〇前章『匣庭の鬼』編 あらすじ
※前章『匣庭の鬼』篇のネタバレを含みます。
『満ち足りた暮らし』をコンセプトとして発展を遂げてきたニュータウン、満生台。
巨大な医療センターの設立を機に人口は増加していき、世間からの注目も集まり始めていた。
一年前にその街へ引っ越してきた少年、真智田 玄人は、二週間後に稼働を迎える街の新たなシンボル、『満生塔』という名称の電波塔に思いを馳せつつ、同じ学校の親友である仁科 龍美、義本 虎牙、久礼 満雀の四人とともに日々仲良く過ごしていた。
四人は大人たちには内緒で、街の北にある山中に秘密基地を作っており、そこでEME――月面反射通信の無線通信装置を作製するのを密かな楽しみにしていた。装置は順調に改良されていき、電波を受信できるまでになる。四人は自分たちの功績を喜び合い、更なる改良に燃えていた。個人差はあれど。
そんな折、玄人は龍美から鬼封じの池と呼ばれている、山中に存在する池への探検を提案される。満生台はその昔、三鬼村という名称であり、三匹の鬼が人々を祟るという伝承があったのだ。鬼と名のついた池、それも立ち入りを禁じられた場所。子供たちにとって好奇心の対象となるのは当然とも言えた。
病弱な満雀は誘わず、玄人たちは三人で鬼封じの池へ探検に向かう。彼らはそこで、謎の廃墟を発見した。
内部を調査した彼らは、その怪しい雰囲気に言い知れぬ恐怖を感じる。そして、場違いな地下室の中で白骨死体を発見するに至り、恐怖は極限状態となって、探索は中断された。提案者の龍美は申し訳なさそうに謝り、玄人と虎牙は慰めるしかなく。八〇二という謎の数字が記されたその廃墟については結局何も明らかに出来ぬまま、三人は帰るしかなかった。
期末試験が始まるころ、電波塔稼働に関する住民への説明会が開かれる。街の行政を担う永射 孝史郎により、電波塔がもたらす街へのメリットが語られるが、そこに古くからの住民である瓶井 史が電磁波により身体へ悪影響が及ぼされる可能性を指摘。論争の果てに彼女は「鬼が祟りますよ」と、伝承を持ち出し永射に脅しをかける。永射は非科学的な話を持ち出さないで欲しいと流すが、説明会は微妙な空気で幕を閉じることになった。
その日の夜。降り出した雨を気にして窓を眺めた玄人の体に異変が起きる。動かなくなる足。聞こえてくる鬼の声。そんなことあり得ないと否定しながらも、心の中では鬼の祟りという瓶井の言葉がずっと残り続けていた。
そして翌日。登校した玄人は、虎牙がやって来ないことに気付く。教師である杜村 双太にも連絡は入っておらず、玄人たち三人は彼の安否を心配する。
学校に電話が入り、虎牙からの連絡かと安堵したのも束の間、その電話は永射が行方不明になったことを知らせるものだった。彼の行方を確認している最中とのことで、杜村も試験が終わればそれに加わることを生徒たちに伝える。生徒たちは穏やかならぬものを感じながらも試験に臨んだ。
試験終了後、学校に再度電話が入り、それを受けた杜村はすぐ生徒を帰らせ、自分も急いで学校を出た。玄人も下校することにしたのだが、その途中で傘を差さずに走る怪しい人影を発見、気になって後を追う。
人影は鬼封じの池へと向かったように思え……池まで辿り着いた玄人は、そこで恐ろしいものを目の当たりにした。
それは永射孝史郎の、水死体だった。
近くに住む虎牙の保護者、佐曽利 功に助けを求め、病院に勤務する満雀の父、貴獅と病院長の牛牧 高成が検死にやって来る。混乱する状況の中、瓶井が現れ再び『鬼の祟り』を持ち出す。
これは水鬼の祟りなのだ、と。
ただ、現場検証を行った玄人は、永射が転落したと思われる場所に、二つ分の靴跡があるのを発見する。事故か事件か、玄人は頭を悩ませる。
また、永射の水死と同時期に、隣町へ繋がる唯一の道路も土砂崩れによって塞がってしまっていた。復旧には一週間以上かかるだろうということで、貴獅は警察と工事業者、どちらも手配しておくと告げる。
増大していく鬼の恐怖。玄人は瓶井の言う『三匹の鬼の伝承』が気になり、瓶井に伝承について教えてもらうことにする。
そこで聞かされたのは遥か昔、戦前の話。三鬼村には三匹の鬼がいて、信心を忘れた者を懲らしめる、というもの。それが原型となり、戦時中の災害・食糧難という時代背景により肉付けされ、鬼一匹一匹に対して『人を苦しめる出来事』が当てはめられていったというものだった。
水鬼は水害。餓鬼は飢饉。そして邪鬼は、苦しみにより人々が狂い果てるという終末。伝承の締め括りは、『赤い満月が昇るとき、村は全ての鬼に祟られ、狂い果ててしまうだろう』とされていた……。
人々を狂わせる鬼の伝承に、玄人の恐怖は結局消えることはなかった。そしてその帰り道、更に事件が発生する。
永射邸が火事に見舞われたのだ。
主の死んだ邸宅、過失で火事が起こる筈もなく、これは放火なのではと玄人は推測する。
龍美や満雀とも知恵を絞り合い、事件の推理をしてみるが、情報が少なすぎ、道筋すらも見えてはこない。
街の住民たちからも色々な話を聞き出そうと試みるも、事件の鍵となるようなものは少なかった。
形の掴めない事件に、焦りを感じ始める玄人。そこに、再び鬼の声が響く。
激しい頭痛と、『殺す』とも聞こえる鬼の声。
玄人は怯えながら、夜を過ごす。
そして翌日。満生台で第二の死が顕現した。
火事によって全焼した永射邸で、病院の看護師である早乙女 優亜が殺されていた。
死体の状況は、内臓が引き摺り出されるという惨たらしいもので、現場の壁面には血の手形までもが残されていた。
今度の事件は、明らかな殺人である。そのことはもう、誰も疑いはしなかった。
遺体の回収にきた病院の人たち、また集まってきた野次馬たちに、瓶井はまた、鬼の祟りによって引き起こされた事件であることを誇張する。永射の死は水鬼、早乙女の死は餓鬼を象徴する事件であり、これは警告なのだと。
早乙女は杜村の幼馴染であり、杜村は彼女の死に大きなショックを受ける。玄人の慰めによりある程度気持ちを持ち直した彼は、検死のため病院へ戻っていくが、そこで貴獅が警察を呼んでいなかったという事実が発覚。それと同時に外部への通信が全くできなくなっていることも判明し、街が物理的にも間接的にも鎖されてしまう。
日に日に募る不安。心の拠り所でもあった友人たちも、次々と消えていく。
翌日には龍美までもが行方不明になり、満雀は病状が悪化し学校へ来れなくなった。
とうとう自分一人になってしまった玄人は、それでも事件の真実を知りたいのだと、捜査を続ける。
早乙女の殺害現場と、土砂崩れの現場を捜査した彼は、杜村と情報共有を図るために病院へ。
分かったことは、死因と手形が犯人の付けたものだという事実程度だったが、これからも事件解決に向かうよう、頑張っていこうと確認し合う。
その帰り。院内に突如ブザーが鳴り響き、発生源の病室に駆け付けると、入院患者の蟹田 郁也の呼吸器が外されているのを発見。犯人の姿を見つけ、屋上まで追いかけると、それが病気がちで精神疾患も抱えているクラスメイト、河野 理魚であることが分かる。
どうしてこんなことをしたのかと問い詰めようとする玄人。しかし河野は、何も言うことなく自ら病院の柵を越え、地面に転落していった……。
河野の姿に、かつて自殺した自身の妹の姿を重ね、トラウマが蘇り意識を失う玄人。彼は元々孤児であり、それを知った妹が交際を迫ってきて、玄人の拒絶に絶望して自ら命を絶った、という過去があったのである。彼が満生台にやって来たのもその事件のため。体と心に大きな傷を負った彼は、都会の喧騒を離れ満生台へ移り住んだのだ。
目が覚めると、玄人は病院の病室にいた。丸一日眠っていたと杜村に聞かされた彼は、蟹田と河野の容態を見届けた後帰宅する。
過去とはもう訣別したのだと、自分の心に言い聞かせながら。
連鎖する事件の中、電波塔稼働の日は前日にまで迫っていた。
住民たちの眼が赤く充血しているという父の目撃証言に、赤い満月という伝承を想起し怯える玄人。
いなくなった仲間たちが恋しくなり、彼は山中の秘密基地へと再び足を運ぶ。
そこで通信装置を起動させると、誰かの使用履歴があることに気付く。
不審に思う彼に、名前を呼ぶ声がして……振り返るとそこには、虎牙の姿があった。
虎牙や龍美が事件に巻き込まれたことは仄めかされるものの、玄人に対して具体的なことは教えてくれない虎牙。
それを彼の優しさだと受け取り、必ず帰ってこいという約束を条件に、何も聞かないことを玄人は決めた。
再び姿を消す虎牙。玄人は、自分にもできることはないだろうかと考え、通信装置で外部に助けを求めるメッセージを送る。
それが本当に届くのかは分からなかったが。
秘密基地からの帰路。電波塔稼働式典の準備を中央広場で進めている杜村に会い、話をしていると、そこに大きな地震が発生した。
地震は山間部の土砂崩れを引き起こし、電波塔付近の地面を抉っていった。
幸いにも電波塔や付近にある観測所までは崩れなかったが、あまりの不吉さに、玄人は明日の式典が本当に無事に終わるのだろうかと危惧する。
そうして――八月二日。とうとう電波塔稼働の日が、やってきた。
電波塔稼働式典に対し、反対デモを企てる住民たち。
その住民たちの眼が赤く染まっていることを、玄人もまた確認する。
血走った眼が恐ろしくなり、逃げ出す玄人。
秤屋商店まで逃げたとき、店主の秤屋 千代に、彼の眼も赤く染まっていることを告げられる。
玄人は訳が分からなくなり、当てもなく街中を駆け回った。
そこに、立ち塞がる人影。
彼の前に現れたのは――鬼だった。
ついに鬼が降臨したのかと絶望する玄人。
しかし、そこで鬼は『満雀』の名前を口にした。
満雀が狙われていると確信した玄人は、鬼から満雀を守ろうと病院へ走る。
院内に突入した玄人だが、満雀の姿はどこにもない。
居住スペースや立入禁止の区画も調べて回るが、彼女のいる痕跡すら見当たらなかった。
探し回った果てに、玄人は鬼に追い詰められる。
鬼が近づけば近づくほどに頭痛が酷くなり――彼の意識は、とうとう途絶えた。
死を覚悟した玄人だったが、彼は生きていた。
目を覚ました彼は、痛みとともに起き上がり、状況を確認する。
すると、自分の周りに血だまりが出来ていて。
目の前に、貴獅のバラバラ死体があるのを発見した……。
真っ赤な涙。
玄人は鬼の祟りの全てを受け入れ、ゆっくりと街を彷徨い歩いていく。
そして、赤い満月の昇る夜。
満生台は狂い果て、
滅び去ったのだった――。
満生台。
小さな匣庭の物語は終焉を迎え。
そしてまた、再生を始める。
これより先は、繰り返される悲劇の物語。
果てにあるものも分からぬ、ささやかな匣庭の、再生と破壊の物語である。
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