「よっ」と声を出し一息に立ち上がる。

 

「ねえ。エリオ、この辺りってどんなところなの?」

「お、そうだった! 後で説明しようと思っていたんだよ。代わりといってはなんだけど、アガルタのことを教えてくれないか」

「うん。アガルタって。もう名前を付けちゃってるんだから。あはは」

「さっき付けたじゃないかあ」


 お互いに腹を抱えて笑った後、俺から先に周辺地域について説明をはじめる。


「今俺たちがいる場所は、ざっくりと言うと大陸の北東部にあたる」

「大陸?」

「うん。これ見てみ」


 懐から小さな小瓶を取り出し、アメリアに見せた。

 小瓶の中には小指ほどの紙片が入っている。小瓶の蓋をきゅぽんと外し、紙片を取り出す。


ドールハウス体積自在


 固有能力の解放と共に、紙片が横80センチ縦60センチほどに大きくなり紙に描かれた地図が露わになる。

 アメリアはすぐに興味津々の様子で地図を覗き込んできた。

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