第19話 嫌だ! この歳で前科者になりたくない!

 私は部屋に残っていた眼鏡をかけて臨戦態勢を整える。

 あの女はハッキリ言って役に立たない。パパもなんか家に居ない。私が頼れるのは私だけだ。

 扉が開く。


「こんにちは! サトル君の妹さんね! はじめまして私サトル君の彼女!」

「黙れデブス! お兄ちゃんに相応しい顔面偏差値とってから出直しな!」


 扉の向こうに立っていたお姉さんは凍りつく。ガタイは良いし襲いかかられたらまあ私は抵抗できないだろうが、言うほどデブでもブスでもない。美少女の私に比べれば劣るだけで……。けど、そんなことはどうでもいい。立派な不法侵入者だ。


「ここから居なくなれぇっ!」


 凍りついた眼の前の女にポーズとウインクを決めると、彼女の周囲の風景が歪む。

 次の瞬間、女の姿は消え去っていた。


「よし! お兄ちゃんの親族も抑えておこうって発想だろうけど、まず私みたいにお兄ちゃんに好かれる努力から始めた方が良いわよ?」


 まあ、どうせ聞こえていない筈だが。

 物音がしたので、窓の外を覗くと、我が家の立派な門の前で放心した様子のあの女が無様晒している。


「あっ、お兄ちゃんと私に関わる記憶を無くしちゃえ!」


 ついでにウインクとポーズを決めると、お姉さんは怯えた様子で周囲を見回しながら、人通りの多い道路の方へ走っていってしまった。

 

「いけない……こんな事している場合じゃないわ。お兄ちゃんのピンチ……助けに行かないと」


 私はお気に入りの自転車に乗ると、近所にあるお兄ちゃんのマンションへと、夜の町に漕ぎ出した。


     *


「いつもサトルさんの周りをうろちょろしてなんなのよ!」

「恋人です! サトルさんにこれ以上付きまとわないでください! 迷惑なんです!」


 私が途中で現れる数名の不審者を邪視で鎮圧しながら駆けつけると、酷いキャットファイトが発生していた。

 どうしよう。明らかにご近所迷惑だ。

 こうして自転車を漕ぎながら近づいているがどのタイミングでブレーキをかけるべきか全く分からない。


「迷惑なのはどっちの方よ! サトルさんファンクラブが崩壊したのは誰のせいだと思ってるのよこのサークラ女ァ!」

「閑静な住宅街で病人相手に大声出さないでくれません?」

「ベッドで寝てろや!」


 おかしい。お兄ちゃんの妹である私が、サトルさんファンクラブなるものがあったことを知らないなんて。きっと非合法の怪しい連中に違いない。

 困った。ブレーキをどのタイミングでかけるべきだろう。


「!”$!$#”$#!#”!#!」

「!”$!$#!$#!!!!!$#”$#”$&&&!」


 あ~わっかんないなぁ。

 ゆみちゃん幼女だからこいつら何言ってるかわかんない。

 公序良俗に反する内容じゃないかな~って推測できるんだけど幼女だからな~難しいなあ~!

 それにブレーキかけるタイミングもわかんな~い。


「あ、あぶな~い」


 そうよ。私、幼女だから坂道を下る速度を乗せた自転車で、恋路を邪魔するゴミどもを諸共にぶっ飛ばしても問題ないわねえ!

 

「きゃっ」


 だが、佐々木サクラは咄嗟に回避する。仕留めそこなった。

 私の目の前には“ドアノッカー”の生き残りの女。状況を理解できずにポカンと口を開けている。


「あっ」


 そういえばうっかり忘れてたけど、物には作用と反作用があって、何かにぶつかれば同じ力で押し返されるらしい――


「――おごぉっ!」


 気づいた時には自転車ごと私の身体は宙を舞い、ストーカー女はアスファルトに勢いよく叩きつけられ、佐々木サクラは信じられないものを見る目つきで私を見ている。この女、私を利用したな……!?


「ゆみちゃん!?」


 悲鳴を上げる佐々木サクラ。心配しているらしい。疑ってごめんな――


「ぎゃああああああああいっ!」


 地面に叩きつけられ、自転車の下敷きになる。

 痛い。とても痛い。


「うっ、ぐっ……!」


 涙が、涙がじわじわ漏れてきた。

 なんでこんな目に遭わないといけないんだ。


「ふぇえ……!」


 涙が止まらない。止められない。痛いんだもの。

 起き上がってきた女が自転車の下に居る私を睨みつけている。

 だがまあ良い、作戦通りだ。秘密兵器の邪視眼鏡はしっかり装備済み。このまま邪視の力でこのメスゴリラを……。


「危ない! ゆみちゃん!」


 そんな私の計画を邪魔したのは、佐々木サクラだった。事もあろうにこの女は自転車の下の私をかばい、メスゴリラの前に立ちはだかる。

 お姉ちゃんどいてそいつ殺せない!


「その子供……なに?」

「私の可愛い……家族です!」


 気持ち悪っ。


「ふうん、妹ってこと?」

「チガイマス」

「違う? 確かによく見るとその顔、まさか……サトルさんの妹!?」

「ソウデス」

「厄介なことになったわね……サトルさんの心証が悪くなっちゃう」

「元からドブですよ。“ドアノッカー”」


 それはそれとしてスピードファイターのお姉ちゃんが、私を庇いながら戦えば、圧倒的な不利につながることは火を見るよりも明らかだ。

 私を一度ならず辱めた恋敵であるこの女が無様を晒すのは大いに結構なのだが、私を守って倒れられると非常に不愉快なんだよなあ~!


「そう、じゃあ、貴方ごと消してあげるわサクラちゃあん!」

「おまわりさん! ううーっ!」


 私の叫び声で場が凍りつく。

 なんとなくそんな気がしていた。かたや女児誘拐犯、かたや集団ストーカーのリーダー。そして私は清く正しい女児。

 今の警察コールはハッタリでもなんでもない。邪魔者共を一掃する為にこちらへ向かう間に先に警察を呼んでおいたのだ。

 それにしてもお兄ちゃんの周りにいる女ってどうしてこうも最悪なのかしら。やはり私がお兄ちゃんを守るしかない。

 

「サイレン……!」


 その時、丁度よく遠くから鳴り響いてきたサイレンに、ゴリラ女が反応する。


「お、お兄ちゃんの家にストーカーが出たって警察を呼んでおきました! 何が有ったか知らないけど私の家にもよくわかんない人が来たし!」

「そんな、あの子がしくじるなんて……!」


 次の瞬間、シュッという音と共に宵闇に紛れて何がしかの液体がゴリラ女に向けて噴霧される。ゴリラ女が怯んだすきにサクラお姉ちゃんが私を抱きかかえて走り出す。ちょっと信じられないくらい足が速い。


「逃げますよゆみちゃん! 警察サツはマジでやばい!」


 不良漫画か?

 振り返るとゴリラ女の姿も消えている。


「私悪い事してないよね……?」

「ゆみちゃんは夜間外出とひき逃げがあるでしょう? ひき逃げ? あっ、自転車」

「あっ」


 このままだと防犯ナンバーから私の所在は一発で発覚する。


「お姉ちゃん」

「なんでしょう」

「少し打ち合わせしようか……」

「……はい」


 もうぐっだぐだだよ。

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