少年の気持ち 2

二人の辿ってきた道のりは険しすぎた。


 ダンは俯いて震えている。


 デライもその年齢であったら今のように冷静でいられるか、分からない。

 一つだけ、落ち着いて話を聞くことが出来たのは、彼らが所属する旅団も、悲しい過去を背負ったものが多かったから。様々な過去だ。


 家族の為に体を売り続けた、生きるために人を殺める事しか出来なかった、たった一人の大切な人を失くした。

 デライにも両親は居ない、顔も名前もわからない。

 だが、彼らは力があった。だから集って乗り越える事が。


 その彼女たちからしても、あまりに報われない過去であった。


 二人は言葉を発せずにいる。彼らになんと言葉をかければよいか分からない。特に様々なものを見て経験してきたデライは。


 顔を伏せていたダンが、声を震わせながら口を開く。


「なんかごめん。俺、不自由なく育ったから。二人に申し訳ない。なんて言ったらいいのか分からないけど、よかったら俺らの旅団に来ないか。そこならうまい飯も、快適な寝床も。毎日生活に困る事なんて無いし。こんな生活辞められる」


 それを聞いたヨシュアは少し悲しそうに見え、申し訳なさそうに口を開く。


「不自由か。僕にはシナイが居ればそれで十分だよ。君の話はありがたいけれど」


——二人で一緒に居たいんだ——


 断りかけた時ダンが横に吹き飛んだ。見るとデライが拳を握って立っている。


「おい、お前ふざけるなよ。何を分かった気になって、粋がってんだ。お前の言ったことは、言おうとしたことは、彼らが必死に生きてきた証を踏み躙った。冒涜だよ。僕は何不自由ありません、だから君たちに恵んであげたいです。クソッタレが。その後の言葉を今もう一度言おうとするなら、私はお前を軽蔑するぞ。最低だ。もう一度言う、最低だ」


 ダンは倒れたまま動かない。近くの小石を、これでもかと強く握りしめ震えている。

「すまない。折角の楽しい時間をこんなにしてしまって。君たちに不快な思いをさせてしまった。今日はこれで帰らせてもらうよ。その食事は君たちが食べてくれ」

 デライは、幾ばくかの金を置いて、頭を下げる。これは迷惑をかけた分の謝罪だから置いていくと、好きにしてくれ。そう言って、ダンを連れて歩いて行った。


「どうしたの急に? びっくりした。このパン、私たちが食べっちゃっていいのかな?」


 シナイはヨシュアの膝の上に座ると、顔を見上げて不思議そうな顔をしている。


「いいよ。だから今度二人にあったら、ありがとう。って言わないとね」


 頭を撫でると、嬉しそうに少女は食事を再開した。それを見るヨシュアは、少し心に靄が残りただ上を見た。真っ暗な視界。澄んだ青空も満天の星空も、見たことのない目には映らない。手の感触をたどって、そこを見ると綺麗な藍色の光だけが、ずっと揺らいでいた。




 街のはずれ。ジメジメとした場所。人も通らないような場所で、死体のように座り込み首を垂れる少年と、その目の前に仁王立ちする女がいた。


「おい、クソガキ。何時までそうやって腑抜けているつもりだ。まだ、話は終わりじゃないんだよ。まずは立て。さもないと、もう一発お前にくらわす」


 その言葉に少年は、膝に手を置いて立ち上がる。その顔にはいつもの力強い瞳も、むすくれたような反抗的な口も無かった。ただ暗く何も言わない。


「分かってるのか? 自分が言ったことを」


 デライの言葉にも反応がない。ただ俯いたまま。握った拳を震わせるだけ。

 それを見て少しだけ自分の事を思う。自分もこのくらいの年の時に、こうして叱られたことがあったな、と。当時の自分はそれが分からずに反抗し、取り返しのつかないことをした。

 デライはこの未来ある少年には、自分のようになって欲しくなかった。もっと、強く優しい男に育って欲しい。そう思い、もう一度、荒い声を上げる。


「お前の言いたいことも分かる。彼らの通ってきた道は、私たちが見てきた道の中でも厳しく、険しいものだ。それを助けたい、お前の気持ちも痛いほど分かるさ。私だってそうしたい。彼らを救いたいよ。その気持ちは同じだ、それを思えないやつを、私は仲間とは呼ばない」


 ダンは、何も言わず黙って話を聞き、ただ、じっと立ち尽くす。デライは構わず続ける。

 でもな、お前が言った事だけは、私も流せないよ。先程よりも、強く、優しい声を紡ぐ。


——不自由だろう?

 その通りだ。

 美味い飯が食いたいだろう?

 当たり前だ。

 こんなひどい小屋で生活するのも大変だろう?

 当たり前だ。

 生活に困っているんだろう?

 見たら分かる。

 こんな生活、辞めてしまおうよ?

 そんな事分かってる。


 全部、お前が言った事だ。彼らには、彼には、そんな風に聞こえただろうよ。彼らは、今を命懸けで精一杯、生きているんだ。

 そんな彼らを侮辱することは、例え、仲間だろうと私は認めない。そんなことを言ったお前を許さない。


 お前は、旅団の仲間たちの何を見てきた? 仲間をお前は、そんな風に見ていたのか? 何を学んできた。答えろ。今のお前に、怒ることも、落ち込むことも、増してや泣くことなんか、私が認めない。そんな権利はない。


 考えろ。どうしたらいいか。黙っていないで、どうしたらいいか言ってみな——


 ダンの足元には、幾つもの水滴が落ちる。

 ギリギリと、小さい音を鳴らす。デライは、何も言わず、ダンを待ち続け、そうしたまま時計の針は進み続けた。ダンの足元には、小さな水たまりが出来ている。

 彼はもう一度、強く拳を握るとデライの目を見据えた。


「謝りたい。俺の言ったことを、身勝手さを、精一杯に生きた時間を、バカにしたことを。謝りたい。でも助けてぇよ。二人を助けたいんだよ。かわいそうだから、とかじゃない。ただ、助けたいって思ったんだよ。でも、どうしたらいいのか分かんねえ。必死に考えたけど、分かんねえ」


 ぐしゃぐしゃになった顔で、強い目で、弱く嗚咽を混じらせながら初めて叫ぶ。


「教えてくれ。どうしたらいいのか、教えてくれ。後悔ならさっきしたよ。でも助けたい。もう、後悔したくない。だから頼むよ」


 全くだ。綺麗な目になった。真っすぐで相手だけを思う目だ。気づくのが遅いんだよ、お前は護衛隊なんだろ? 力は認めてる。その若さでの力は、目を見張るものがある。

 まだ未来もある。間違いなく、今よりも力をつけるだろう。将来は、隊を背負う立場にならなければならない。

 唯一だよ。ずっと足りないもの。


 やっと分かったかな、チビ助。


「何言ってんの。助けたいなら助けるだけだろー。怒ったけどさ、言ったじゃん。助けたいってのは、私も同じだって。ほら、さっさと泣き止めよー。これだから泣き虫の世話は大変だって。ダンが今使えるもん、全部使って助けてみなよ」


 ダンは、そう言われて力の抜けた顔をして笑う。もう泣いてなどいない。何をしたらいいのかも分かっている。やるべきことは決まっているのだ。


「今日は迷惑かけたし、明日になったらすぐ行くぞ。こんな顔、見せるのも嫌だしな」


 そうして、朝、起きた場所に向かって歩き出す。


——さっさと行くぞ、チビ隊長。うるせぇよ、ダンちゃん——

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