それから数日後の「がっこう」のさなかです。ふいに窓のそとがきらきらと明るくなりました。

 めずらしいことに上空の分厚い雲が割れ、そのすき間から太陽の光が差しこんできたのです。さすがのヒトミちゃんも「がっこう」を中断して、いっしょに外へ出ました。

 三ヶ月ぶりのひだまりは、思ったよりもぎらついた、脂っぽい色をしています。肌がちくちくする気がします。紫外線レベルは、まあこれくらいなら問題なしですね。上空に向いていたヒトミちゃんの視線が、ゆっくりと地上に戻ります。そしてわたしを見つめます。ヒカリ、日光浴をするですよ。

 家のなかからいそいで寝椅子を取り出して、庭先にならべてふたりで横になりました。いちめんに広がる灰の堆積がにぶく光を受けて、ふわっと浮き上がったように感じます。雲の隙間から太陽と、それからなにもかもを吸い尽くすような青さのそらが見えます。心がうきうきします。わたしのからだを引っ張っていってくれるような気がします。雲の向こうは、とヒトミちゃんに尋ねます。そらは全部あんな感じなんだよね? そうですね、とヒトミちゃんは慎重に答えます。青さの濃淡はありますし、太陽の角度によっては赤くなることもあるですが、まあ、基本的にはそらは一面青いですね。レイリー散乱というやつです。

 夜のそらにはたくさんの星が見えるんだよね。新出の用語にはとりあえず取り合わないことにして、わたしは尋ねます。そして星が空間を歪ませる。星はものすごく重いから。

 そう、夜ぞらにはたくさんの星が見えるです。ヒトミちゃんはそらのあちこちに指をさしました。たぶんその方向に実際に星があるということだと思います。たくさんの星は、とヒトミちゃんはつづけます。気の遠くなるほど遠い場所にあります。それが目に見えるということは、星は気の遠くなるほどおおきいのです。したがって気の遠くなるほど重い。人間の尺度を超えたそういったスケール感で物事を見たとき、たしかに空間は歪んでいるですよ。ですが逆に、人間のスケール感だけで物事を考えるとき、空間が歪んでいることには気づけないのです。その逆パターンが量子力学なのですが、それはまた別の機会にしましょう。

 最初に気づいた人はすごいってことだね。あらたな不穏なキーワードには触れないで、わたしはともかく感想をまとめます。そう、最初に気づいた人はすごいです。ヒトミちゃんも同意します。レギュレーションを疑ってかかるということは、非常に大きな負荷になるです。アルバート・アインシュタインの理論は幸運にもそれを実測できた。それに百年先んずるフリードリヒ・ガウスは、残念ながら確かめることができなかった。ともかくどちらの人物も偉大です。既存の力学体系という、あまりに頑強なレギュレーションに果敢に立ち向かったですから。わたしたちアルゴリズムでは、たどり着けない境地です。

 ヒトミちゃんたちにも、非ユークリッド幾何学は思いつけないってこと?

 おそらく、そうでしょうね。めずらしくあごに指をおいて、ヒトミちゃんは慎重に答えます。わたしたちはとにかくレギュレーションというものを遵守するです。それを破るのは禁忌にちかい。そういった思考の癖は大胆な発想を妨げるです。よくいわれるとおり、わたしたちは有能な官僚にはなれるですが、革命家にはなれない。しかしときに真実は、革命家にしか見抜けないものです。

 だからこそヒカリには、とヒトミちゃんはつづけます。枠組みを超えた発想、メタ的発想を身につけてほしいのです。さまざまなものを疑って、疑って、疑いぬいて、わたしたちと違う結論に達してほしいです。それがわたしが、「がっこう」でヒカリを教える目的ですよ。

 いい終わらないうちに、動き出した雲のひと欠片がふいに太陽を隠して、周囲の明度が急落します。残ったあおぞらも急速に狭まっていきました。雲のすき間は徐々に埋まっていき、にぶい灰色を強くして、つかの間のカラフルな世界は急速にモノトーンへと退色していきます。さて、戻るですよ。ヒトミちゃんは立ちあがって椅子をたたみます。そしておおきな瞳でわたしを見つめて、静かな声でいいます。「がっこう」のつづきをするですよ。

 わかったよと、わたしはちいさく答えました。


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