第6話  萌笑の不安

休みの日、萌笑と会えなくて寂しい感情をどうにか落ち着かせつつ、体力をつけるためにランニングに出る。


途中で萌笑に会えたらいいな、とかすかに思いつつも汗かいているから会わなくてもいいような気がしていた。


いつものように2.5㎞ほどを十分しないで走り切る。


何気につかれる。へろへろになりながら玄関に座り込んだ。


萌笑に応援してもらえたら八分台にはなる気がする。とか不毛なことを考えて、家の中に入った。


汗を流すためにシャワーを浴びた。



………………


………




風呂から上がっても、まだ酸欠で頭は少し重かった。


「柊斗~。ラインめっちゃ来てたよ~」

「まじで?誰だろ………」

「萌笑ちゃんしかいないでしょ。ちゃんと返事返してあげな」

「おう、分かった」


萌笑からラインか………


一応、まだ誰だかわからないので期待に胸を膨らませながら階段を駆け上がる。


ラインはちゃんと萌笑からだった。今も通知音が鳴り続けていて、かなりの数がたまっている。


「どうした……」


少し不安になってラインを覗き込む。


───柊斗君起きてる?

───ねえ、柊斗君起きてる?

───まだ?

───寂しいよ

───柊斗君?まだ起きてないの?

───柊斗君に会いたい……

───寂しくて苦しい


同じようなメッセージがいくつも下に続いていく。


───ごめん。ちょっと走ってた。どうした?


急いで返信を送る。萌笑から少し危ない雰囲気を感じる。


───柊斗君が、いなくなっちゃった……

───俺は萌笑から離れないから。ちょっと待ってて今行くから。


急いで家を飛び出す。


「どこ行くの?」

「萌笑に会いに行ってくる」

「……まあ。いってらっしゃい」


こういう時に家が近いと助かる。軽く走っていけばすぐにつく。





萌笑の家のインターフォンを押す。


「………はーい。どなたですか?」


萌笑の母親の智子さんの声が聞こえた。


「智子さんお久しぶりです。柊斗です」

「…あら!久しぶりねえ」

「すいません。萌笑に会いに来ました」

「ちょっと待ってね今扉開けるから……」


ガチャリと扉が開いて、智子さんが出てくる。


「今日、萌笑部屋から出てきてないのよ」

「…ラインで少し寂しそうだったので……」

「じゃあ、部屋に入っちゃっていいわよ」

「……いいんですか?」


年頃の男子高校生を娘の部屋に入れるなんて。


「あなたは萌笑の彼氏さんでしょ?大丈夫よ性格は知ってるもの」

「………ありがとうございます。お邪魔します」


真正面から言われるとまだ少し恥ずかしいものがあるが、こういう時に素直に認めてくれるのはありがたい。


「おお、柊斗君か。久しぶり」

「お久しぶりです」


家の中にはくつろいだ様子の、萌笑の父親の隆司さんがいた。


「いやあ、付き合うことになったんだって?」

「はい。報告できなくてすいません……」

「いいよいいよ。付き合ったぐらいでいちいち親に報告しててもね。……でも柊斗君なら安心だよ。娘のことをよろしく頼むね」

「……分かりました」


なんか結婚するみたいだな、と自分で思って恥ずかしくなる。


「じゃあ、萌笑の部屋に行ってらっしゃい」

「…はい」


少し申し訳なさと、恥ずかしさを感じながら階段を上がる。


この家に来たのも中学生ぶりだろうか?高校生になってからはあまりお互いの家に行ったり、一緒に遊んだりという行動をしなくなっていた。


萌笑の部屋の前について、少し高鳴る心臓を抑えながら扉をノックする。


「お母さん?……どうしたの……?」


扉の中から萌笑の声が聞こえる。


胸の中にじんわりと温かさを感じて、俺も会いたかったんだろうな、と自覚する。


「柊斗だよ」

「……、しゅ、柊斗君!」


勢いよく扉が開いて、パジャマのままの萌笑が飛び出してくる。


「ごめん。寂しか「会いたかった……!」



俺の言葉を遮るように萌笑が抱き着いてくる。


「……─ッ!」


萌笑のやわらかい感触とか、女子特有の甘いにおいとかがして、頭がくらっとする。


「……柊斗君………寂しかった………」


動揺する俺にかまう様子もなく、萌笑はさらにぎゅっと抱きしめてくる。


「……ま、まずは部屋はいろうか?」

「…うん…………」


離れようとしない萌笑を抱き上げて部屋の中に入る。


久しぶりに見た萌笑の部屋は、いかにも女子というようなピンクを基調にした部屋になっていた。


ベッドに萌笑を下ろして、自分はその隣に座る。


「…どうしたの?」

「………昨日の夜から………寂しかった………」


ぽつり、ぽつりと事情を語ってくれる。


「……柊斗君がいなくて………朝起きても………会えなくて………」


萌笑は昨日の夜から寂しかったらしい。ずっと俺のことが頭から離れなくて、朝起きたときに近くに俺がいなくて不安になったと。


何それ、めちゃくちゃかわいいかよ。


「ずっと、会いたくて………胸の奥が……痛かったの…………」


もう泣きそうな萌笑を優しく抱きしめる。


「大丈夫だよ。会いたいっていえばいつでも会いに来るから」

「……ありがと………」


まだしょげた様子の萌笑をなるべく励ますことができるように言葉を選んでいく。


「俺は萌笑のこと大好きだから。安心して。ずっと大好きだから」

「………、わ、私も大好き………」


そのままずっと、慰めるように優しく抱きしめ続けた。



初めて抱きしめた萌笑の体はやわらかくて、愛おしい感触だった。


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