第4話 ガルガン工房(後)

 話には聞いた事があったがドワーフが出すお茶は鮮やかな緑色だった。


 ドワーフの鍛冶職人ボコル殿いわく茶葉自体は一般に出回っているものと違いはないが、その加工もとい発酵のしかたが異なるらしい。


 ものは試しにと緑色のお茶を口に含めば、まず最初に慣れない苦味に驚愕したが。


 どこか癖になる風味に促されもう一口…もう一口と器を傾けていき、気付けば出された一杯を綺麗に飲み干していた。


「おうおう、いい飲みっぷりじゃのぅ」


「あっ、おかわり要りますか? 」


「ああ、頼む…。 それにしても、このお茶は後味がいいな」


 苦味にさえ慣れてしまえば、喉を通った後の爽やかさ…スッキリとした味わいが心地よい。


 そんな、一風変わったドワーフのお茶と素朴ながら麦の香ばしさが際立ったクッキーの相性は抜群で。


 ボコル殿やルルさんが勧め上手という事もあり、気付けば少し摘まむだけのつもりでいたクッキーもしっかりと完食していた。


「さてと…。 何はともあれ、グレイ。 お主が依頼を達成してくれて、本当に助かったわい」


「いや、本人を前にこんな事を言うのもなんだが…報酬がかなり旨かったからな」


 冒険者になったのだからと、それらしい事を言ってみたが…実際は碌に内容も視ずに受けた。


「そ、そうかの? ワシもそれなりに奮発したつもりじゃったが…あの場所は竜も出るし割に合わなかったかと、ちと後悔していたのじゃ……」


「ん? 竜、か。 そういえば…俺も一体出くわしたな」


 俺は梱包された竜の素材が詰められた袋を持ち上げ、テーブルの上へドサリと置いた。


「一先ず撃ち落としてきたんだが…ボコル殿、後でこの素材の加工を頼めるか? 」


「ぬぉ!? コイツぁ……なんつぅ量だ。 それに、どいつもこいつも状態・質ともに最高じゃねぇか……ッ! 」


「竜捌きには、それなりに覚えがあるからな」


「カーッ! あの爺の奴め…いったいどんな教育を施したのだが……。  っと、勿論じゃ! 加工はワシらに任せてくれぃ、詳しい話は後で纏めるとしよう」


「グレイさん、私にもその袋見せてもらっていいですかっ! 」


「勿論だ」


 プレゼントを前にした子供のように、目を輝かせながら袋を覗き込むルルさんをよそに。


 俺とボコル殿の話題は爺さん…つまりはブレン・バーツに関するものへと移った。


「その、先程から気になっていたんだが。 ボコル殿と爺さんは知り合い…なのか? 」


「おうよ、知り合いも何もアイツぁウチの常連じゃった。 っと言っても、その頃ここを切り持っていたのは先代…つまりワシの親父じゃがな」


「先代…? 」


 ドワーフという種族はその見た目から年齢を図るのは往々にして難しいとされるが、エルフと並び生命力が強くとても長寿な種族として知られている。


 ボコル殿の年齢は予想もつかぬが、その親父さんがここを切り盛りしていた頃から冒険者としてお世話になっていたブレン爺さん。


(ん? )


 ……いや待て。


 俺は普段からブレンの事を爺さんと呼んでいるが、あの人の風貌はどうみても爺さんという程老いてはいない…中年に差し掛かったオジサン辺りが適切な表現だろう。


 そういえば、奴とは俺が物心ついた時から一緒にいたが…老いたなと感じた事は無かったような…。


 やはり、あの爺さんはいろんな意味で怪物だったようだ。


「まあそんな訳で、お主の鎧もワシの親父が手掛けたものなんじゃが。 ふむ…どうもその鎧、お主の身体に合わせて色々と手が加えられているようじゃな? 」


「そう言えば…この鎧、譲り受ける前に爺さんが何やらトンカントンカンやっていたな」


「カーッ! 呆れたわぃ、あやつは昔から手先は器用じゃったが…まさかドワーフの秘儀に迫るとはなぁ」


 ふんっ、と鼻を鳴らし何処か面白くなさそうなボコル殿だったが、直ぐにニヤリと口角を上げ名案を思い付いたとばかりに手槌を打った。


「そうじゃ、今回ばかりと言わずにお主の武具の面倒はワシが見てやろう…いや見させてくれぃ、頼む! 」


「あ、ああ…。 それは構わないが」


 別段、鍛冶職人に知り合いがいる訳でもなかったし…爺さんの顔見知りとなれば俺としても安心して武具を任せられる。


 寧ろ、俺の方から頼もうと思っていたほどだ。


「よぉし! ふっふっふ……これでアイツの技をジックリと研究出来るわぃ。 見ていろブレン…ワシとお主、どちらの腕が勝るか今に証明してみせよぅ……ぐふふ」


 親父殿が手掛けた防具を見て職人魂に火がついたのか、先程からぶつぶつと呟き自分の世界に入っているボコル殿はそっとしておき、ルルさんに俺はそろそろ宿に戻ると告げる。


「あっ、えっと…今日は何かとありがとうございましたっ! その……また来ます、よね? 」


 俺が手にする竜の素材が詰まった袋が余程気になるのか、チラチラと視線を送りつつルルさんはそう尋ねてくる。


「ああ。 今日はもう遅いが、ボコル殿とはコイツの加工の話もある。 それに、武具の手入れは今後ここにお世話になると約束したからな」


「わぁーっ! ではっ、また明日ですねっ! 」


「お、おう…。 それでは、失礼する」


 すっかりと暗くなった夜道を歩き宿へと戻る。


 俺が今日から寝泊まりする宿、ポポのポ亭の女将さんにこんな時間に戻った事もあり何かと言われそうになったが。


 そこはすかさず、三か月分の代金先払いを盾にやり過ごした。


 自室に戻り、ベッドに腰かけるとすぐに腹が鳴った。


 そう言えば、先程クッキーを頂いたものの夕食がまだだった事に気付く。


 とはいえこの時間帯だと食堂は完全に閉まっており…帰宅中の町の様子からいっても未だ営業している飲食店はなさそうだった。


「そういえば…コイツがあったな」


 ドラグナード鉱山での仕事中。


 腹が減ったので竜の肉を炙り食したのだが、その残りを油が周りに付かぬように梱包して鞄に入れていた事を思い出す。


 今日はこれで夕食を済まそう。


 肉を食すのに水気が全く無いのも辛いので、女将さんに頼みお湯を用意して貰った。


 水もお湯も、魔法を使えば自力で調達する事も出来るのだが…こういった都心部では無闇に魔法を扱う事は禁じられており。


 不法な魔法の使用を感知するシステムも出来上がっているのだと爺さんから聞かされていた為、俺は素直にその忠告に従う事にした。


 腹を満たし体を清め、歯の手入れもキッチリと済ませれば気分は爽快。


 サッパリとした状態でベッドにゴロリと横になる。


 こうして俺のヴァルサフランでの初日は終わりを告げた。




 ◇◆◇




 翌日。


 ガルガン工房の入り口には、その日も休業の意を示すプレートが掛けられていた。


 そんな中、グレイは工房の地下に通され丸太を加工して作られた椅子に腰を下ろす。


 彼は昨日約束した竜素材の加工を頼みに、工房まで赴いたようだ。


 これだけ上質な竜素材。


 何を作りたいのだとボコルが問えば、グレイは投擲用のナイフを作って欲しいのだと言う。


 その言葉を聞き、愉快そうに笑う店主のボコルは頼まれたとばかりに胸を叩いた。


 投擲ナイフの作成について細かい擦り合わせをする傍ら。


 ボコルはグレイにある相談を持ち掛ける。


 それは愛娘のルルが抱える、例の問題についての話だった。

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