第5話


「お母様。私です。エメロードですわ。お母様にお話があるのです。」


「あら可愛いエメロード。いらっしゃい。ちょっと待っててね。」


母は貴族だが、変わっていることに自ら使用人と一緒に厨房に立っていた。


なんでも家族が口にするものだから自分で作りたいということだ。


でも、不器用なので料理の大半を使用人が作っているが、家族のために何かをしたいというのは見習わなければいけないだろう。


それに母は領地の孤児たちのためにと孤児院にも定期的に出かけ孤児たちに裁縫や料理などを教えている。


手に職をつけることで、将来を自分達の手で切り開いていけるようにとのことだ。


ちなみに、我が伯爵家の領民の識字率は100%だ。


これも父と母の為した功績である。


識字率をあげることで領民たちの暮らしが良くなると判断してのことだったそうだ。


おかげで、誰も契約関係で騙されることがなくなったとか。


読み書きできることはとっても大事だよね。


母は、肉を捏ねていた手を洗うとすぐに、こちらにやってきた。


「待たせたわね。エメロード。あらたまってどうかしたのかしら?」


「お母様。私、高等魔術学院に入学したくありません。お父様を説得していただけませんか?」


「あら、まあ!」


私の発言をきいて、母は目を大きくみひらいた。


「エメロード。なにがあったの?なにか嫌なことでもあったの?」


それから心配そうに私の顔を覗きこんできた。


「私が卵を育てたら邪竜が孵化してしまうのです。それを避けたいのです。」


「まあ!邪竜ですって!すごいわねぇ。エメロード。流石はエメロードだわ。下級精霊ではなくて邪竜が産まれてくるなんて。すごいわねぇ。エメロード。」


母はそう言ってにっこりと嬉しそうに笑った。


って、ちょっと待って。どうして邪竜が産まれてきて喜ぶのだろうか。この人は。


「邪竜だよ。世界を破滅に導くよ。」


「そうねぇ。でも卵から産まれてくる精霊の気質は育てた者の気質を受け継ぐというわ。エメロードが育てるのよ。邪竜と言ってもきっと性格のいい邪竜に決まっているわ。安心なさいな。」


「え、あ、うん。」


そういうものなのだろうか。


「それに、エメロードが人としての道を踏み外そうとするのならば、私たちは止めてみせるわ。だから、エメロード。貴女はなにも心配しなくていいのよ。ただ貴女は貴女らしく生きていけばいいのよ。それだけのことよ。」


母も父と同じようなことを言う。


そうなのだろうか。


父と母のことを信じていいのだろうか。


でも、父の言葉にも母の言葉も論破出来ない私には高等魔術学院に入学するしか選択肢がなくなってしまったのである。









そしてむかえた高等魔術学院に入学する日。


確かこの学院の生徒会長は、私の婚約者であるランティス・パインフィールド侯爵令息だったはずだ。


乙女ゲームのことを思い出す前までは、婚約者が誰もが羨む高等魔術学院の生徒会長だということに鼻が高かったが、今は違う。


だって、ランティスって確か私という婚約者がいるのにもかかわらず、ヒロインのことが好きになっちゃうんだもの。


それも、筋を通して私との婚約を解消してからヒロインに近づけばいいのに、婚約を解消せずにヒロインと恋人同士になるのだから嫌な思い出だ。


なんで男ってこんなに優柔不断なのかしら。まったく。


正々堂々としていればいいのに。


と、当時思った記憶がある。


「うぅ。どうなることやら。」


「あら、貴女とっても素敵な髪ね。まるで天使様のように、素敵な髪をしているのね。」


「え?」


「こんなに綺麗な髪を初めて見たわ。ベビーブロンドっていうのよね?」


物思いに耽っていると後ろから急に声をかけられた。


思わず後ろを振り返る。


そこにはこの世界ではあまり見ない奇抜な髪型をした可愛らしい女の子がいた。


ストロベリーピンクの髪は彼女の雰囲気にぴったりとあっていて、可愛らしくも元気そうな雰囲気を醸し出している。


「・・・おかっぱ。」


顔はめちゃくちゃ可愛い。


可愛いんだけど、おかっぱ。


前髪パッツンの、肩口で切り揃えられたストレートヘアー。


まさに見事なおかっぱである。


「まあ!おかっぱって、私のこと?違うわよ。私はアクアと言うの。アクア・リッチフィールドよ。よろしくね。」


そう言ってとっても可愛いおかっぱ頭の少女は、私に右手を差し出してきた。


握手ってことかしら?


というか、この独特な容姿に、この名前。


確実にこの子が乙女ゲームのヒロインだよね!?


「あら?ねえ、仲良くしましょうよ。貴女も新入生なんでしょう?」


戸惑いを隠せずにいる私に焦れたようにアクアさんが声をかけてくる。


それにしても、他にも生徒がいるのにどうして私にだけ声をかけてくるのだろうか。


「お名前を教えてちょうだいな。」


にこにこと笑いながらアクアさんが告げる。


ここで偽名を告げてもすぐわかることだし。


「・・・エメロード。エメロード・ダイヤーモンドといいます。」


私は諦めて自分の名前をアクアさんに教えた。


「まあ!素敵な名前ね。」


アクアさんはそう言って顔の前で手を打ちならした。


「私なんてね、名前と容姿が一致してないのよ。だって髪は赤みがかかったストロベリーブロンドなのに、私の名前はアクアなのよ。アクアって言ったら青いイメージじゃない?うちの親ってネーミングセンスないと思わない?」


あーうん。


それは、私も前世で思ったよ。


容姿と名前が一致してないなーって。でも、本人があっけらかんと言うだなんて思いもしなかった。


こんなシーン乙女ゲームになかったよね?


ってことは、ここは乙女ゲームと同じ名前と容姿を持つ人物がいるだけで、ストーリーは乙女ゲームとは違うということでいいのかな?


もし、そうだとすると邪竜がでてこなくなるのかな。


そうだといいな。

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