第7話 新入生代表スピーチ

 入学式はつつがなく終了した。と思っていた時期が私_辻井要つじいかなめにもありました。


 感想を一言で述べると、『非常に新鮮な体験をさせていただいた』だ。


 これで終わったら「お前、もっと他に感想あるだろ」と非難の嵐が私を襲うだろう。


 安心してください。今からちゃんと述べるので。


 ***


 始業式、終業式、卒業式、今回の入学式をはじめとする学校の式典でやることと言えば、大抵の人は座って校長先生とか生徒代表の人とか表彰を受ける人とか前に出てくる人の形式ばったスピーチを聞いて退屈だと感じるだろう。


 まさしくその通りである。


 暇。

 暇。

 超絶暇。

 暇ならば眠って過ごそうホトトギス、と俳句を読めるくらいには暇。



 しかしいざ会場に足を踏み入れると『暇』の文字は何処へやら。


 私は卒業式以外の学校の式典には参加したことがない。


 そのせいもあってか会場に入った私は一般の高校生が経験する何百倍もの高揚感が湧き上がってきた。


 だから多くの人が暇だと思うこの入学式を楽しく観させてもらおうという気になっていた。



 入学式最大の事件のきっかけは会場の席に座ろうとした時に起こった。


「辻井さん、新入生代表の挨拶は準備できているかしら?」


 クラスの担任と思われる30代前後の『高瀬』という女性の先生に告げられた。


 うん?新入生代表?挨拶?私が?


 頭上に大量の疑問符が押し寄せてくる。


 この間、この高瀬先生と通話した時にはそんなこと言ってませんでしたけど!?



 私は新入生代表になった経緯を脳内で巡らせる。


 代表ということは、入試の成績が優秀、中学校での態度や内申点が高評価、特殊技能で全国レベルくらいよね。


 大体の高等学校だと入試の首席の人が挨拶すると思うんだけど、どうなのだろう?


 選ばれている以上はアドリブでやるしかないわよね…


「一応できていますけれど…」


「良かったわ。じゃあ前のほうに空いている席があるから式が始まる前にあちらに移動しておいてね」


「わかりました」


 そう言って先生は教職員の方々が座っている方に向かっていった。


 考え続けても自分の中では答えが出ないので、先ほどの疑問を隣の席のつばさに聞く。


「なあ、つばさ。俺はどうして新入生代表なんだ?」


「さあ?入試の成績良かったからじゃない?」


「んー。OK、ありがとう。それじゃいってくる」


 要くんって頭は良かったのかな?と思いつつもつばさに感謝を伝え、席を立ち移動し始める。



 移動しながら私は客観的に状況を整理する。


 今私がやるべきことは『新入生代表の挨拶をすること』。


 スピーチは準備してくる前提。


 式が始まるまで幸い10分はある。プログラム的にも「新入生代表の挨拶」は最後の方。


 低く見積もっても15分はある。

 

 学生程度のスピーチは3分くらいで十分よね。


 長すぎず短すぎず丁度の塩梅で。


 スピーチの内容はこれからの学生生活に不安を持ちつつも大きな期待を持ってますよ〜ってことをキラッキラに喋ればいいんでしょ!余裕余裕!!!


 内心ほくそ笑んで、勝ちを確信する。


 女優をやっていた時は1時間密着インタビューとかいう過酷なイベントがあったけれども、それに比べれば代表の挨拶なんて楽勝ね。


 ふはははは!!!!!この勝負!私の勝ちね!!!



 そして式が始まる。


 校長先生の挨拶。


「我が校に入ったから、きちんと勉学に励んで〜」「健康に気を使いつつも、この学生生活を楽しんで〜」


 至って普通なことだが、大切なことをおっしゃっていたのでしっかり心に留めておく。


 続いて在校生代表、現生徒会会長からのありがたいお言葉。


 ありがたかったけど校長先生と言ってることはほとんど変わらなかったので割愛。


 在校生による校歌斉唱。


 それが終わっていよいよ新入生代表、私_辻井要(旧七瀬彼方)が挨拶する番がやって来た。


「続きまして新入生代表の挨拶、新入生代表、辻井要さん」


「はい!」


 司会の声が言い終わると同時に期待いっぱいに含まれた元気の良い声とともに起立し、ステージ中央の演台へ。


 正直、校長先生や先輩の話を聞いてつまらないなと感じてしまった。


 確かに悪いお話ではなかった。でも私には「こうかはいまひとつ」。


 納得はしたが心が動くほどのことではない。


 何がつまらないかって___(割愛)



 ふう、少し熱くなりすぎていたわ。


 話を戻しましょう。


 私もこのまま無難な挨拶をしてこれからの学校生活を無難で面白くなくしていいのか?


 退屈に退屈を重ねても暇に暇を重ねても面白いことは生み出せない。


 誰かが最初のペンギンになって新世界に飛び込まなければならない。


 たとえそこがサメの漂う海であろうとも。


 その誰かというのが今回の私である。それだけ。


 今年の新入生は違うのだ、と。そう訴えるために。



 私がこの光泉高校に旋風を巻き起こす!!!



 それに私が新しい環境に参入していく時はいつだってそこが自分の居場所だと意識してその場を盛り上げることを努力する。


 幸運なことに私は選択する立場にいる。


 選択できるなら予測不能な未来を選択する。



 成功者のよく聞く言い回しとして「レールに縛られるな!」がある。


 一理はあるが成功していない者からすれば嫌味に聞こえ、「成功してるから言えるんでしょ」と毒づくだろう。


「レールから外れる」ことは成功者みたいに常人に理解不能なことをしろみたいに聞こえるから非難を浴びるのである。


 私の意見は少し違うわ。


『レールはいくつものルートに分岐している』だ。


 生まれた直後は右も左も分からなくて両親に支えながら決まったレールを走ることを覚える。


 自我が芽生えた無垢な子供は分岐するルートを自ら選択していく。


 しかし、いつからか大人になっていく中で「自分にできることはこのくらいだ」と自らの可能性を信じることができずに次第に分岐しているルートを封鎖してしまう。


 結果、「無難」「普通」「一般」という選択をする。


 なんと悲しいことだろうか。


 可能性を信じないと人間成長できない。


 子供の頃に成長できていたのに、体裁だとか年齢だとか周りだとか何かと理由を見つけて成長を止める。


 挙げ句の果てには「なんであいつはあんなに輝いているのだ」と他人の足を引っ張って自分の土俵に引きずり込もうとする。


 これは極端にひどいケースを述べただけで、そんなに気に病む必要はないわ。


 先ほどのレールの話から私が何を話すべきかが決心がついた。


 私が話すのは___



 ここまで考えて演台のマイクの前に立ち、目前の生徒、教職員、親御さんに向けて一礼する。


 そしていうべき言葉を紡ぐ。


「新入生の辻井要です。新入生代表ということでこの場を借りて挨拶させていただきます」


 あくまでも真面目なトーンで。あくまでも真剣さが伝わる面持ちで。 


「先ほどの校長先生のありがたくも退屈なお言葉、心に響きました(笑)」


 会長のお話も詰まらななかったことは伏せておいて。


 四方八方に喧嘩を売るのは得策ではない。


 あくまでも教師方にね。

 

 会場全体が騒然とする。


 「今なんて?」「あいつ言葉間違えたんじゃね?」など様々なヒソヒソ声が聞こえてくる。


 生徒や親御さんはざわざわしているが、先生数名が慌てて校長先生のもとに寄っている。


 わ〜お。いい反応してくれるじゃない。やった甲斐があったわね。


 掴みは完璧。

 この会場の空気はこの私が支配している。

 そして発言権はこの私_七瀬彼方がいただいたわ!


 先生方にステージから下ろされる前に言いたいことだけ言う。


「昨今、医療技術が発達し日本は少子高齢社会で人生100年時代。移民を取り込まなければ日本はそう遠くもないうちに壊滅するでしょう」


 規模の大きいことを言ってとりあえずお茶を濁す。


 慌てていた先生やざわついていた生徒たちも少し落ち着いたのか話に耳を傾ける。


「通勤通学時のスクランブル交差点・満員電車・駅構内外・様々なところで大人を見かけますが、私の目にはどの様に見ても疲れているようにしか映りません」


 核心を突かれたと思われる大人が視線を下げる。

 それでも続ける。


「職種なんて関係ありません。サラリーマンだろうが、スーパーの店員だろうが。若い人が将来早く働きたい!というくらいに喜んで働いている大人の姿を見たいです!」


 体全体で届けたいメッセージを表現する。


 これよって、この会場にいる人の注意を私に引きつけることに成功した。


「だから先の『退屈』という言葉を今のところは撤回しません。気分を害されたらそれは申し訳ありません。後でご指導の方をよろしくお願いします」


 ただ粋がっているだけではなく、謝ることで根は真面目であるように印象を刻む。

 

 こいつはただ強気の発言をしているだけではない、と。


「本日からこの光泉高校を学びの場として仲間と切磋琢磨し成長することを前提に、理外のこともしていきたいと思います」


「新入生代表、辻井要でした。最後までご静聴ありがとうございました」


 会場全体に最後の一節が響いたことを確認して私は一礼する。


 刹那の時を経て、私がステージを降りようとしたときに割れんばかりの拍手喝采が起こった。


 主に在校生と、一部の新入生と先生、親御さんだけど。


 ***


 そうして、今に至るわ。


 ………。


 やっっっっっっっっってしまっっっっっっったああああああああああ!!!!!!!!!!!


 一人頭を抱え、心の中で恥ずかしさと後悔が暴れ出した。


 喋っている時は心地よかったのよ?


 言いたいこと言えて。


 アドレナリンが出てつい口走ってしまったのよ。


 本当はもっと非難されると思っていたのになぜか、鼓膜が破れるくらい轟音の拍手の渦だし…。


 今の若者にはこういう気障った物言いが好きなのかしら?


 まあ、結局放課後に生徒指導室行きという開校以来初の快挙を達成してしまったし、五分五分よね。


 今は入学式が終わって、次のホームルームまでの間の休み時間。


 私は担任の高瀬先生に呼び出されて、放課後生徒指導室にくるようにと言われて、今はその職員室から新しい自分の教室へ向かっている途中。


 そんなお悔やみイベントが待っているなんて、はあ。


 ため息が出てしまう。


 私がやったことだし責任は持たないといけないけど。


 いつもそう。


 女優をやっている時もインタビューで攻めたことを言ってしまい、連日賛否両論のネットニュースの記事に取り上げられる。


 世間は「格言だ!」「彼方節、ありがとうございます!」などと騒ぐ人が多いおかげもあって愛されていたとは思う。


 今でも『七瀬彼方』に関するニュースが飛び交っている。


 最近は元妹_七瀬彩奈に関するニュースが多い。


 自覚はないが私は超絶シスコン変態姉貴(彩奈称)なのでチェック済みだ。


 それにしてもこういうマスコミやメディアもひどいわよね。


 洗いざらい吐かせるまで徹底的に張り込むのだから。


 彩奈に手を出したらどうなるかわかってるんでしょうね?骨の一本や二本では済まさないわよ?と娘を溺愛する父親が害虫を駆除している感情になった。



 彩奈、元気かな…。


 ちゃんとご飯食べているかな。

 メンヘラみたく身体を痛めつけたりしてないよね?


 画面越しだと気丈に振る舞っていたけど。


 姉だった私ならわかる。



 無理しているなと。



 教室に向かう道すがら彩奈のことでいっぱいになり、先ほどのスピーチのことは頭から消えていた。


 そして教室にたどり着き扉を開けるのだった。

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