第十二話 そして気が気でない日々は続く

第十二話 そして気が気でない日々は続く ①

 二月十三日(本当は十四日だけど)深夜。明日(本当は今日だけど)は何の日?

 そう、バレンタインデーだ!!

 僕は奈緒にこっそりとサプライズプレゼントをする為、夜更かしをしてチョコ作りにはげむ。

 板チョコを溶かし、混ぜて、ハートの形の型にはめ、冷やして固めて……うん、完成っ!

 僕特製の手作りチョコレート、いっちょ出来上がり。


 僕は作った手作りチョコをラッピングにくるんで、『いつもありがとう』と言う手書きのメッセージカードをえて、奈緒の机の上、大好物のコカコーラがたっぷり入った卓上冷蔵庫の中にこっそり入れておく。

 何気なしに冷蔵庫のドアを開いたら、僕の手作りチョコが入ってた。そんなシチュエーションを想定。絶対に喜んでくれるよね!

 ではおやすみ、明日、気付いてくれていると良いなぁ……。


「おはよう」

 翌朝、僕は目が覚めた。

「ああ、おはよう颯太。こういう大馬鹿者の事、どう思うか?」

「大馬鹿者?」

「ああ。市販しはんの板チョコレートを溶かして固めただけの物を『手作り』と言い張り、冷蔵庫の中に無断で入れる大馬鹿者だ。誰だろう、そいつは」

「…………酷いっ!!」

 何てことを言いやがるんだ、奈緒はっ!!

 心を込めて作ったのに! 喜んで欲しくて作ったのに! それなのにこの仕打ちは無いだろ?

 うわぁぁぁぁぁぁぁん! 泣いちゃうよ、泣きたくなるよ!

 僕は部屋を飛び出した。一階のリビングルームへと降りていった。


「おっはよー、颯太君っ!」

 いつものように優奈はゲームをしている。

「ねえ聞いてよ、優奈。僕がせっかく手作りチョコあげたのに、奈緒が大馬鹿者って言ってきて……」

「あっ、そう言えば今日はバレンタインデーだったね! ねえ、あたしには? あたしには?」

「優奈にはあげないよ!」

「ええーっ、なんでー? 依怙贔屓えこひいき! 依怙贔屓! おっぱいはあたしの方がおっきいのに!」

「だって……そりゃ……」

「何だ颯太、姉貴。騒がしいな……」

 階段から足音と、奈緒の声が聞こえてきた。奈緒がリビングルームに入ってくる。

「奈緒っ……酷い、酷いよ……」

「あのチョコレート、お前が贈ったのか。気付かなかった」

「…………分かっている癖に」

「悪かったな、お前の気持ちを理解できず。ほら、これをやるよ」

 奈緒は小さな小包こづつみを僕に渡す。

「何だろう、これ……」

「開けてごらん。遠慮えんりょはいらん」

「ありがとう!」

 僕はその小包の包装を解く。

 小さな箱だった。その中身は…………

「うおおおおおおおおおおおっっっっ!!!!」

興奮こうふんするな、静かにしろ!」

 中身は色とりどりの小さなチョコレートの五個入りだった。

 めっちゃ美味しそう。でも高そう。僕の為に、こんな良い物を……。

「ベルギー直輸入ちょくゆにゅう代物しろものだ。お前の為に買ったんだ。感謝しろ」

「感謝? 勿論とも! 嬉しいっ!! 大好きっ!!」

 奈緒にありったけの感謝!

 まさか奈緒が……こんな商業主義のイベントなんてくだらないとか言ってそうな奈緒が、僕に……僕にバレンタインのチョコをくれるなんて……嬉しすぎる! ひゃっほぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!

「そんなに嬉しいか?」

「嬉しい、嬉しすぎる! どうしてくれたの?」

「それは、まあ、その……。お前と同じ……だ」

「えっ、それって、どういう事?」

「……察しろ。颯太、食べてくれ」

 奈緒の言葉はどもっていた。何か隠し事でもしているのかな? ちょっと恥ずかしそうな顔をしていた。

 僕は早速、奈緒に貰ったチョコレートを食べる。程良い苦味、とろける甘味、濃厚のうこうなカカオのコク……最高かよ! そこらのチョコと全然違うっ!

「ねえ奈緒、あたしには? あたしには? あたしにはくれないの?」

 優奈は駄々だだをこねる。

「姉貴にやる分は無い」

「ケチ……。颯太君にはあげて、あたしにはくれないなんて……。ねえ、どういう基準なの? ねえ、ねえ!」

「何だって良いだろ。なあ颯太、そのチョコレート、美味いか?」

「すっごく美味しいよ。こんなの初めて……」

「フフッ、ならば良かった。いつもありがとう、颯太」

 …………いつもありがとう、だって????

 僕の言葉を返してくれた! 奈緒への愛を込めた僕の言葉をそっくりそのまま……。うううううううっ、嬉しくって嬉しくって、泣いちゃうよ、泣きたくなるよ!

「な、奈緒……僕のチョコは……」

「嬉しかったぞ、その気持ちは。チョコレート自体は美味しくなかったけどな」

「正直だね……。でも良かった。喜んでくれたなら」

「こっちこそ良かった。来年も贈り合おうな」

「うんっ!」

 奈緒は珍しく、屈託くったくの無い笑顔を見せてくれた。

 僕と奈緒の距離が、また一段と縮まったような気がする。

 案外、なれるのかも知れない。もしかしたら、意外と近い所まで届いているのかも知れない。『恋人』と言う関係に――

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