第9話 これが魔女と騎士との出会い(前)

 叡智を求め追究し、時に昇華させ、時に忠実に後世へと継承していく。


 魔法に携わる者は総じて偉大な先人達に敬意を払うと同時に、その背中に追いつき追い越そうと努力を欠かさず…またどん欲である。


 故に、全ての知識、全ての流派、全ての学問、全ての職業に等しく興味を示し。


 一般に定義された優劣からくる先入観を捨て、あらゆるものに真剣に向き合っているのだ。


 そんな叡智の探求者達が集う魔法学院を今年卒業し、かねてから夢見た世界を渡り歩きあらゆる未知と神秘に触れ、自らの知見を肥やすのに最適な職業…冒険者になる為、ここヴァルサフランのギルド拠点に現れた彼女。


 アーリカ・ベルベッティー。


 燃えるような紅い頭髪に色素の薄い白く滑らかな肌が際立ち、その少しつり目気味の双眼もまた髪に負けず劣らず炎を思わせる橙色をしている。


 桃色に色付いた小さな口元は固く結ばれており、細く吊り上がった眉と泣き黒子も相まって見るものに芯の強そうな…見方によっては少しキツい性格そうだという印象を与える彼女は闇印魔導士のジョブに就いている。


 冒険者登録の手続きをスムーズに済ましたアーリカ、通常であればここから初の依頼に取り掛かるのだが…。


 その前に、彼女は一先ず冒険を共にする仲間を募ろうとパーティーメンバーの募集用紙を作成し受付嬢へと手渡した。


 パーティーメンバーは勿論、口頭によりその場で話をつけ集める事も可能なのだが、若干人見知りの気があるアーリカはギルドが用意している募集用紙に基づく公募…即ちパーティメンバー募集システムを利用する事にした。


 ギルドに設けられたこの辺のシステムについてアーリカが初めから詳しいのは、彼女の事前調査の賜物だろう。


 そんな訳で、あまり高望みはしないが自身のジョブとの相性上、兎に角前衛職を欲していた彼女はその希望を記した上でギルドからの連絡を心待ちにしていた。


 それから数日後。


 アーリカは待てど暮らせど音沙汰の無いギルドへ赴き、受付嬢へパーティーメンバー募集の件について問い合わせると、どこか言いにくそうにこう告げられた。


「アーリカさんの就くジョブの関係上、その……なかなか難しいかと」


 その言葉の意味をすぐには理解できない程に、受付嬢の放った言葉はアーリカにとって衝撃的だった。


 今の今まで魔法学院という、全ての存在、全ての職に敬意を払い尊敬し興味を示すが常だった環境にいたせいですっかり失念していたのだが、彼女が就く闇印魔導士というジョブは魔法職の中で…いや全ジョブのなかでも、冒険者達の間ではダントツで人気がない、超・不人気ジョブだったのだ。


 というのも、魔法式を空中あるいは地上に展開し幾つもの工程を挟んだうえで発動する印式魔法を扱う印魔導士はその発動までの時間の長さからそもそも冒険者に好まれていないのだが。


 それに加えて、複属性である闇を扱う闇印魔導士はその発動工程がさらに複雑化する為パーティーメンバーからするととても扱いづらい存在になってしまうのだ。


 そんな面倒なジョブが、何故詠唱だけで済む魔法使いと共に今の時代まで残されているのか?


 そう疑問に思う者もいるかもしれないが、それは印魔導士にしか行えない魔法の途中分岐と強制終了が関係している。


 印魔導士は魔法式を具現化し文字通りその場に広げ魔法を発動する関係上、その場の状況に合わせて魔法式を組み替え発動内容を急遽変更したり魔法式を無意味な順番で並び替える事で強制的に中断する事が出来る。


 一方、発動方式が詠唱となる魔法使いは一度詠唱を始めればその内容の変更は極めて困難であり、また非常に短い区切りであっても往々にして対応する魔法が存在してしまう事から魔法の発動を完全に中断する事も難しいとされる。


 魔法はこの他にも念式や無詠唱…動作詠法など多岐に渡るのだがその説明は一先ず置いておくとしよう。


 上記の理由から素早い発動を得意とする魔法使いは冒険者に適しており、刻一刻と変化する状況に柔軟に対応できる印魔導士は主に戦での活躍が期待されているのだ。


 故にギルドの受付嬢が苦言を呈するのも無理も無い事。


 しかしながら、アーリカという少女は冒険者を志しここまでの道を歩んできたのだ。


 そうそうにその夢を捨てきれる筈もなく、腹を括りパーティーメンバー募集の公募を取り下げソロでの活動を開始しようと心に決めた。


 そんな決意から二日。


 一先ず受けてみた葉切り棘羽虫ハギリバモスの幼虫駆除依頼。


 ハギリバモスの幼虫は大きさこそ子犬程もあり見てくれも毒々しいが、その実状態異常の類は持ち合わせておらず攻撃方法はモゾモゾと相手に近付き噛み付くか尻尾にある果物ナイフサイズの鋭利な棘の一種…見た目は刀に近いソレを振り回す事くらいだ。


 故にこのモンスターは駆け出しの証であるE級帯の冒険者でも対処しやすく、近接職などであればソロでの達成も決して困難ではない。


 …が、しかし。


 アーリカ、彼女のような攻撃の度にその都度その場で足を止め一つずつ魔法式を展開してゆく戦闘スタイルではそうもいかない。


 魔法を組み上げる間にハギリバモスの鈍重な動きですら接近を許してしまい慌てて魔法式を強制終了し距離を取る…そしてまた構築中に接近されると、その繰り返しでちっとも駆除が進まないのだ。


 この依頼は今の自分には合わなかったと見切りをつけ依頼の途中放棄料金をギルドに支払った彼女はそこから一週間以上ギルドに顔を見せる事は無かった。


 一週間の間、アーリカは自分の中にある冒険者をやっていきたいという気持ちと心の片隅で徐々にその存在感を増してきた不安…即ちこのままでやっていけるのだろうかという思いを一旦整理する為にその時間を費やしていた。


 卒業を期に、親から出資してもらい一人暮らしを始めた宿の一室に籠り自問自答を繰り返す日々。


 そんな生活を送るのにも衣食住は欠かせず、現在その全てを親に頼っている自分。


 早く独り立ちせねばと思うが夢も捨てきれず、その道は未だ先が見えていない。


 考えれば考える程答えは分からなくなり途方に暮れるアーリカ。


 そんなある日、まるで彼女の様子を見透かしたかのように彼女を送り出した両親から一通の手紙が届く。


 そこには家を出てからまったく連絡を取っていなかったアーリカを心配する内容が記されていた。


 手紙を読み、まだ一月も経っていないのに親馬鹿だと口では言うが、そんな彼女の頬には一筋の涙が伝っていた。


 手紙が届いたのをきっかけに気分転換にでもなればと、一度実家に戻る事を決めた彼女はそこで随分と久々に感じる家族との時間を過ごすうちに心にゆとりが生まれ…いつになく素直に自身が思い、悩んでいる事を両親に打ち明ける事が出来た。


 アーリカの悩みを聞いた彼女の両親は単純に助力するのではなく、現実的な期限をつけ彼女の夢を応援すると口にした。


 実のところ、アーリカの実家であるベルベッティー家の財力を持ってすれば彼女が一生夢だけを追い続けたところでどうにかなってしまうのだがアーリカはそんな事を嬉々として受け入れるような娘でもなく、また両親もその事を理解していたので背中を押す為の力添えとして三年間。


 三年間は資金的にも彼女の夢、冒険者としての活動を支援し。


 それで駄目なら別の道…といっても、印式魔法が重宝される軍隊はなにかと危ないだろうと魔法学院の教員や魔法技師などを目指すようにと彼女を諭した。


 こうして三年もの間両親からの全面的なサポートが約束された彼女は再び奮起し、その日からギルドのクエストボードの前に張り付いて自分のジョブでも達成できるであろう依頼を長い日には半日もかけて選別し、コツコツとまずは採取系の依頼に限定し着実にこなしていくのだった。


 そんなある日。


 彼女にとっては一日の始まりは最悪…されど後に振り返れば人生の分岐点になったその日。


 まったくもって不幸な事にモンスターの討伐を避けられる採取依頼が全滅しており、項垂れていた彼女の背後に一人の大男の姿はあった。


 意気消沈。


 まさにそんな言葉を体現した様子で帰路につこうとするアーリカは予想外に近くに居たその男…グレイにぶつかりそうになり、受けれる依頼が無かった不満もあってかついつい鋭い口調で彼を注意してしまう。


 その瞬間、ギルドの空気は凍り付いた。


 冒険者登録を済ませてからおよそ一か月半、まだその程度しか経っていないにも関わらずその等級は既に冒険者達の頂点…S+3に到達しているその男は二つ名の変貌も留まる事を知らず。


 何時からかその名は十人十色、皆思い思いの異名をつけ彼の名を口にする。


 グレイ・バーツ、勘違いに勘違いを重ね孤高の実力者と化した一人の男と。


 そんな彼を下から睨みつつ、突然ピリついたギルドの空気…その変貌により動けなくなってしまった彼女、アーリカ・ベルベッティーはこうして出会った。

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