第32話

 


ランティス様・・・。


なんてあっけなかったのかしら。


全ての黒幕はランティス様だったということよね。


つまり、もうすべては平和になったと思っていいのよね。


「あ・・・。ああ・・・。どうして、どうして私、まだ生きているの・・・。」


ホッとした空気が漂ったのもつかの間、シルヴィアさんの困惑したような声が聞こえた。


そうか。


シルヴィアさんは自分が不老不死になったということは知らないのか。


だから、殺されたはずの自分が生きていることが不思議でならないのだろう。


混乱しているシルヴィアさんの様子はとても哀れに思えた。


「シルヴィアさん・・・。」


「あっ!エメロード嬢・・・。なんで・・・。」


シルヴィアさんは私の顔を見るなり恐怖に引きつった声をあげた。


そしてずりずりと後ろに引き下がる。


「シルヴィアさん・・・?」


私は不思議に思ってシルヴィアさんを凝視した。


「やだっ!見ないで・・・。見ないで・・・。」


シルヴィアさんは髪を振り乱しながら頭を押さえて首を横に振り続ける。


まるで壊れた人形のように。


いったいシルヴィアさんはどうしてしまったのだろうか。


死の恐怖で気が触れてしまったのだろうか。


「ふむ。邪竜の気に飲まれたのだ。邪竜の気の中で絶望を永遠と見せられていたのだろう。」


プーちゃんはそう言って痛ましいものを見るように目を細めた。


精霊王も同じようにシルヴィアさんのことを見ている。


「・・・治らないんですか?」


「無理じゃ。心に傷を負っているゆえ、妾では治すことはできぬ。もちろんプーちゃんでも無理じゃ。」


「うむ。全治全能の我に唯一できないことなのだ。」


心の傷・・・か。


「邪竜はそのものの一番怖がっているものを幻で見させるのじゃ。きっとあの者はエメロードのことを怖がっていたんじゃろ。」


「えっ?私が怖い?シルヴィアさんが?」


どうして?


むしろシルヴィアさんは私を目の敵にしていたのに。


「そうね。彼女はエメロードちゃんが怖かったのね。だから、エメロードちゃんに不必要に絡んだのよ。そうしていないと自分の心が壊れそうだったから。」


アクアさんも精霊王と同じことを口にする。


私が怖いとはいったいどういうことなのだろうか。


「あのね、エメロードちゃんは光なのよ。とっても眩しいの。だからランティスもエメロードちゃんに固執した。シルヴィアはエメロードちゃんの光が欲しかった。それと同時に自分が持っていないその光を恐れたのよ。きっとシルヴィアの中ではエメロードちゃんに会うまでは自分が一番凄いと思っていたのね。でも、それが違うことに気づいた。」


「それで恐れをなしたのじゃ。それがエメロードがシルヴィアから絡まれた原因じゃ。」


私が・・・すべての原因?


私は自分の両手を見つめた。


「人間は脆いのだ。脆くてとても儚い。ゆえに嫉妬をする。」


プーちゃんがどこか遠くを見て呟いた。


嫉妬・・・?


シルヴィアさんは私に嫉妬していたのだろうか?

 

「いやっ!!やめて!!私の心を暴かないで!!」


精霊王とプーちゃんがシルヴィアさんの考察を始めると、シルヴィアさんが耳を塞いで大声で叫んだ。


ということは、精霊王とプーちゃんが言ったことは正しいのだろう。


「シルヴィアさん・・・。」


私は一歩ずつシルヴィアさんに近づく。


シルヴィアさんはいやいやとするように首を横に降り続け、地下牢の壁までずりさがる。


「話をしましょう。」


「ないわ!私にはあなたと話すことなどなにもないわ!!」


目を固く閉じたままうつむいてシルヴィアさんが言う。


それでも、シルヴィアさんと話さなければならない。


このままだとシルヴィアさんの心が壊れてしまいそうだから。


「ねえ、シルヴィアさん。私はあなたのことが羨ましかったわ。あなたは綺麗で凛としていた。それに、自分の意思を告げる強さが羨ましかった。私にはないものだったから。」


「うそよ!私のことが羨ましいだなんてうそよ!!私はそんな人間じゃないわ!!」


シルヴィアさんは私の言葉を全身で否定した。


それでも私は続ける。


「シルヴィアさん。誰かを羨ましいと思うことはいけないことじゃないと思うの。そして、誰かに嫉妬するのも仕方がないと思うわ。」


「・・・・・・・・・。」


シルヴィアさんは無言で首を降り続ける。


「だからね、シルヴィアさんが私やアクアさんにしたことは許します。ランティス様が本当に好きだったのでしょう?」


「ああ・・・っ。」


ランティス様の名を出したとたんシルヴィアさんはその場に崩れ落ちた。


「・・・す、好きだったの。優しかったの。ランティス様は私に唯一優しく接してくれたわ。だから、特別だったの。」


「そう。」


シルヴィアさんの周囲にはシルヴィアさんに優しく接してくれる人がいなかったのだろうか。


「それにランティス様は身分も申し訳なかった。ランティス様の心を得られたなら父も母も私を受け入れてくれると思ったのよっ!!」


「そう。」


シルヴィアさんの心の中にはお父様とお母様に認められたいという気持ちが大きかったのだろう。


「なのにっ!ランティス様はエメロードの婚約者だって!!ただでさえ父も母もエメロードはすごい。おまえがエメロードのように魔力も知力もあればどんなによかったことだろう。って言われて過ごしてきたのにっ!なんでエメロードなの!!どうしてエメロードばかりなの!!」


シルヴィアさんの言葉は途中よくわからなかったが、言いたいことだけはよくわかった。


両親が私とシルヴィアさんを比べてばかりいたからシルヴィアさんは次第に私を気にするようになったのだろう。


そうして、唯一シルヴィアさんに優しかったランティス様も私の婚約者だった。


だから、私を攻撃するしかなかったのだろう。


「お父様とお母様ともっとお話をしてみたらどうかしら?きっとお父様もお母様もシルヴィアさんのことが大好きよ。」


私の父も母も私のことを愛してくれている。それがわかる。


きっと自分の娘だもの。愛さない親なんていないわ。


「うそよ!そんなことないわ!父も母も私のことは嫌いなのよ!!両親に恵まれたあなたに言われたくないわ!!」


でも、この言葉はシルヴィアさんにとっては火に油だったようだ。


迂闊なことを言ってしまったということに気づく。

 


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