身体を奪えば勝てるわね!

第21話 私、幽体離脱します!

 窓際の、外の風景がよく見えるソファーに男女が二人並んで座っている。


「夏本番って感じだよなあ」


 お兄ちゃんはそう言ってパタパタと胸元をうちわであおる。

 青いアロハシャツ姿もなかなか格好いい。イケメンにしか似合わない短パンというのもなおのこと良い。


「そうですね……けど」


 お姉ちゃんは白いワンピース姿でかき氷を食べている。

 この前まで腕にヒビが入っていたのに頑丈な女だ。


「なんかちょっと肌寒くないです?」


 無理もない。幽霊になった私がお姉ちゃんの後ろに居るからだ。

 世にいう幽体離脱である。


「なにか羽織るか? そんなにひんやりしているなんて思わなかったからな」


 二人の距離が近づいてやがる。絶対に許せねえ。

 お兄ちゃんの何が卑劣って寒いなあって言った時に単純に身体の心配をするだけじゃなくてさりげなく身体接触を織り交ぜてくるところよ。

 こういう時、体調の心配だけしてくる男はつまらない訳だけど、それがなぜかと言うとイチャイチャしたいという欲望を剥き出しにするのもはしたないと思う繊細な乙女心を分かってないわけ。その点お兄ちゃんは違う。普通に具合が悪くても、イチャイチャしたい場合でも大丈夫なように動いている。

 やっぱりSSRのイケメンだと思うのよね。


「きゃっ!?」


 あらいけない。怒った勢いでポルターガイスト決めちゃったわ。幽体アストラルボディって不便ね。置いてあったコップがひっくり返ってテーブルを汚しちゃったわね。割れたりは……してない。セーフ。


「大丈夫だよ、サクラ。偶々風でも吹いたかバランスの悪い場所にあったんだろ」

「で、でも先輩!」

「気にするのはテーブルとかカーペットが汚れないかどうかさ。片付けてくるから待ってて」


 と、ここで立ち上がろうとしたお兄ちゃんにお姉ちゃんがすがりつく。

 卑しい女よね、こうやってすぐ弱みを見せてお兄ちゃんに放っておけないと思わせようとするんだから。


「先輩、もう少しだけ傍に……」

「ちょっと片付けてくるだけだぞ?」

「なんかそういう気分なんです」


 お、やる気満々じゃないのよ。

 呪殺してやりたくなるわね。

 でもまあ今回は違うの。目的があるの。

 お兄ちゃんに媚びを売るこの卑しい女の背後に迫り……ダイブ!


「「おねがい先輩……」」


 はい完璧。

 身体の中に入ったわ。

 パァ~フェクトに入ったわ。

 この女の体は私のものよ。つまりお兄ちゃんも私のものって訳。


「まったく、サクラは甘えん坊だなあ……」


 お兄ちゃんの顔が私に近づいてくる。

 待ちに待った瞬間が、ああ、私とお兄ちゃんの顔が、顔が、顔が……!


     *


 次の瞬間、私の視界は真っ白になり、気づくと自宅のベッドの上に居た。


「どうしてこうなるのよ!」


 枕の一つもぶん投げたくなる。

 なんでこんなことになっているのだ。

 私はムカムカと擬音がなりそうなくらい腹を立てながらパパの書斎に乗り込む。


「駄目だったわ! 幽体離脱薬エクトプラズマー!」

「え? 現代の魔術戦闘においては相当便利な類なんだが……幽体を正確に知覚して反撃に移れる魔術師とかいないし……」

「現代恋愛戦争においては無意味だったわ! いえ、ごめんなさいとっても有意義だったわ! お兄ちゃんの部屋覗き放題だし、ばれないし!」

「じゃあ……」

「でもお姉ちゃんの身体を乗っ取ってお兄ちゃんとイチャイチャできないわ!」

「なんで君はそう変な方向にかっ飛んでいくかなあ」

「変な方向……?」

「良いかい。その、君、サクラさんの身体を乗っ取ってどうするんだい」

「いやそりゃあお兄ちゃんといちゃつくけど」


 パパは顔を覆って深くため息をつく。


「サクラさんの身体を使っている君は、本当に君なのか? 君がサトルお兄ちゃんのそばにいたいのに、君の肉体だけ置いて君の意識だけが彼の傍に居たところで意味はあるのかい? だいたいサトルお兄ちゃんの認識からはゆみちゃんが消えちゃってるじゃないか。存在を認識されてないのに良いのかい?」

「それは……」

「しかもサクラさんの意識はどうなるんだい。君が乗り移っている間、彼女はサトルお兄ちゃんといちゃつけないよね」

「当たり前でしょ邪魔してんのよ!」

「いや、きみ、そうだが、正論言えば良いってもんじゃないだろ……!?」


 とはいえ、パパの言わんとすることは分からないでもない。

 なぜなら私は頭の良い十一歳。

 そんじょそこらのガキとはおつむがちがうわ!


「分かってるわよパパ。お姉ちゃんの身体に乗り移る私を果たして本当に私として定義して良いのか、肉体の無い意識のみで自己を定義できるのかって問題でしょう」

「おっ、ゆみちゃんかしこいねえ」

「馬鹿にしてる!? 肉体と意識が結びついて私がいるのよ。そもそもこの二つは分けることが出来ないと思うわ。なんかパパの書斎から借りた本で読んだもん!」

「よくできました。その論でいくと、君でもさくらさんでもない何かがお兄ちゃんの傍に居続けることになるけどいいの?」

「あああああああああああっ!?」


 馬鹿は私! 私だったの!


「今回もゆみちゃん負けちゃったねえ」

「と、思うじゃない?」


 確かに私が馬鹿だったことは認めざるを得ない。

 しかしただの馬鹿ではない。

 

「自慢じゃないけど、私、転んでもタダではおきないタイプだから」

「よしよし、じゃあ死なない程度にいっぱいころぼうねえ」


 そう、私は幽体離脱しながらとてつもない情報を手に入れていたのだ。

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