贋作ヒューマノイド

ウジ

第1話 少年は今日も眠る。

黒狼 翼は、ただただそこで佇んでいた。

まるで人形のような虚ろな目で、俯いている。部屋の明かりはテレビのブルーライトのみ。カーテンは閉められている。しかし翼は、その明かりさえも拒絶するように部屋の隅で縮こまっていた。


(きっと、もう誰にも会うことはないな・・・)


翼はそう思っていた。


「一昨日の”バラバラ通り魔事件”のことですが、先生方はどうお考えなられていますか?」


突然、そんなニュースが流れた。忌々しい言葉が聞こえた翼は思わずテレビを見た。

テレビには、ショッピングモール内を調査し続ける警察たちの姿が映っている。

最近起こった大量殺人事件が話題になっているようだ。



「いや、どうと言われてもね。我々も監視カメラと遺体を拝見させてもらったが、惨くはあるがとても繊細に、そして素早い動きで殺人を遂行していた。あれは人間に出来る芸当じゃない。我々は・・・」


「レプリカホルダー・・・ですか?」


白髪の老いた風情を見せる教授の話を遮ったのは、眼鏡をかけた茶髪の男だ。背丈や体格を見るに、まだ大学生程の年齢のような印象を受ける。綺麗に切りそろえられた前髪が青い瞳を一層目立たせている。

男は集まる視線に微笑みを返した。


「君は確か・・・」


「鏡といいます。はじめまして五十嵐教授」


目を細める老教授――五十嵐に鏡は小さくお辞儀した。


「ほう、君が最年少で博士号を獲得した噂の!」


「ご存じ頂けて光栄です」


五十嵐は目を見張り、二人は握手を交わした。


「しかし、君のような若い者がレプリカに興味を持っているなんて感心するよ。なんせレプリカホルダーは今や都市伝説の類となってしまったからね」


「いえ、実は僕も今回の主犯には、レプリカが絡んでいると睨んでいるんです」


「・・と言うと?」


鏡は眼鏡をくいっとあげると、得意げに話し始めた。


「第三次世界大戦に参加したレプリカホルダーは七人ですが、今回の事件に関連がありそうな能力が一つあったのです。それは・・」


・・テレビが暗転した。実行したのは言うまでもなく、翼だった。翼はリモコンをどこかへ投げ捨てると、放り投げるように身を倒した。


(あの男たち、死んだ百数人の話を放っといて、都市伝説なんかの話を始めだした・・。誰一人、嘆く奴はいなかった。結局、誰も人の命になんか興味ないんだろうな)


翼は悲哀の中で瞼を閉じた。

明日になど期待しない。期待したところで、あるのは諦観しかないから。



―――次の日、翼は日光に当てられて目を覚ました。閉じていたはずのカーテンが、なぜか大きく開かれている。


「おはよ」


ドアの開放とともに適当に声をかけてきたのは、翼の従妹の黒羽 雛。制服の上からベストを羽織り、金髪のツーサイドアップのヘアスタイル、指に煌めく空色のマニキュア。彼女はいわゆるギャルと呼ばれる女だった。


「ちょっと! 今失礼なこと思ったでしょ! これでも私この後予定いっぱいなんだけど? 友達とショッピングモールに行く予定だってあるんだから」


「なんで来てんだよ」


何かを感じ取った雛は立腹と言わんばかりに腕を組んでくるが、翼は適当に受け流し、用件を聞いた。


「…葬式、来ないの?」


「…当たり前だろ。行っても、もう顔もわからないんだし」


辛そうに聞く雛にただ淡白にそう答えた。

すると雛は大きなため息をつくと、翼の返答をものともせずにズカズカと部屋に入り、クローゼットを漁りだした。


「何してんだよ!」


「はい制服」


怒りつける翼に雛はクローゼットから取り出した制服を投げつけた。

翼は意味が分からずに制服を見つめる。


「あんたがどういう気持ちであろうと、行かなきゃダメでしょ。ほら、私は出ていくからすぐ着てきて…」


部屋から出ていこうとする雛。しかし翼はすぐに制服を放り投げた。


「ちょっと、あんたねぇ!」


「行かないって言っただろ」


「だから、あんたが行きたくなくても、叔母さんや叔父さん、秋くんのためには行かなきゃダメなの!」


「どうせ皆も、俺のことなんか望んでない」


「…何、そんなにあんたの親に対する愛情って薄かったの? 心配して損…」


「この部屋見て、俺がなんも思ってなかったとでも言いたいのか?」


翼は雛を強く睨んだ。

翼の部屋は、壁紙は切り裂かれ、勉強道具は床に散乱し、飾ってあったと思われる絵や時計は床に落とされ、時計の秒針はもうびくともしない。しかし、家族の写真だけは、綺麗にベッドに集められている。


「…だったら…!」


「……怖いんだよ」


はにかむ雛に、翼はそう言った。


「きっと俺は怖いんだ。無惨な家族の顔を想像するだけで吐き気がする。悪夢だって見た。棺桶を覗いたら、皆が血だらけの顔で恨めしそうにこっちを見てくるんだ。…ガキかよって思うかもしれないけど、会えないんだ。ごめん」


申し訳なさそうに俯く翼。それを見兼ねた雛は立ち上がり、部屋を出て行ってしまった。


「……ちゃんと生きなよ」


その一言だけを告げて。

……雛の顔は、いつもの強気な性格が見えないほどに、悲壮に満ちたものだった。翼は、雛が優しいということは知っている。でなければ、自分のためにここまでしてはくれないだろう。


……なのに、つっけんどんな言い方をして雛を突き放した。


「……俺、なんで生きてんだろ……」


自然と、考えれば考えるほどに身体が倒れていく。

そうして翼はまた、眠りについた。

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