勘違い騎士さん珍道中

猫鍋まるい

第1話 拝啓爺さん(前)

 その日、常時であれば賑やか…いや騒がしいほどである筈の冒険者ギルドは不気味なほどに静まり返っていた。


 その原因となっているのが、一人の男の存在だ。


 長身で屈強な体格とそれに見合った重装備を身に纏い、その広い背中には並の者なら持ち上げるのがやっとといった大盾と共に、盾に引けを取らないサイズの大剣が鎮座している。


 顔付は美男子というよりは男らしく、薄っすらと残った古傷が彼の獰猛で…ともすれば威圧的な見てくれをより一層際立たせている。


 短く刈り上げられた髪は濃いグレー、瞳はオリーンの実を思わせる深緑だ。


 正午手前、出入する冒険者の数も落ち着いてきたとはいえ静寂に包まれたギルドの様はまさに異常。


 加えて、ギルドの職員を含めこれだけ目立つ出で立ちの彼を知る者はこの場に誰一人としていなかった。


 そんな事を知ってか知らずか、その日初めて冒険者ギルドを訪れた男はゆっくりとした足取りでギルドの受付へと向かう。


 途中、一人の冒険者が彼の甲冑…その肩あてに刻まれた紋章を目にし、座っていた椅子からずり落ちた。


 彼の肩に刻まれていたのは王冠を被り盾を噛む熊の紋章、それが意味するのは盾役を務めるジョブの頂点に位置するマスター・オブ・ヘビーウォーリアである事の証明だ。


 本人の魔力に喚起し淡く発光するその紋章は自ら刻むことも、さらには通常の鍛冶職人や魔導技師が刻むことも出来ない。


 各ジョブの頂点に君臨するマスターの名を冠したジョブ、その証明である紋章は既にマスターの名を手にした冒険者から継承されなければ身に着ける事が出来ないのだ。


 故に、マスター持ちの冒険者は非常に稀少な存在であり。


 マスター職の中では母数が多い為最多人数を誇るとされるマスター・オブ・ソルジャーですらその総数は百人にも満たない。


 そんな希少で戦力としてはこの上ない逸材が突如現れ、見た所彼には連れ立った人物はおらず一人ソロとなれば、冒険者たちが考え付く事は皆同じ。


 あわよくば自分のパーティーに引き入れたい……!


 どうやら彼はこの拠点で活動する為の許可、即ち冒険者登録をする為にやって来たらしく先程から受付嬢と何やら話し込んでいる。


 彼をパーティーに誘うのであれば冒険者登録が完了した直後が狙い目だ。


 恐らく、ここにいる全てのパーティーが彼の獲得に意欲的であり…時間が経てばさらにその数が増える事は容易に予測できた。


 今ここに、冒険者たちの無言の攻防が始まろうとしていた。


 しかし、彼等は知らない。


 渦中の男が雑誌の情報を誤って解釈し、自身のジョブを”超絶不人気職”だと思い込んでいる事を。


 そもそもヘビーウォーリアというジョブは、重い装備、ヘイトを集めやすい危険性、他職と比べて素材と資金の消費も激しいなど。


 様々な要素が合わさり”就きたい”ジョブランキングでは、確かに超不人気と言っても過言ではない。


 が、これはあくまで自分が就くジョブの場合だ。


 仲間に居ればこれ程心強いジョブはなかなかおらず、上記の理由からその総数も極端に少ない為パーティに加えたいジョブランキングなるものを統計すれば、必ず上位に食い込む事間違いなしだろう。


 しかし、この男。


 流し見した雑誌に載せられていた”将来就きたいジョブランキング”を単純な人気ランキングだと思い込み心に大きなダメージを負っていた。


 そんなわけで、勘違い重装騎士ことグレイ・バーツはその日緊張でどうにかなりそうだった。




 ◇◆◇




 育ての親であると同時に師匠でもある爺さんが課す地獄のような特訓と、気を抜けば死にかねない数々の実戦の末…ようやく一人前の証を授かり意気揚々と都市へと出てきた俺こと、グレイ・バーツ。


 つい数日前までは天井知らずに上がっていたの俺の気分は、今まさにどん底といった具合だった。


 それもこれも。


 田舎町である故郷から都市へと向かう際に暇になるからと、魔装連車に持ち込んだ雑誌に人気なジョブランキングなどといった下位ランキングのジョブに就く者の事をまったく考慮していない、それはもうけしからんランキングが掲載されていたせいだ。


 俺は自身のジョブであるヘビーウォーリアのランキングが下から数えて二番目だった事を確認した瞬間、反射的にその雑誌を引き裂いていた。


 そりゃあもうビリビリにしてやったさ、ああ。


 兎に角、ただでさえ田舎から都心へと向かうとあって期待半分…不安半分だった俺の心は、最悪の状態になってしまったのだ。


 しかし、それだからといってあの隠居爺さんの元へ今更ノコノコと引き返す気にはなれず。


 なんだかんだで生活の拠点となる都市、ヴァルサフランまできてしまった。


 自身のジョブが超絶不人気職だと知った今、俺は舐められまいと表情を殺し口を堅く閉ざしながらギルドへの道を一歩ずつ踏みしめている。


 ギルドへの道中。


 三、四人で組んだパーティーと思しき冒険者達と何組かすれ違ったが。


 皆、俺を見るやいなやサっと道をあけ何やらコソコソと話し始めるではないか。


 俺はここにきて痛感する。


 この露骨な避け方に陰口の合わせ技…不人気だとは思っていたがまさかここまでだったとは。


 くそぅ…何故だか無性に会いたいぜ、爺さん。


 俺の心はもうボロボロだったが、それを表情に出せばどんな奴に絡まれるとも知れない。


 爺さんにもよくお前は見てくれがアレだからトラブルを起こさぬようにと、こんこんと言い聞かされていた。


 あの時はよく意味が分からなかったが、恐らく俺が都心へと出て良からぬ輩に絡まれぬよう教育してくれていたのだろう…。


 そんな事を悶々と考えている内にとうとう、ここヴァルサフランのギルド拠点に辿り着いてしまった。


 意を決して扉を開けば、先程まで賑やかだったギルドが一気に静まり返る。


 生まれてから今まで一度も体調を崩したことのない俺だったが、何故か具合が悪くなってきたような気がしてきた。


 しかし、ここで引き返せばあとで誰に何を言われるか分かったものじゃない。


 俺は鈍重の呪いに掛かったかのようなゆっくりとした足取りで、ギルドの受付へと向かった。




「……以上で手続きは全て終了です。 これがグレイさんの冒険者手帳で、これがギルドからの初期支給品です」


 もちろん職務だからだとは分かっているが。


 都会に出てきてから初めて俺と目を合わせて話してくれたこの受付嬢はきっといい人に違いない、多分そうだ……そうであってほしい。


 受付嬢の登場により多少心の傷が少し癒え、冒険者手帳と低級ポーションや霊水瓶が詰められた布袋を受け取った俺は。


 沈黙広がるギルド内から早々に脱出するべく、依頼が張り付けられたボードへと一直線に向かった。


 が、その途中…俺の行く手を阻む者達が現れた。


 周囲をやたらと整った容姿の男達で固め、さながら騎士に守られたお姫様といった風貌の可憐な少女が俺の前に立ちふさがったのだ!


 俺は直感的に察する。


 この少女は罠。


 この娘に少しでも近づいたら最後、周囲を囲む彼等が寄ってたかって俺を痛めつけてくるに違いない!


 きっとそうだ、間違いない。


 ここは試されの大地…都会なのだ。


 一瞬たりとも気を抜く事など出来ない。


「あの…。 えっと、グレイさん…で、いいのかなっ? えっとね、今から少しだけ…お話し出来たら嬉しいな~なんて…」


「すまない、俺は忙しいんだ」


 何やらもじもじと話しかけてきた少女からさっと顔を背け。


 俺の行く手を阻む美男子達に目配せする。


(今のセーフ? 二言だけならいいよね? いいよね? )


「「「…………! 」」」


 俺の必死のアピールが通じたのか、道を開けてくれた美男子集団の間を通り抜け今度こそクエストボードへと向かうのだった。


 爺さん、都会での生活はなかなかに大変そうだぜ…。

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