第15章

エリア048・スラムドッグス・ラプソディと魔女おばさん


 ストロングゼロのロングを片手に、空き缶を満載に詰んだチャリを一生懸命押しているおじさんが、テニスラケットを背負って横断歩道で信号待ちをしているジャージ姿の中学生の列を横切って行く。


 中学生達はおじさんを蔑む様な目で見ている。そのおじさんは『越谷市民』の可能性は極めて低いが同じ土地に住む仲だ。てめぇらの飲んでるモンスターの空き缶もくれてやれ……20銭くらいにはなるだろ……。



 平日の朝ならありえないくらいの渋滞にはまってた筈だ。このクソ汚いドブ川だらけの街はどうなってんだ? 全部埋め立てちまえ……。ドブ川のせいで真っ直ぐな道なんてほとんどないじゃないか。ドブ川のせいで渋滞するんだよ! ドブ川のせいでおじさんが集まってくるんだよ……。


 だいたい、なんで日曜の朝からターミナルに顔出さなきゃなんねぇんだよ。クソが……。まぁ、潮来でウロウロしてるよりはマシか……。



 どこの中学校だか知らないけど、車道にはみ出しながら二列になってチャリを漕ぐテニス部の生徒達の横を、なるべく離れてゆっくりと追い越し、ファミマの駐車場に入る。反対車線にはみ出しゆっくりと走るアメ車のせいで通りは大渋滞だ。


 クラクションを鳴らしたあのコンパクトカーめ……。文句があるなら越谷の中学全てに電話しろ。アメ車が来たら道を開けろと。車道にはみ出してチャリに乗るなと。怒鳴り散らしておけ。それか、もっと小さな────



 クソ……どうなってんだ? このファミマは。


『ボス』のブラックが見当たらず、どうしようかなぁと缶コーヒーを選んでいたら、窓越しに通りを走り去っていく、ローダウンされた黒いジョーカーが目に入る。艶消し黒のダックテールに露出過度な服装……。間違いない……。

 たしかに今日も朝からかなり暑いが、ここはカリフォルニアじゃない。ここは越谷だ。メリケンくそアマ尻ガールめ……。


 ────!? まさか、またノーブ   


 とりあえず『タリーズ』のブラックのロングを手にレジへと向かう。



 店の前でタバコをふかしていると、見覚えのある顔がファミマへ入ろうとしていた。


「おい」


 リュックサックを背負ってチノパンに白いポロシャツ、キノコみたいなくそダサい頭をした男を呼び止める。『刈り上げマッシュルーム』つったかな。この髪型はなんなのだろうか。俺が一番嫌いなタイプの髪型だ。

 

「あれ? B・Bさんじゃないっすか。いいんすか? たぶん、ボスもう来てますよ? 呼ばれてんすよね?」


 リビエラのとこの舎弟だか子分だか部下だか……名前はなんつったかな?


「いいんだよ。待たせとけば」

「またぁ、知らないっすよ? それになんすか? その格好……。怒られますよ?」


 クソが……。Tシャツに短パンは普通だ。なんなら越谷では正装の部類だ。


「お前だってリビエラより遅いんじゃマズいだろ?」

「いやぁ、あの人はアレだから。自分らは一応、公務員すからね。時間はきっちり守りますよ? 時間厳守です。朝残なんて五分でもゴメンすよ」

「ああ、そう」


 舎弟はニコニコしながら店内へ入っていった。真の公務員は土日休みじゃないのかな?とも思ったが、まあ、リビエラの舎弟だか子分だか丁稚でっちだか知らないが、消防やら警察なんかと同じ、なんだか訳の分からない連中だ。何も言わないでおいた。



 なんだか気が進まないのは、リビエラがどうのこうのじゃない。くそアマ尻ガールだ……。ただでさえアレなのに、さっきたまたま見かけてしまったせいで余計行きたくない……。


「あれ? まだ居たんすか?」


 舎弟が店から出てくると、いまだ踏ん切りがつかず、喫煙スペースにいる俺に声を掛けてくる。


「ん? まぁね」

「まったく。何本タバコ吸ってんすか……自分、先行きますよ? 遅刻したら洒落にならないですからね」

「ああ、そう」


 舎弟は、なんだか速そうなチャリに跨ると越谷市役所通りを駆け抜けて行く。キノコみてぇなくそダサい髪型は、後ろから見てもやっぱりダサい。大都会の朝を照らす太陽は、相変わらずクソ暑い。

 舎弟の後ろに着けたテニス部の生徒がひとり、遅刻でもしそうなのか、速そうなチャリを大外からぶち抜いていった。


 しょうがねぇ、行くか……



 越谷市役所の裏手にある一般駐車場に入り、物置みたいな小屋に横付けすると、中には『いつものオヤジ』が居た。


「お? B・Bじゃねぇか。どうしたんだ? また何かやらかしたんか?」


 八百屋帽子を被ったオヤジがニヤニヤしながら、駐車券を手裏剣みたいにして投げてくる。


「まぁ、そんなとこだよ」


 助手席の窓越しに、返事を返す。オヤジの投げた駐車券がダッシュボードのど真ん中に綺麗なかたちで収まった。


「リビエラんとこ行くならよ。新入りのくそジジイが、腰が痛ぇなんてぬかして休みやがるから、パイプ椅子じゃなくてイケアのソファーでも買ってこいって言っといてくれよ」

「その小屋にどうやってソファーを置くんだよ……」


 この畳一畳ほどの小屋から外界に睨みをきかせているこのオヤジは、能力者……だと思う。この駐車場の管理をしている連中は、スピリチュアル稼業を引退した暇な年寄り共だ。最近になって、リビエラのとこの部署が越谷市役所の地下に移って来たのをいい事に、こういう連中がタカリに来て小銭を稼いでいる。掃除のおばちゃん達の中にもタカリが紛れ込んでいるのを俺は知っている。


 元々働いてた一般のジジババはどうしたんだ? いずれ、この役所はタカリに乗っ取られるんじゃないか?


「おう、あとよ。Wi─Fiをこの小屋まで飛ばせっつっといてくれよ。ipadで動画が観てぇんだよ」


 リビエラは何故こんな連中を野放しにしてるんだろう……。あの女、越谷の民度の低さを舐めてたんじゃないか?



 オヤジを軽くあしらって車を止めようとしたが、日曜なのに一般駐車場が混み過ぎている気がする。

 なんとかスペースを見つけ車をねじ込み、小屋の前まで歩いてオヤジに尋ねてみる。


「混み過ぎじゃねえか? 日曜だぞ?」


 オヤジがタバコをふかしながら答える。


「日曜だからだよ。先月から越谷市役所様は市民どもの為に、毎週日曜の午前中に窓口を開いて下すっているんだよ」


 し、知らなかった……越谷市役所様はそんなことをなさっていたのか? なんと立派な、公務員の鑑じゃないか──────








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