極めて鮮やかな無彩色とロンリーウルフ④


 極東の魔女が手でひさしを作り、池の向こうを目で追いはじめる。


「あのガキ、こっちに来るみたいだよ」


 池の対岸に目をやると、たしかに、ガキがひとりで池のふちを歩いているのが見える。

 子供の足で5分以上は掛かるだろうか、ガキを3人でジーッと見ているが、なんだか待ってる時間がもどかしく感じる。

 耐え兼ねたのか、また、バスプロが口を開いた。


「あの子供も、スピリチュアル企業の人間なのか?」

「ああ、そうみたいだな」

「まあ、子供の能力者を雇うなんてスピリチュアル界隈じゃ珍しいとはいえ聞かない話でもないか。特に海外なんかだと」


 ガキを雇う、たしかに珍しくはない……でも、まともではない。もちろん大手なら、そんなもんに手は出さない。表向きには……。

 バミューダ……まともなわけないよな……。


「そういや、ウィッチ。お前、いいのか? 監視してることバレちまうんじゃねぇか?」


「もうバレてるでしょ。ターミナルが動いてることぐらい勘づいてるよ。むこうもそこまで馬鹿じゃないんじゃない?」


 極東の魔女は両手を双眼鏡のようにして覗き込んでいたが俺の方に顔を向けると、なぜか微動だにせず俺の目を見つめている、双眼鏡越しに……。むこうは馬鹿じゃないけど、お前はとんでもない馬鹿だな。と思ったが、もちろん口には出さないでおいた。



「極東の魔女が来てることまでは知らないんじゃないかなぁ?──────」

 ──────極東の魔女は双眼鏡越しにバスプロを睨みつけた。


「あんた、二度とそれ口にしないで。次言ったら殺すから……」


 極東の魔女は見たことないくらいの形相で言い放った。

 バスプロは口を半開きにして固まっている。


 …………くそダサいからだ。くそダサいから嫌なんだ。極東の魔女は、くそダサいからあんなに怒ってらっしゃるんだ。

 バスプロめ。もう忘れたのか?アイツの前では絶対に言うなって言ったじゃないか。バカめ。


 バスプロが俺の顔を見てくるので、半笑いで首をかしげてみせた。

 極東の魔女は「ヘラヘラしてんじゃねぇよ」と俺にも睨みをきかせた。




 ガキが最終コーナーを曲がりラスト50メートルのストレートに入ると、なんだか場の空気が盛り上がってくる。


「来るよ! ガキがもうすぐ来るよ!」

 もはや、地に足がついていないウィッチが色めき立った声を上げる。


「オレ、初対面だけど大丈夫かな? なぁ? オレはここに居てもいいのかな?」

 バスプロがジーパンに付いたくっつき虫を払いながら不安そうな声を出す。


「一応、サングラスは外しておけ」

「そ、そうだな。失礼だもんな……」


 ガキの方を見ると、危なっかしい足取りで鮮やかな色をした落ち葉の上をカサッカサッと音を立ててゆっくりと歩いてくる。

 よく見ると、ガキが着ている水色のワンピースが昨日ファミマの前で会った時のヤツとは違い、襟元に白いレースがあしらわれた仕立ての良さそうなものだと気づく。

 白いタイツを履き、足元は黒のエナメルでキメている。


 なんだか不思議の国のあの人みたいだな、なんて思った時───────


 ─────藪の中から慌てた様に鳥が飛び立つと、落ち葉を巻き上げながら強い風が広場を吹き抜けていく。バミューダのガキは水色のワンピースにまとわりついた赤い落ち葉を真っ白い手で払い、何事もなかったかのように歩き出す。

 落ち葉の下の窪みに足をとられたガキが少しよろけると、ウィッチが「あぁ」と小さく声を上げた。

 少し乱れたプラチナブロンドのおかっぱ頭を手櫛で整え、色素の薄い唇をかるく開けて大きく息を吸い込み「ふぅ」とため息をつくと、アルビノの少女は俺たちの前で立ち止まった。

 真っ白いまつ毛で縁取られた目を眩しそうに細め、ゆっくりと俺達三人の顔を見渡す。ほとんど閉じかけていた薄紫色の瞳をパッと開き、真ん中に立つ俺に視線を合わせ、何度か瞬きをしてから口を開いた。


「やあ」


 透き通るような声で軽い挨拶をした真っ白い少女を尻目に、ウィッチとバスプロが同時に俺の顔を見る。


 ……このくそガキ「やあ」じゃねぇだろうが、こっちはてめぇの「ハローハロー」を待ってたんだよ……。これじゃあまるで、俺が嘘つきみたいじゃねぇか……どうしてくれんだ? せめてロシア語で挨拶かますとか何かなかったのか?「やあ」はねぇだろ「やあ」は……。

 ウィッチが肘でつついてくる。

 バスプロはサングラスをかけ直した。

 クソ……


「どうせ来ると思ってたよ……待たせて悪かったね……」

 クソみたいな空気になっている場を気にせず、ガキが話しはじめる。


「おい、ガキんちょ、お母さんはどうした?」

 空気の読めないバミューダのガキに場を呑まれまいと、憎まれ口を叩いてみる。

 ちょっとマズいこと聞いちまったかな?と思ったが、ガキはふふっと笑った。


「アンクルB・B……やっと話ができるね。わたしに、お母さんはいないよ」


 バミューダの普通のガキは、薄紫色の瞳で俺の顔を見つめるとまた、ふふふっと笑った。













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